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笑わない魔女は光の聖女に憧れる  作者: 悠里愁
第三章 隣国の皇子
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呪術の授業

三年生からはコース別授業が多くなる。ジュリ達魔術師コースは必然的に師長と顔を合わせる事が多くなった。カルロはものすごく嫌そうな顔をしているが、尋ねた事はその場で答えてもらえるし、何よりわかりやすくてジュリは魔術の授業は好きだった。


…得意かどうかは別として。


「これからは少し高度な魔術を学んでいきます。そして魔術というものは危険であるという認識も深めて下さい」


師長の前置きにある危険という単語に、生徒たちは不思議そうな顔をする。


「僕たちが使う魔術は武器にもなり、時には人を殺める事も出来ます。誤った使い方を知る事はそれを回避する方法を知るという事。薬師が薬だけでなく、毒の精製法も知らなければいけないようにね。魔闘については実践で教えるとして、今回は呪いについて説明しましょうか」

「呪い…?それは魔術なのですか?」


ジュリの質問に師長は笑顔を返したかと思うと、手招きをしてきた。なので教卓の前に近づくと、右手を机の上に乗せるように指示された。


「?」


素直に従うとその手の上から師長の手が覆い、二人の手の下の机に何か陣のようなものが浮かび上がったと思ったら、ジュリは気持ち悪い感覚に顔を歪めた。聖女試験の魔力の循環のような気持ち悪さを思い出したが、中ではなく外から弄られているような何とも言えないものだった。


その感覚もすぐに消えて、何事もない様子に両手を不思議そうに見つめる。その手を師長が持ち上げるように触れると、手の甲に何か陣のような物が浮かび上がった気がした。


「ジュリさん、このまま席に戻らずに教室の後ろに立ってください」

「え…?」


ジュリの記憶はそこまでだった。気が付いたら、いつのまにか教室の後ろに立っていて、驚いた。


「え?あれ…?私なんでここにいるの?」

「お前、自分の足でそこまで歩いていたぞ」


カルロの説明にさらに混乱した。にこっと笑った師長が机をトンと叩くと、今度は何か剥がれた感覚がしてすっきりした。そして師長の指先がすぱっと切れて、赤い血が落ちた。


え…!?


「これが呪いです。僕たちは呪術と言っていますが、魔力の強いものが弱い者を服従させることができます。かなり古い術式の陣とちょっとした条件があるのですが、人を操る事は犯罪なので教える事はできません」


本当に記憶がないジュリは、ぞっとしながら自分の手を見つめた。


「ただこういう使い方があるというのは知っておいてください。そして対処法は術師本人が解くか、精霊に頼むのが早いと思います」


この呪いは魔力で無理やり相手の魔力を縛るもので、精霊との魔力の循環で正常に戻るらしい。ジュリは説明を聞きながら師長の血の付いた指を見つめると、それに気づいたのか答えが返ってきた。


「ああ、呪術は術師本人にもリスクがあります。相応の生贄が必要で、それなしに行使すると己に返ってきます。それこそ相手に死ねと言えば、自分も死ぬように。ですから今この方法を使う魔術師はいないでしょうね」


呪殺というものらしいが、名前からして嫌な感じだ。


「似たような方法が、人間と精霊の間でもあります。そのひとつが主従契約です」

「それ、前も聞いたような…?」

「主従契約は呪いではありませんが、普通の精霊との契約よりさらに踏み込むもので、精霊のより強い力を引き出します。人間側が有利な条件に見えますが…まあ欠点がないわけでもないんです」


精霊は同時に複数の人間と契約できるのだという。水の魔物が水辺から離れられないように、魔物の姿だと一定の場所から動けないが、精霊として顕現すれば好きに動ける。なので契約者がひとり欠けても問題ないように何人かと契約している者もいるらしい。


