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笑わない魔女は光の聖女に憧れる  作者: 悠里愁
第ニ章 学院七不思議
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謎の参加者

ジュリが駆けだしたのを見たミカが慌てて手を伸ばしたが届かずに、そのままジェイクたちの前に飛び出した。


「ばっ…!」


ジェイクが文句を言うように訴えたが、もう遅い。そのまま長身の男に飛び掛かったが、びくともせずに髪を掴まれて上を向かされた。


「痛っ…」

「誰かな?」


長身の男が覗き込んだが、仮面に覆われて表情がわからない。それが何とも言えない恐怖心を煽ったが、気安い女性の声にそれは少し薄れた。


「あら、ちっちゃーい。ちょっと乱暴はよしなさいよ」


君の知り合い?と長身の男がジェイクに尋ねたが、ジェイクは何も答えなかった。


「ずっと隠れていたの?何のために…?」


髪を掴んでいた手から解放されて、ジュリは息を吐いて少し俯いた。すると地面に何か布のようなものが敷かれているのに気付き、そこに描かれている模様に見覚えがあった。


これ…この陣確か…


魔術封じの陣を師長から見せてもらったのを思い出した。これを見たら、ジュリにはどうにも出来ない相手だから逃げろとも言われた。


けれど…


何も出来なかったとしても、それが愚かな選択だとわかっていても、ジェイクを見捨てる事はできない。見捨てた自分をきっと許せないし、罪悪感に苛まれるくらいなら逃げるよりずっといい。ただしこれは自分本位の考えなので、ジェイクは不満だろうけれど。


その不満を表す様に目の前のジェイクは耳ついてんのか、逃げろ言っただろという顔でジュリを睨んでいた。


私はうんって言ってないから


ジュリは長身の男を見上げて、少し声を震わせながら聞いた。


「貴方が黒幕なの?この陣はこの国では禁術なんでしょ?」

「…僕はこの陣について詳しく知らないよ。ただ教えてもらっただけだ」


あれ?


首謀者なら何も知らないわけがない、嘘をついている可能性もあるが仮面のせいで表情がわからない。


「じゃ…じゃあその種は?飲んだら死んじゃうんじゃないの!?」

「これは…まあちょっと口を軽くする効果があるんだよ。自白剤の原料にも使われたりしている植物だけど、過剰摂取しなければ命に関わるなどないかな」


あれ?


もしかして本当に以前の事件とは別なのだろうか。でもこの陣を知ってるって事は無関係ではないように思うのだけど…?


その時、何か水が弾けたような音が聞こえたと思ったら、自分の立っている場所の少し手前で水たまりが出来ていた。何これ?と思ったらゆっくりとミカまで姿を現した。


「魔術が使えないって本当なんだね?でも範囲があるのかな、使えないのはジュリ達の周辺だけみたいだ」

「ミカ!?こっち来ちゃダメ!ここに魔術が効かない陣が書かれているの!」

「ああ、そういう」


そんな事を呟くと、ミカは持っていた短剣のようなものを抜いた。武器を向けられたの見て、ジェイクを掴んでいた生徒たちは一斉に手を放して距離をとった。魔術が使えないにしても丸腰相手だと、武器を持っている方が圧倒的に有利だ。


「ミカは剣が使えるの?」

「いいや?けど牽制にはなったでしょ?」


その言葉と同時にひゅっと風を切るような音が聞こえた。ジェイクが剣を抜いてジュリを庇うように、やや雑に後ろに押しのけた。


「あいたっ」


飛ばされたジュリはミカに受け止められて、なんとか踏みとどまる。


魔術が使えなくてもジェイクは騎士であり、剣術に関してはこの場の誰よりも頼りになる。そんな状況を見て、長身の男以外はばらばらと散る様に逃げて行った。


「アンタは逃げないのか?」

「逃がしてもらえるのかな?」


無理と言って、ジェイクは男に剣を突き付けた。


「兄について、知ってることを話せ」

「別に知り合いだったわけじゃない。数年前の黒ミサで一緒だったんだよ、誰かに連れてこられたんだろうね。ここはほら、底辺の掃きだめのような場所だから」


平民だったジェイクの兄は、貴族ばかりの学院で身分的にも辛いことも多かっただろう。それを付け入られる形で、ここに来たのかもしれない。


「ただ、数年前のあの日の黒ミサは特別だった。明らかに幼い少年がひとり混じっていたんだ、君くらいだったかな」


ジュリを見ながらそう言うと、昔を思い出すかのようにさらに話を続けた。


「少年はこれに相応しい人物がいれば、差し上げると言って剣を取り出した。抜ければ高位精霊と契約したのと同等の力を得られると。意味も目的もわからなかったが、タダでそんなものがもらえるなら面白いじゃないか?」


