卒業式
年末休暇に入る前に、最高学年の卒業式が行われる。ただし在校生で参加できるのは三年生だけで、一、二年生はその日は学院は休みとなる。
ジュリ達も今日は休みだったが、卒業生に知り合いがいる為、講堂の外で終わるのを待っていた。
「ねえ、これ大丈夫だよね?」
カルロの持つ花らしきものを見上げながら、ジュリは不安げに話しかけた。
卒業生であるジェイクやレイリに花を贈ろうとしたのだが、この時期の注文は争奪戦で予約がとれなかった。なので薬学授業のミルゲイ先生に何か花はないかと聞きに行くと、何種類かの種を貰った。
魔力で育つ植物はそれなりに大量の魔力が必要なので、普通はもっと時間をかけて育てるのだが、ジュリ達数人で育てればどうにかなるだろうとやってみたのだ。
結果よくわからないものが育った。小さな花らしきものはあるのだが、うにょうにょしたツルのようなものが蠢いて、何だか不思議な鳴き声まで聞こえてくるが気のせいだと思う事にした。
まあ、危険はないだろうから…たぶん
式が終わったのだろう、出てきた卒業生はローブを脱ぎ捨てて色とりどりの服装になっていった。
「あれ?なんでローブ脱ぐの?」
「仲のいい友達や恋人と交換する風習があるらしい。殆どは後者じゃないか?」
ああ、こんな所にも恋愛イベントが
周りを見ると、男女で抱きあっている人達の中には泣いている人もいた。貴族は好き会った人と結ばれない事も多い。卒業でもう二度と会わなくなるような恋人もいるのかもしれない。
そうなる事がわかっても恋愛って止められないものなんだね
そんな事を思いながら顔をきょろきょろしていると、ようやく探し人を見つけた。ジェイクは男友達に囲まれて楽しそうにしている。彼は平民だけれど、気の合う仲間に慕われている様だった。
なんとなくわかるかも
横にいるレイリがジュリ達に気付いて、ジェイクを連れてきてくれた。
「卒業おめでとうございます」
レイリはありがとうと笑顔で言ってくれたが、ジェイクはカルロの持っている花らしきものをガン見している。
「おい、その奇妙な物体は何だ?」
先輩たちに贈る花ですと言ったらふざけるなと言われた。頑張って咲かせたのに…。
もらってあげなさいよとレイリが花?を受け取ってジェイクに手渡す。その瞬間花らしきものがジェイクの指に嚙みついたが、レイリは見なかった事にしてジュリ達と談笑を続けた。
「私は役人見習いとして王宮に出入りするから、宮廷魔術師になる貴方たちとはきっとまた会えるわ。ジェイクは…フリーの傭兵になるようだから、どうかしらね?」
横を見るとそのジェイクは未だに花と闘っていた。
「レイリ先輩はジェイク先輩とは…その…すごく仲がよさそうだったから、寂しいですよね」
二人は恋人の雰囲気ではなかったが、お互いを一番信頼してるような気がした。ジュリは言葉を濁したが、言わんとしたことを察してくれたのか、レイリはふふっと笑った。
「まあね?何だかんだ言っても楽しかったわ。ジェイクは特に何とも思ってないでしょうけど」
そうかなあ…
悪魔集会では信用できる中からジュリを選んだと言ってくれたが、多分一番はレイリなんじゃないかと思った。逃げるだけならサポートの上手な彼女の方が適任だったはずだ。けれどそんな危険な事に巻き込むのも嫌なほど、大切な存在なんじゃないかなと思うのはおかしいだろうか。
ジュリはこれからも二人の縁が続きますようにと思いながら見送った。
もうひとり話したい人物を見つけたが、話しかけていいものか迷っていると、その人物がこちらに気が付いて近寄ってきてくれた。
「アーシャ様、ご卒業おめでとうございます」
「ああ、ありがとう」
プラチナブロンドがいつも以上に綺麗に輝く彼女は公爵令嬢で、普通ならジュリが話しかける事が出来る身分の人ではない。人との出会いは不思議だなと思いながら、彼女の眩しい笑顔に魅入った。
「え…?このまま王宮に…?」
「流石に騎士団に入るまでは看過されないからな」
王太子が婚約者なら…未来の王妃様だもんね
彼女と気安く話せるのは、これが本当に最後かもしれない。
「私は貴方の剣技がとても好きでした。綺麗で強くて憧れの…騎士になったのも王様を守る為って聞いて格好いいなと思いました」
アーシャはふわりと優しい表情になったかと思うと、口に手をあてて上品そうに笑った。
「皆は美談のように語るが、私が剣技を磨いたのは自分の為だ。あの人の隣で誇れる自分でいたかったから」
誰かの為にとか押し付けるものではなく、自分の為にと言い切った彼女の生き方が、やはりジュリは素敵だなと思った。
人との別れは寂しく悲しい。そう思えるのはかけがえのない出会いだった証とも言えるのかもしれない。けれど無駄なものなど何ひとつなく、いつかふと思い出してはきっとそれは自分の糧になる。それがまた何かに繋がっていくんだなと思った。
自分もそう思えるようなものを誰かに残す事ができたらいいな
卒業式が終わり、後は皆それぞれの領地に帰る期間になったがジュリは熱を出した。寮でうつしてはいけない為、救護室に寝かされていた。
「うー」
「風邪らしいな、疲れが出たんだろう」
優しい言葉をかけてくれるカレンと違って、カルロはこいつも熱なんか出すのかなんて言っている。
「むー」
「こいつ大丈夫なのか?人語すら話せてないぞ」
「辛い時は話したくないんでしょう。ミルゲイ先生に何か熱に効く薬草をもらってきましょうか」
回復薬など傷に有効なものはあるが、病気を治す事は難しい。人気がなくなった後に、ひとりになったジュリはひっそりとシグナを呼んだ。
額に温度の低い冷たい手が置かれて、聞き覚えのある声がふってきた。
「大丈夫?ジュリ」
「シグナ…っ」
それからは無言だったのが嘘のように、水が飲みたいや暑いなど散々シグナに言い出した。
「て…手を握ってて…」
「いいよ。熱を出すとジュリは甘えたになるよね。普段もこのくらいでいいのに」
村に居た頃、熱を出しても側にいてくれる家族はいなかった。両親が仕事を休めないのはわかっていたので文句を言った事もない。小さな弟達はいたが、どちらかというとジュリが面倒を見なければいけない為看病など出来るはずもない。
そんな時一緒にいてくれたのはシグナだった。心細いジュリの側にいつも寄り添ってくれてた気がするが、なぜか家族たちには認識されていなかった気がする。
シグナが精霊だったからかな?
気持ちの良い冷たい手の感触を感じながら、シグナがもう片方の手で頭を撫でてくれた。
「他の人間達には頼まないの?」
「私が我儘言えるのはシグナだけだもん…」
これは本当で家族よりも近く、人間より遠いけれど、誰よりも一緒に居て安心する存在だった。嬉しそうに微笑むシグナの顔が見れて、ジュリも嬉しい気持ちになった。
幼い子供の頃にもどったようだと目を閉じると、脳裏に言葉が浮かんできた。
“約束だよ”
あれ?
「どうかした?」
「幼い時の記憶かな…?私シグナと何か約束した?」
シグナは少し考える素振りを見せたが、そうだったかなと曖昧な返事を返してきた。もう少しお休みと言われて額に手を当てられると、心地の良い眠気がやってくる。ジュリは考えるのをやめて意識を手放した。