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笑わない魔女は光の聖女に憧れる  作者: 悠里愁
第三章 隣国の皇子
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騎士の志

「何をやっているんだ?」


後ろに気配を感じて振り返ると、カイルが居た。本好きな彼が図書室に来ることはおかしくないが、気まずいタイミングで会ってしまった。


兵士の少年たちはカルロとは明らかに違う身なりのカイルに、位の高い貴族だと判断したようで下手に出るような態度で答えた。


「いや…この娘が何か落としたようで、探すのを手伝っていたんですよ。な?」


同意は出来ずに黙っているジュリと、羽交い絞めされたカルロを見れば嘘は歴然だった。カイルは怪訝な表情のまま、まずジュリに手を貸して立たせてくれた。カルロの方もいつの間にか少年たちは掴んでいた手を放していた。


「大丈夫?」

「う…うん」


カルロが怒鳴りそうな勢いで少年に向かうのを、カイルは緩やかに止めた。居心地悪そうな少年たちは未だにジュリに敵意を向けていたが、それを庇うようにカイルが進み出た。


「君達は今年入った兵士見習いだろう?学院内での暴挙は禁止されているのを知らないのか?学院は身分制度に厳しくはないとはいえ、無くなるわけじゃない。貴族に対する無礼は厳しく見られる」

「こいつは貴族ではありません」


ジュリを指さして反論する少年に、カイルは首を傾げた。


「聖女候補は卒業すれば宮廷魔術師になる。貴族と同じ位の権利保持者だという事は、この学院に通う者なら誰でも知っているだろう?」

「聖女…?」


もしかすると平民の間では浸透していない事なのかもしれない。聖女試験ですらジュリもよくわかっていなかった。


「まあ君の言う通り今は平民だとしようか、それでも相手を貶める理由にはならないよ。彼女が何かしたのか?」

「こいつは魔女と呼ばれていて、変な力を使うし村から煙たがられていたんです!」


小さい頃はシグナもいなかったから、魔力のコントロールが出来なかった。魔術のように精霊の力を使うわけではないので火や水が出るわけじゃないが、ジュリの周りの物が壊れたり人が見えない何かにぶつかって怪我をしたりしていた。


「それは魔力の多さによる暴走だろ?普通は魔術師の親がいるからそんな事にならないけど…。君達にはよくわからないかもしれないけど、それは彼女のせいじゃない」


カイルの言葉にジュリが伏せていた目線を少しだけあげると、少年と目が合って睨まれた。


「君達の禍根はわかったが、僕が言いたいのは人を守る事を生業とした兵士が、道義に背く行いは許されないという事だ」

「義って…、俺たちは生活の為に兵士を希望しただけで、そんな大層な理由を持って入ったわけじゃないですよ」


カイルは騎士としての信念を持っているが、大半の兵士はそれが普通だろうとジュリも思った。


「もちろん生きるためには働かなければならない。家族の為、金の為である事も承知している。けれどそれと人を害する事は全く別だろう?仕事でなければ、人を助けないのか?見ていない場所で身分の低い者を甚振ってもいいのか?そういう志で兵士を目指すのはおかしいと言っている。少なくても僕の部隊に君はいらない」


騎士や兵士になる人間は、少なからず誰かを守り、時には盾となって戦う覚悟を持っている。金にうるさいジェイクも文句言いながらもジュリを何かしら見捨てずに守ってくれていた。平然と人を傷つける事ができる人間性がそれらに相応しくないと怒っているのだろう。


カイルは少し潔癖なんだよね


人間が皆善人じゃないのはジュリの方がよく知っていた。人を見下して優越を感じる事も、褒められるものじゃないけれど人間の感情のひとつであり、当たり前にあるものだと思っている。


