昇級試験(二年生)
「えっ!?」
霧の校舎の試験が終わって数日、ジュリは教室でカレンと向き合っていた。あまりのショックに持っていた教科書がバサバサと地面に落ちた。
「えっ!?」
壊れた人形のように同じ事を繰り返すジュリに、何度驚いても変わらないぞとカレンが教科書を拾って渡してくれた。
「昇級試験って終わったんじゃなかったの!?師長がこの前の探求祭に含まれているって…」
「実技は、な?筆記はあるに決まっている。一年次だってそれぞれ分かれていただろ?」
考えてみれば確かにそうだ、何より実技だけの評価では平等ではない。今回の霧の校舎に関しては、個人の能力を正確には計れないものだった。
私も去年は、実技より筆記の方が多分高かったしなあ
周りを見るとすでに勉強している人たちが目立つ。主に官僚コースのいつも筆記で首位争いをしている子達だった。
ひええ、勉強しなきゃ…!
「カルロ!一緒に勉強しない?」
近くのカルロに声をかけると、じっとこっちを見て少し考えていたが、パスと言って断られた。告白事件から二人の関係はちょっとだけ変わった。特に態度などに変化はないが、ジュリに過保護と言っていい程面倒を見ていたカルロはあまり構わなくなった。多分意識的に。
この距離感が普通なのだろうが、少しだけ寂しい様な気もした。もちろんクラスの中では仲がいいと言っていい関係ではあるけれど。
ジュリはひとりで図書室に向かった。静かな所で集中して勉強したかったからだ。扉をあけると、試験前だからかそれなりに人が居て、空いてる席を探していると見知った人物を見つけた。
「レイリ先輩?」
そういえば前もあったような気がすると思いながら声をかけると、ジェイクが机に突っ伏していた。
し…死んでる
「私達最高学年は、卒業試験も兼ねてるからね。難易度が少し高いの」
「ジェイク先輩も今回は逃げられないんですね」
ジュリが声をかけると、仕方ねえんだよと返って来た。
「卒業できる点数に達してなかったら追試なんだよ。勉強するために監禁されるから仮面舞踏会も参加出来ねえ」
ああそっか、今年は悪魔集会を調べるんだっけ
ジュリはこそこそとジェイクの側に座って、話しかけた。
「墓地と仮面舞踏会の七不思議が同じものかもしれないってのはわかるとしても、それが悪魔集会に関係している確証はあるんですか?」
「…ないな。ただ七不思議ってのは人の噂が広がったものだろ?例えば音楽室で風の音を、不気味な声が聞こえたと言う生徒がいたとする。他の生徒も薄暗い中に人影を見たような気がすると証言する。それが長い間人の口を伝って、幽霊だったり見たこともないものを作り上げたりするんだ」
うん?
「だからもしかすると、幽霊とは違うものかもしれない。けれど最初に必ずきっかけがあったはずなんだ、いつもと違うおかしな事が。悪魔集会が墓地である事だけは、証言がとれてるから動くには十分可能性はあると思うけどな」
「えっ?それは誰に聞いたんですか?」
それはまた今度なと言って教えてもらえなかった。
その後レイリに勉強を叩きこまれて、唸っているジェイクが気になって集中できない為に寮に戻った。机に向かって勉強をしていると、先ほどのジェイクとの会話を思い出した。
ジェイクは、目的があってこの学院に入った事は以前聞いた。そして今まさに、自分のすべき事をぶれずに成し遂げようとしている。
「私はここで何のために学んでいるのかなあ…」
四属性だから国から道を示されたが、そこにジュリの意志はなかった。今でも宮廷魔術師になりたいのかと言われたらよくわからない。
「どうした?」
独り言をひろったカレンから話しかけられた。何となく漠然な気持ちと目的をもっているジェイクへの羨望を話すと、ふふっと笑われた。
「それはジュリが未来の事を考えている前向きな気持ちじゃないか?自分がどうなるのか、どうありたいいのか考えるのは普通の事だ」
「そうなの?」
「私達聖女候補の未来が決められていると言ったが、貴族の子供達もそうだろう?親の敷いた道を自分の意思なく進んでいる者の方が多いとおもうが。平民ですら選べるほどの選択肢があったか?」
多分なかった。あのまま大きくなっても奉公に出て、誰かと友達になる事すらなかったかもしれない
