学院祭の裏側
年の終わりが近づき、学院祭の季節がやってきた。
今年は新学年の準備の時にドレスも一緒に買っていた。生地の質は少し落ちるが、安くてジュリには十分可愛いと思えるものだった。
「ん?」
「どうした?」
着替えていたジュリの不思議そうな声に、カレンが振り向いた。
「買った時はぴったりと思ってたんだけど、ちょっと小さいかなって」
「服のサイズか?それはジュリが成長したんだろ」
少しだけ丈が短い様な気がするが、着れない事もない。たった一年でそれなりに大きくなっているんだなと実感した。
来年もドレス買わなきゃいけないのかあ…
支度金でやりくりしているジュリにとっては、それなりに高い出費だった。多分カレンに言ったらまた貸してくれるだろうけれど、最初から友達を当てにするような事はしたくなかった。
どうしたと首を傾げるカレンを見ながら、なんでもないと言って一緒に寮を後にした。
表の学院祭は去年と同じように講堂で行われた。ただ違う事がひとつだけあった。
「あれ、誰?」
煌びやか服装でアーシャ様をエスコートしている。あんな人いたっけ…?
「王太子じゃないか?アーシャ様の婚約者の…彼女の最後の学院祭だから見にいらしたのでは?」
カレンの言葉にあの人が将来の王様かあと、特に何も思わなかった。ただアーシャ様と良く似た風貌で、親類なのかなと思ったくらいだ。
「アーシャ様は相変わらず綺麗だねえ」
「お前去年も同じ事言ってたぞ」
カルロの突っ込みに、だって綺麗だって思わない?と答えると貴族は皆同じに見えると返ってきた。
そんなわけないじゃん…
「あれが王太子ですか。初めて見ました」
ライがあまりにも凝視しているものだから、ジュリは少し驚いた。
「そんなに見たかったの?」
「ああ、すみません。まずお目にかかれる方じゃないものですから」
まあそうだよねと思うけど、ライが王族に興味を示したのが少し意外だった。
各学年が出そろった後に、三、四年の代表者が出てきて踊るのを見終わると、ジュリの好きな飲食タイムだった。さあ食べるぞと意気込むと、誰かに話しかけられた。
「ジュリは踊らないの?」
「ミカ」
踊れないから食べたいと言うと、ふふっと笑って飲み物と食べ物をとってくれた。そして一緒に横に並んで話し出した。
「ミカは踊りが上手いんだから、私に付き合う事ないよ?」
「僕が踊りたいのはジュリだけだから」
うーん
ジュリの友達にここまで率直に好意を示す人はいないので、どう反応したらいいかわからない。ただし、これ以上踏み込んでこないのもわかる不思議な男の子だった。彼にはまだよくわからない事が多い。
「ミカと初めて会ったのも仮面舞踏会だったよね?ミカは初めてじゃなかったっぽいけど?」
「そうだね」
「どこで会ったか教えてくれないの?」
「まだだめ」
何となく彼が意地悪で言っている様には思えなかった。言わないのではなく、言えない何かがあるのだろうか?これは師長と話している時と似ている気がした。
「でも何があっても僕はジュリの味方だから。それだけは覚えていてね」
「??うん…」
二人で話しているといきなり首根っこと掴まれて、ジュリはひょいと地面から足が浮いた。
「探したぞお前」
「ジェイク先輩?」
行くぞと連れ去られそうになったのを、ミカが止めた。
「待ってください。彼女をどこへ?」
「どこでもいいだろ。こいつには先約があるんだよ、な?」
有無を言わさない態度に、ジュリはもう口を挟まなかった。この状態じゃ逃げられないしね?