参加者は順番に抜こうとしたが、どうしても抜けなかったと言う。そしてジェイクの兄も場の雰囲気に流されて従うと、剣はあっけなく抜けた。


それから彼の魔術師としての評価は一変した。特化術師として平民の最下層からクラスのトップを争うくらいまでに上り詰めた。


「どうやって亡くなったか聞いたかい?」

「魔術の訓練中に亡くなったと…、けど師長に調べてもらったら私闘をした可能性があると言われた」

「僕も見ていたわけじゃないけど、妬みや嫉みで貴族たちに絡まれる事は日常茶飯事だったと思う。力を使えばそれを打破する事は容易かったと思うけど、多分最後まで人に向ける事はしなかったんじゃないかな」


ジェイクは少し悔しそうな顔つきで、目線を逸らした。そういう優しい人だったんだろうなとジュリは思った。


「アンタら黒ミサの参加者が何かしたんじゃないのか?」

「僕らが?それはないね」


そしてちらりとジュリを見たかと思ったら、今度はこちらに話しかけてきた。


「君はあの種が危険なものだと誤解していた、それはなぜ?」

「えっ…と危険な植物を投与されて亡くなった女性がいて…。貴方が知っているその陣も同じ女性が使ってたから、関係者だと思ったの」


そうなのか?とジェイクが不思議そうな顔をしながら尋ねてきた。


「まず最初の質問に答えよう。君の兄の死後、一緒に参加した黒ミサのメンバーは僕以外亡くなっている。体中から血を噴き出して、最後は口から花のようなものが咲いたと言っていたな」


ジュリは女性の最後を見ていないけれど、師長からの証言や花びらのような物に覚えがあった。もしかしたら同じ死に方をした…?


「なんでそんな…?」


青ざめるジュリを、ミカが手を握って落ち着かせてくれた。


「普通に考えれば口封じかな。あの剣を持ち込んだ人物の思惑はわからないけど、証言者を残したくなかったんじゃないか?君みたいに復讐目的の可能性もあるけど、死に方が尋常じゃなかったからね」

「アンタはなぜ生きてる?」

「さあ…単に予想外の出来事だったとしか?おかげで不思議な剣を持ち込んだ少年と、彼が持っていたこの陣の事は覚えているんだから。ただ本当に少年の参加はその一度きりで、僕は他に何も知らない」


無関係…?本当に…?


ジェイクが証言の信憑性を計りかねて、こちらに目配せしてきた。


「もしそれが本当なら、貴方の仮面を取ってくれない?」


長身の男は少し考えるように間をあけたが、するりと手を顔に持っていくと仮面を取ってくれた。見た目はまだ若く、切れ長の瞳の少し儚げな男性だった。


ジュリはじっと彼を見つめて、相手も目を逸らさなかった。


「ジェイク先輩、剣をおろしていいと思う。嘘は言ってない」


何でそんな事わかるんだよと、怪訝な表情で質問してくるのは後で答えるとして、ジュリはもう一度長身の男に向き直った。


「去年亡くなった女性は、貴方が数年前に見た仲間の死に方と同じだった?」


女性教師は三年前くらいに悪魔集会に入ってきたらしい。ただ暗黙の了解で参加メンバーの正体は追及されない為、表向き知らないふりをされた。彼女がどこで誰に接触したかは死んでしまった今は誰にもわからない。


「変死体事件が続いたのは、数年前のあの時だけだ。だがあの死に方は…」

「じゃあその少年がまた学院にいる可能性があるって事だね?」


ミカの発言に皆ははっとなった。


そして一度師長へ持ち帰った方がいいのではと思った。ジェイクは頷いてくれたが、何かを思い出す様に長身の男を振り返った。


「そういやアンタ…なんで卒業してまでこんな集会に参加してるんだ?首謀者じゃないなら…何か目的があったわけじゃないんだろ?」

「僕らみたいな位や魔力の低い者たちにとって、ここは唯一自己主張できる場所というか、承認欲求を満たせる場だったんだ」


多分そういう意味合いで、生徒会も放置しているんだと思った。逃げ場所があるだけで、心が救われるという経験はジュリにもある。


「きっと君にはわからないだろうね。信念を貫ける強い人間にここは必要ないから。そういう意味では、君や、君の兄を少しだけ羨ましく思う」


ここには悪魔に心を預けるような、狂気的な者たちはいなかった。ただ弱く、どこか傷ついている人間がいるだけだった。

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