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笑わない魔女は光の聖女に憧れる  作者: 悠里愁
第ニ章 学院七不思議
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ヴィオール伯爵の館

熱が下がってしばらくして、ジュリはカレンの実家へ向けて出発した。カルロにお土産買ってくるねと言ったら、お前が何もしでかさない事が最高の土産だよと言われた。失礼すぎない?


「ねえカレン、ヴィオールってどんな所?」

「そうだな…比較的学院から近い地方だと思う。冬もそこまで雪は積もらないから過ごしやすいんじゃないか?」


うーん、実家に帰るにしてはあまり嬉しくなさそう?


カレンの過去は少し話してくれたので、何となくいい印象を持っていないのはわかっていた。けれど学院に通わせてもらって金銭的な援助を受けているのは事実なので、それなりに礼を尽くさなければいけないのかもしれない。


胸中は色んな想いを抱えているのかもしれないと思うと、話してくれない限りは家族関係などはあまり聞かないようにした。カレンがいつもそうしてくれるように。


馬車でうとうとしていると、勢いよくドアが開いたと思ったら若い女中のような人が立っていた。いつの間にかついたらしく、窓の外に大きなお屋敷が見えた。


「おかえりなさいませ、お嬢様。お連れ様もようこそいらっしゃいました」


自分達よりも少し年上らしい活発な女性が、荷物をおろしながら挨拶してくる。


「ああ、ただいまアンナ」


何となく気安い感じから、二人の仲の良さがわかるようだった。学院では他の令嬢のように召使いのような人間は側にいなかったが、こういう場面を見るとやっぱりカレンも貴族令嬢なんだなと思った。


屋敷に入ると、中年の男性が待ち構えていた。長い髪を後ろに束ねて、眼鏡をかけた落ち着いた雰囲気のある方だった。


「おかえりカレン」

「ただいま戻りました。イブラム様」


カレンが張り付けたような笑顔で挨拶すると、男性はにっこり笑うと首を優雅に振った。


「違うでしょう?カレン」


その言葉に、カレンの口の端がひくっと引きつった。


「失礼しました。おじい様」


えっ!?


ジュリは父親かなと思っていたが、祖父だと聞いて二度見する。何よりその容姿に驚いた、どう見ても初老の年齢には見えない。


私の父親でさえあんなに若く見えないよ…。


「今年も沢山の贈り物を用意したよ。ドレスは去年少なめにと君に言われたから、今年は靴を多めに注文したよ。後で是非履いて見せておくれ」

「…はい。今年は友達もいますので、一度部屋に下がらせて頂いてもよろしいでしょうか?」


笑顔をはりつけたまま、絞り出すように話すカレンを大丈夫なの?という表情でジュリは見つめる。


「ああ、同じ聖女候補の女の子だね?どうぞゆっくりしてね、夕食でカレンの事を色々聞かせて欲しい」


まさに孫を溺愛といった言葉が浮かぶような邂逅だったが、カレンの私室に入ると、彼女は深い深いため息をついた。


「おじい様、若いね?それにとても…その…」

「ああ、女の孫が私しかいないからだろうな…。ここに来てからずっとあの様子で纏わりつかれている」


カレンはあまり人と関わるのが得意じゃなさそうなので、四六時中これじゃきついだろうなと思った。


でも邪険にされてるような雰囲気じゃなくて良かった。けど父親は…?


「父はこの時期屋敷に居ないらしい。ヴィオールは交易なども行っていて、買い付けに行ってるらしい。まあ、港町には物珍しいものが集まるから、それ目的で当主自ら出向いているのだと思うが」

「そう言えば、珍しいものが好きだってカルロが言ってたね」


祖父があれだけ若作りなら父親もそうなのかなと、ちょっと興味があり見たい気持ちがあったので残念だ。


「同時に私に会いたくないんだろうと思う、ここでは祖父以外ではそんなに家族の交流はないから」


その言葉は顔色を変えることなく言ったが、悲しんでいるのか怒っているのか内心はわからなかった。カレンは気持ちを隠すのもとてもうまいから。


その時扉を叩く音がしてカレンが返事をすると、また違う男性が訪ねてきたようだった。その男性はジュリが目に入ると、一度大きく瞳を瞬かせて動きを止めた。


「カイン兄様だ。去年学院を卒業された」


カレンとよく似た風貌だが、目元が涼し気で理知的な顔立ちの男性だった。カレンが紹介してくれたので、ジュリは近寄って初めましてと挨拶をする。けれどカインは微動だにしない。


「?」

「兄様?」


二人の不思議そうな顔に、はっとなった彼は頭を一度下げると、そのまま勢いよく出て行った。ぽかんとしたジュリとカレンは顔を見合わせた。


「え?私何か失礼な事しちゃった?」

「いや、特に…。しかも要件も言わずに、兄様何しに来たんだ?」


不思議そうな顔をしたまま、夕食の時刻になった。食事室は大きな広間で先ほどのカレンの祖父や兄がいた。地方が違うと食事も少し違うようで、もの珍しい食材にジュリは夢中でもぐもぐと口を動かした。美味しい幸せ。


先ほど言っていたように、学院でのカレンの様子をこれでもかと言う程聞かれたが、余計な事いうなというカレンの無言の圧力に当たり障りない言葉で流した。


「いや、有意義な時間だった。兄の方は殆ど妹と接触したがらないので、カレンの話は聞けなくてな。なあ、カイン?」


ずっと無言だった兄は、祖父に話をふられたので仕方なく口を開いた。


「…そんな事ありませんよ」


ん?