何より悪魔集会の話にも興味があった。そしてジェイクの兄の話を聞いてしまったから、手助けをしてあげたいという気持ちもある。自分に何が出来るかわからないけれど。
「では僕も連れて行ってください」
「はあ!?」
断るなら先生に報告しますよと堂々と脅してくるミカに、ジェイクが苛々しながらジュリを見てきた。私を睨まれても…。
「おい、この生意気なクソガキは何だよ」
「一年生の、ジェイク先輩と同じ特化術師ですよ」
じっとジェイクがミカを見定めると、ついてきたいなら勝手にしろと言ってそのまま歩き出した。面倒になったらしい。
近くの空き教室に連れていかれると、誰か先客がいた。その人物がこちらを向くと、すでに仮面舞踏会用の無機質な仮面をつけていて、ジュリは思わず叫びそうになった。
「…子供の数が多いようだが」
「ああ、何かついてきた。まあ気にすんな?」
気安い態度から、仮面の相手とジェイクは顔見知りのようだった。あれ?この声…
ジュリが仮面の相手をじっと見つめていると、ああと言って相手も何かを思い出したようだ。
「君とは去年話したな」
「あっやっぱり…?」
ジュリの友達について変な質問をしてきた人物だ。
ん?なんか忘れているような?
他にも何か聞いたような気がするけれど、今は悪魔集会で頭がいっぱいで思い出せない。
「知ってんのか?この男は卒業生、前生徒会長だ。名前は…あっ言わない方がいい?」
「それで?今から何をするのですか?」
「えっ?何で生徒会長?」
流れをぶった切って質問してきたミカに、言ってないのかと尋ねる仮面の男、ちょっとお前ら黙れと言うジェイクにどうしていいのかわからないジュリと、突っ込み役不在ですでにまとまりに欠けていた。
「あーっもう!今から悪魔集会!通称黒ミサに突撃するんだよ!この生徒会長は情報の協力者。生徒会は集会の存在、参加方法を認識している」
「悪魔集会?学院に?生徒会がそれを黙認している理由は?」
「元々名ばかりの昔からあった生徒の鬱憤の発散場所だったらしい。先生や生徒、授業の文句や愚痴などを匿名で話し合うものだと聞いていた。誰が始めたのかはわからないが、無理に潰すよりも放置でよいと生徒会に引き継がれている。表向き実害は報告されていないからな」
以前魔術師が悪魔だと言う組織があると教えてもらったが、それとは別のものなんだなとちょっと安心した。
「ただ数年前から少し変わっていったとは聞いていた。参加には顔を隠す仮面、黒いローブ、そして参加証明が必要だと聞いている」
「参加証明って?」
「それはわからんらしい、まあ何とかなるだろ」
ジェイクが首を傾げて、気軽に答える。
その自信はどこから…?
「それだけ秘匿性の高いものなら、危険じゃないですか?」
「だからお前に協力を頼むんだよ。もし俺がやられたら情報を共有しているものが必要だろ?兄の時はいなかったから、未だにこうして謎を追っている」
「え?どういう?」
呆けるジュリにジェイクが何だよと怪訝な顔をした。
「私も一緒に悪魔集会に参加するんですよね?」
「はあ?いやいや、俺は最初からひとりでやるつもりだったんだよ。けどそれじゃこいつに教えられないって言われてさ。お前は俺が参加するのを隠れて見てるだけでいい、どうなるかわからんけど」
多分ジェイクの身を案じての策だったのだろう。けれどどうして…
「どうしてそれがジュリなんですか?」
あっミカに先言われた
「俺の事情に巻き込んでしまった自覚はある。そいつがどうなってもいいとは思っていない。だから信用できる者の中で、出来るだけ自分の身を護る力のある奴を選んだ。正直高位精霊が二体もいれば、この学院にどうにか出来る奴は殆どいない。互角でも十分逃げる事はできるはずだ」
だから何か起こったら、自分を助ける必要はないから逃げろと言われた。
彼と過ごした日々はそんなに長い時間ではなかったが、その中で信用できると思われたのがジュリは少し嬉しかった。
「ジュリが顔見知りを見捨てられるはずないでしょ。その時点で人選ミスでは?」
ミカの指摘に確かにそうだと、自身で頷いた。そしてその時は僕が責任もって連れて逃げますと宣言された。
「もうひとつ、貴方はその集会にそこまで興味あるようには見えませんが、なぜ参加したいのですか?」
その質問にはジェイクは答えなかったがジュリは知っていた、多分仮面の男もそれがあるからジェイクに協力しているのだろうと思う。
相手が答えないのを悟り、ミカもそこまでジェイクに興味がなかったのか、追及はしなかった。
夜が深まる時間が近づいたのか、仮面舞踏会が始まる合図のような音が聞こえた。