「主従契約をすれば契約者は一人に限定されます。けれど憑依と言って契約者の身体を自由に使う事などが可能になります」


寝ている間に身体を使われて、大量に菓子を食べられて太って大変だったと、憤慨する師長の体験談に少し顔が緩んだ。


「それってどうやるんですか?」

「こちらの魔力と精霊の魔力を与え合います。そして精霊が望む対価を差し出します」


そういえばシグナに水晶の花を渡したり、ランから魔力の一部を受け取ったりしたけれど、必ずどちらか一方だった。


「まあ主従契約はそれなりに信頼関係が必要になるので、誰でもすぐに契約する事はできないでしょう。話を戻しますが、今回はその精霊を使った簡単な呪いを実践します」


配られた紙には陣が書かれていて、精霊を強制的に従わせるようなものだそうだ。その代わりこちらも願いに見合った精霊が望む物を一つだけ与えなければならない。


強制的に従わせるのは嫌だな…。こんな事しなくてもシグナなら話せばわかってくれるもの


出来るだけ精霊が気の進まない事を命令すればわかりやすいと言われたが、周りの生徒も自身の精霊にそんな事したくないようで戸惑っていた。


ジュリがペンダントに力を注ぐとすぐにシグナが現れてくれた。やや元気がないジュリに不思議そうな顔でシグナが首を傾げた。


「あのね…」


説明をすると、簡単にいいよと言われた。


「ジュリが望むなら、いつだって何でも叶えてあげる」

「一回きりだよっ!じゃあシグナが欲しいものは?何かあげなきゃいけないんだよね」


こっちの質問の方がシグナはとても考えている様だった。特に欲しいものはないらしい。


「じゃあ欲しいものが決まったら、その時ジュリに言うよ」

「…いいのかな?それ」


先ほど師長としたように陣の上でシグナと手を合わせると、陣が光って輪のような物がシグナの腕にはまった。


「契約印の代わりかな?それで、ジュリは何をして欲しいの?」


シグナが普段しない事の方がいいんだよね。でも人を傷つけたり暴れたりはして欲しくないし…。


「あっじゃあ師長と三人でお話はどうかな?」


師長は以前からずっと話したがっていたが、シグナは師長をあまり好きではないようで、積極的に話すのを避けていた。案の定、シグナがとても嫌そうな顔で拒否しようとした。


けれど腕輪のような物が光ったと思ったら、ぐっとシグナが呻いた。


「シグナ!どうしたの!?痛いの?」

「いや…僕らは肉体的な痛みは感じない。ただ、ジュリの命令には逆らえないみたいだ」


それを聞いてすごく嫌な気持ちになりながらも、シグナの手をぎゅっと握って師長の元に急いだ。


師長はシグナを見て面白そうに笑うと椅子をすすめてくれたが、ジュリは座ってシグナはその後ろに立つ形となった。


その瞬間目的が達成されたのか、シグナの腕輪が弾けてジュリはホッとした。


「ちゃんと出来たようですね。初めての呪いはどうでしたか?」

「…嫌でした。知らなければいけない事だとしても実際しなきゃいけない事だったんでしょうか?私はもうシグナを縛ったりしたくないです」


否定的な事を言ったはずなのに、師長はにこっと笑った。


「ええ、そう思う為にしてもらったのですから。呪いは誰かを縛り、何かを傷つけ、大切な人との信頼を壊す行為です。気軽に実行していいものではありません。精霊をモノとして考える方もいますが、貴方もそう思いますか?」

「思いません。シグナは友達だし人と同じようにちゃんと怒ったり笑ったり、生きていると思います」

「ならその気持ちを大切にしてください。僕も精霊を友達とは思っていませんが、同じ自然界に生きる者として敬意を払っていますよ」


師長の魔術に対する姿勢は謙虚なので本当だろう、けれど敬意を払っても酷使はするんだろうなと思ったのは内緒だ。


「でも呪いを使う人間が本当にいるのですか?自分を信じて契約してくれた精霊をそんな風に扱うなんて…」

「人の数だけ違う考えの人間がいます。他人の気持ちを完璧に理解することは難しいでしょう。けれど学び知る事で、それが正しい事なのか誤った事なのか、自身で考え判断する事が出来ます。それは授業で習う知識だけでなく、人との関わりの中でも学べるはずです」


友達が増えて、教えてもらった感情も沢山あった。きっとどれだけ勉強しても村の中で閉じこもってたら一生知らなかった大切なものだ。


けれどどれだけ教えてもらっても、迷う事も間違う事もある。この前の図書室の事件でもジュリの行動をカルロにめちゃくちゃ怒られたばかりだ。


「師長は迷う事がありますか?」

「当たり前でしょう?魔術の事も人生の事も、悩まない事の方が少ないですよ。人は慢心すれば終わりですから、いつだって考え続けなければ」

「正解を選べるように?」

「考えられる選択の中でどれが正しいのかは、その時自分ではわからない事が多いです。だから自分に問いかけるのは後悔しないか、でしょうか。貴方も迷っても悩んでも、どれだけ時間がかかってもいいので、そんな時が来たら過去を振り返りながら選び取ってみてください」


後半はよく意味がわからなかったが、年配者による体験談だろうか?今後ジュリも何かを選択しなければならないというような言い回しに思えた。


しかし冗談で言っている顔ではなかったので、ジュリは師長の目をみながら頷いた。

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