「私はむしろ魔術師の選択肢をくれた国に感謝している。出来る事、やりたい事が増えた。以前言ったな?自分に与えられた人生を自分なりに生きていくしかないと。目的というか大切なものはその中で見つけていくものだと思う」
「私はまだそんなの見つけられてないけど、いいのかな」
「急がなくてもいいんじゃないか?今できる事をやる、そうしたら次にやらなければならない事が自然とわかる。そうやって続いていくものだと思うよ、生きている限り。後で考えたら自分の大切なものはこれだったのかとふとわかる、そんなものだろう」
カレン先生みたいだねと笑うと、母の受け売りだと少し照れたように笑った。
そして試験当日。筆記試験は一日で全て終わる。
目が据わったジュリに、カルロが大丈夫かと声をかけてきた。
「話しかけないで!覚えたものがこぼれる!!」
引き気味のカルロが少し離れると、ライが話しかけてきた。
「精霊の階級でプレブスの次は何でしょう?」
「プレブス…プレブスは…はっやめて!最初は歴史だから余計なもの入れたら忘れちゃう」
面白そうに笑うライを押しのけていると、試験用紙を持った先生がやってきたのが見えた。
その後詰め込めるだけ詰め込んだジュリは、試験が終わると寝落ちした。信じらんねえと言われながら、カルロやライが救護室に運んでくれたそうだ。
私がんばった…!!
数日後返って来たテストは、いつも通りだった。悪くも良くもなく、微妙な点数だった。
まあ、うん!落第しなければよし!
相変わらず志の低いジュリは、とりあえず半分は解いてる自分を褒めてあげた。記憶があまりないけれど。今回は実技の点数が良かったはずなので問題はないはずだ。
そして昇級試験の実技と筆記を総合しての学年一位は、またもやシェリアだった。
あの人本当にすごいなあ…
表彰されるシェリアを見ながら拍手していると、またどこからか嫌みのような声が聞こえた。
「良い家柄の方は、得よねえ」
はあ…!?
成績と家柄に何の関係があるのだろうか。この学院の先生たちは、身分で贔屓などは絶対しない。平民も貴族も平等に評価される。彼女の努力が馬鹿にされたようで、ジュリは立ち上がって声の方へ顔をむけると、席に戻る途中のシェリアと目があい、笑って首を振られた。
もしかして、気付いている?
暗にジュリに相手にするなと言っているのがわかって、すとんと席について前を向いた。
そして帰る途中にシェリアに呼び止められた。
「先ほどはありがとうございます。私のために心を砕いてくれたのでしょう?」
「だって、あんな言い方酷過ぎます。悔しくないんですか?」
術技大会でも、ジュリは彼女の頑張りを知っている。少なくても人任せにするような傲慢な令嬢ではなかった。
「悔しいですね」
「そうですよね…ん!?」
素直に心を吐露したシェリアを見つめると、彼女はふふっと笑った。
「公の場で言われたなら、侯爵家として黙っていられませんがここは学院ですから。陰口など誰でも言っていますわ。そんな小事で彼女たちと揉める事に得があるとは思えませんからね」
「と…得!?」
「貴族には社交は一生ものです。卒業してどこで彼女たちと交流するかわかりませんもの」
ひええ
シェリアは口論する程興味もないし、将来的に軋轢は損であると彼女らを切り捨てたのだ。学友にそんな考えをしなければならない侯爵令嬢という立場に、少しだけ悲しみも覚えた。
「むしろ表に感情を決して出さない人間の方が狡猾…失礼、賢くて怖いと学びました。そういう意味では彼女たちはとても素直で可愛いですね」
シェリアはそんな風に育てられた人間なのだろう。何を言われても本音は語らず、自分の内に秘めている。けれど決して傷ついていないわけではない。そんな人間いるわけがない。
人とぶつかり合うのは相手を知る事にも繋がる。少なくてもジュリはカルロとぶつかって、相手の気持ちに近づくことが出来たから。
「いつか我慢できなくなって口論をしたくなったら、是非私としてください。愚痴でもいいです。私は令嬢じゃないので、考慮すべき事はないと思うので」
ジュリの言葉に一瞬驚いた顔をしたシェリアは柔らかい顔つきで、その時はお願いしますと笑ってくれた。