万人に英雄なんて人間もまたいないと思っているが、カイルを見ていると少し眩しく感じる。綺麗で純粋な心を持った男の子は、将来どんな騎士になるのだろうか。




その後大事にしたくないというジュリの意向に従って、少年たちは解放された。実際まだ何もされてなかったので叶えられたと言ってもいい。


少年たちが出て行ってから今まで黙っていたカルロがもういいかと言って、いきなり切れられた。


「お前なー!あんな扱いされて黙ってんじゃねえよ!しかも従うから調子乗るだろうが!一度痛い目見せてやれよ」


カイルが平民への魔術の試行も禁止されていると片手をあげて律儀に答える。


「う、うーん。でも村全体からそう思われていたから…。あの子達だけ特別なわけじゃないし」

「だからって何をされても平気だったわけじゃないだろう?」


村の人間相手だと黙って俯いてしまう癖が出てくる。もうあの時の自分とは違うとわかっていても、長く染みついた精神的なものはすぐに消えないんだなと感じた。


カイルの言葉に答えられないジュリを見て、カルロが何か痛い事があったように顔を歪ませると、ガッと頭を掴まれた。痛いんですけど。


「お前もうその村なんかに帰るなよ。行く場所ないなら俺がどうにかしてやるから」


ジュリが驚いて目を見開くと、カイルがプロポーズ?と尋ねた。カルロは自分の言った事に気づいて慌てて否定していた。


「ち、違う!そんなんじゃないっ」

「うん、ありがと。カルロは親切に言ってくれたんだよね。兄ちゃんみたい」


何だか複雑そうな顔をしているカルロに、ジュリはもう大丈夫だからと付け加えた。するとカイルが真剣な顔で話をふってきた。


「ただ僕ら騎士見習いは兵士の統率は出来ても、除隊権限を持ってないんだ。彼らがまた君に何かする可能性もあるんだが、本当に先生に報告しなくていいの?」

「うん、私も気をつけるから。それにカイルが強く言ってくれたから、また目立つような事はしないと思う。だから今日の事はみんなに言わないで。私もあまり村の事話したくないし…」


まだ心配そうなカイルが、口元に手を当てて少し考えた後に言葉を発した。


「なら僕とエクス契約でも、する?」

「え?」


しばし無言で向き合っていると、カイルが不思議そうな顔をした。ジュリは混乱する頭でぐるぐる考えた。


エクス契約って学院の恋愛イベントが絡んでなかったっけ?


カイルはシェリア様の婚約者だから、契約するにしてもそっちが優先だろう。え?契約って何人とでもできるの?


それともカイルはそのイベントを知らなくて、純粋に心配して申し出てくれたのだろうか。でもカイルみたいに高い身分の騎士が自分と契約するのは、周囲によく思われないのでは…。


「嫌?」

「嫌…とかじゃなくて、ええっと…必要になったらでいいかなって?」


遠回しに今は大丈夫と断ったつもりだったのだが、わかったと力強く微笑まれた。彼はやる気だ。





その頃、図書室を追い出された少年たちは、毒づきながら兵舎に戻る道を歩いていた。


「あの魔女、調子乗りやがって!」

「でもここじゃ平民じゃないみたいな事言ってなかったか?あの男もかなり身分が高そうな貴族だったし」


知るかよとリーダーぽい少年が、茂みを足で蹴った。


その時草木を蹴った音とは違うものが、茂みの奥から聞こえた。


「誰だ!?」


まさか誰かに聞かれたのではと別の少年が、少し怖気づいたように茂みを覗き込んだ。


ゆっくり近づいてくる人影は、黒いローブに身を包んで顔がわからなかった。背丈は少年たちと変わらないようにも見えるが、一定の距離から近づいてこない。


不気味なものを感じて、少年たちは逃げようかと顔を見合わせていると、ローブの人物が声を発した。


「平民の聖女候補が気に入らないんでしょう?」

「…聖女候補?」

「いや、さっきあの男が言ってたじゃん。きっとあの魔女の事だよ」


ローブの人物は声からして男性のようだった。その言葉に同調するかのように少年たちが喚きたてた。


「私がこの国からその少女を消してあげましょうか」

「は…?」

「どういう意味だよ?」

「そのままの意味ですが。いなくなって欲しいのでしょう?貴方達が手伝ってくれるなら、叶えられると思いますよ」


少年たちは怪しげなローブの男を見ながら、何が目的か計りかねていた。しかし一番憤っていたリーダーの少年が笑いながら答えた。


「面白いじゃん。条件は?」


その日少年たちが密談をしていた事に、学院はまだ誰も気が付かなかった。

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