この声を聞いた事がある気がする。確か悪魔集会の時に、協力してくれた前生徒会長だ。卒業生が仮面舞踏会に参加していてもおかしくはない。が、そういえばあの時、何か忘れていると思ったのだ。集会前でそれどころじゃなかったが。


去年の仮面舞踏会で初めて会ったはずだ。そして不思議な質問をされて、その後…


「あっ」


ジュリの大声にカレンと祖父は少し驚いてこちらを見てきた。兄の方は目線をそらして、少し顔色が悪い気がする。


すみません何でもないですと謝罪して、ジュリは運ばれてきたデザートを口に入れた。


仮面舞踏会で、不思議な質問をしてきた仮面の男はカレンと話していた。そして教えてもらったはずだ、あれは兄だと。



食事の後、カレンは用事があるからとジュリに先に部屋に戻る様に言った。ぽてぽてと廊下を歩いていると、後ろからカインに呼び止められた。


「少し、時間はあるだろうか」


近くの客室にお茶を用意してもらって、二人は席に着いた。しばらく沈黙が続いたが、話し出したのは兄だった。


「…奇妙な出会い方だったと思うが、あの仮面の男は自分だ」


うん、それはわかってます


続けて彼の話では、どう接していいかわからない妹の事を聞きたかったとの事だった。


「カレンが嫌いなわけじゃないんですね。カレンは…父親からもあまり好かれていないと思っているようでした。遊びで手をつけた平民の娘が、四属性だから引き取ったって…」

「父も私も彼女の事をそんな風に思ってはいない。父は確かに好色だが、女性との交際はいつも必ずひとりに気持ちを捧げていて、不誠実な付き合いをするような方じゃなかった」


そうなんだ?ちょっと噂に尾ひれがついてるのかな


「私の母が亡くなってからも何人かと関係はあっただろうが、カレンの母親に会ってからは彼女一筋だったと思う。子供が出来るくらいには心を開いてくれたと思ったのに、何度プロポーズしても受けてくれなかったとか。最終的には見守る形で彼女の医師活動を支援していたらしい」


しかし彼女が病気に倒れて、カレンを放っておけなくなり、この屋敷に招き入れたのだと言う。


「それ…ちゃんとカレンに話しましたか?」

「いや、多分…臆病なのだろうな。カレンにどう思われているか知るのが怖かったのだと思う。意思に関係なく連れてこられて、彼女が恥をかかないようにと無理やり貴族の教育をさせたが、不本意だったのかもしれないと。父などわざわざ屋敷を空けて顔を合わせないようにするくらいには、どうすればいいかわからないらしい」


全ては娘のカレンを愛しているから。


とりあえず兄がカレンの事を尋ねていたのは内緒にして欲しいと言われて、ジュリは了承して部屋を後にした。すると扉の近くにカレンが居て、人差し指を口元にたてて静かにという合図をした。


あれ?もしかして聞かれてた?お兄さんごめん


そのまま部屋に戻っても、カレンは特に家族についての話はしなかった。ただ、ジュリが遅かったから迎えにきたとだけ教えてくれた。


灯りを消して大きなベッドにジュリとカレンは二人で横になった。学院の事、事件の事、恋の話と女子会のように話し出すと、中々眠れなくなった。そしてカレンがぽつりと呟いた。


「私の母は街の療養所にいるんだ。医師だったから、病気になる覚悟もあったと思うが突然だった。すぐに回復するようなものじゃなくて、お金が必要だった。だから支援してくれるこの家に素直に引き取られたと言ってもいい。そしていつか私が医師になって母を救うのだと…」


ジュリは何も言わずにカレンの言葉に耳を傾けていた。


「私にとって大事なのは母で、父や家族にどう思われているかあまり興味はなかった。家族らしい会話もあまり記憶にないし、私もしたいと言った事はなかった」

「うん…」

「けれど今度父親と会う機会があったら、一度向き合って話してみようと思う」


暗闇の中で同意するように、カレンの手をジュリはゆっくりと握りしめた。


人はひとりで考えていると間違ってしまう。自身の考えを他人が知りえないように、他人の想いもまたわからないから。けれど誰かを受け入れるのはとても怖くて、同じくらい尊い事だと思う。


その夜ジュリは、カレンと母親、そして三人の男性が仲良く食卓を囲んでいるような、幸せな夢を見た。

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