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笑わない魔女は光の聖女に憧れる  作者: 悠里愁
第ニ章 学院七不思議
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幻の少女

ジュリ達が扉を開くと、一気に霧のような白い靄が溢れた。驚いて一瞬目を閉じて、再び開くとそこは辺り一面霧に包まれていた。


不思議な事に一緒に居た友達が誰もいない、ジュリはひとりだった。


「え…?え?みんなどこ?カルロ?ミカ?」


周りに呼びかけても、何の答えも返ってこない。思わず心細くなって、首にかけているペンダントに魔力を注いだ。


ふわりと肩に手をかけてあらわれたシグナにほっとする。魔力は普通に使えるようだった。


「ジュリ…?ここどこ?」

「私にもわからないの。不思議な扉を開いたくらいまでしかわからなくて」


シグナはジュリの手を握って、離れないでと言った。


「この霧、普通じゃないね。僕の魔力を通さない」

「え?」


水の精霊であるシグナにとっては、普通の霧なら何の問題もなく支配できる。辺りの霧をはらそうと、シグナが水を使うが、何も変わる事はなかった。多分霧と水じゃあ相性はよくないんじゃないかな?


「けれど敵意も感じないな。何なんだ?ちょっと気持ち悪いね」


うんと答えたが、ジュリはシグナが一緒にいてくれるならそんなに怖くはなかった。昔から彼はジュリの精神安定剤だ。


先が見えない霧の中を進んだ方がいいのか、留まった方がいいのか悩んでいると、ふっと前方に人影が見えた。はぐれた友達の誰かかなと思い、ジュリが駆け寄ろうとするのをシグナが止めた。


「ジュリ…」


その声は女の子で、声質や背格好からジュリと同じくらいの少女に見える。離れているので霧で顔は良く見えない。


一緒に居た女の子はセツがいるが、多分違う。目の前の少女はもっと幼い印象だ。


「誰?」


少女は何度も自分の名前を呼んでいた、こちらへ来て欲しいというように。全く心当たりはないのだが、その声の響きがなぜか無視できなかった。


その時、少女を視認したシグナは水の槍で少女を撃った。すうっと消えた少女を見て、突然の行動に驚いたジュリはシグナを振り返った。


「な、何するのシグナ!?」

「幻だよ?心奪われたら取り込まれるよ」


だからと言っていきなり攻撃するのはいかがなものか。シグナは一度教室で暴走してから、他の人間を毛嫌いする事はあっても、いきなり攻撃するような事はなかったのに。ミカの時はちょっと特別だったけれど。


「でもあの子、なんだか見た事あるような気がした」

「気のせいでしょ?そんなはずない」

「何でそう思うの?シグナはあの子の事知っているの?」

「…知らないよ。ジュリの能天気さに呆れているだけ」


えー…


そんな会話を二人していると、別の方向からジュリの名を呼ぶ声が聞こえた。先ほどの女の子だ。


「また出た!」

「精神的な攻撃ならキリがないな。ジュリ、あの火の鳥呼べる?あいつなら何とか出来るんじゃない?」

「鳥?…ああランの事?」


そしてペンダントについている、もうひとつの火の陣に魔力を注いだ。ふわっと現れたジュリの火の精霊は、自分の前に跪いて出てきた。ちょっとまって、毎回こんなポーズで出てくるの?仰々しすぎるからやめてほしい。


「お呼びですか?」

「ああ、うん。シグナがランならこの霧をどうにか出来るって言ってて…」


ジュリには優しく笑ってくれたが、ちらっとシグナを見て役立たずがというようにふっと笑った。それを見てシグナの周りの空気が冷えたように感じる。


ジュリが仲良くして?と言うと声を揃えて無理と返ってきた。気が合ってるじゃないの…


「火と水は元々天敵のような間柄なのです。昔から水属性の者とは気が合わなくて」

「そんな事どうでもいいから、さっさと仕事して。ジュリが頼んでいるでしょ?」


燃やしていいですかというランの言葉に制止をかけて、ジュリはシグナの手を引っぱった。


「シグナは喧嘩売るのやめて?ランはこの霧どう思う?」


何だか幼い弟の喧嘩を止めていた頃を思い出した。長い時を過ごしてきた魔物達なのに、精神年齢が低いように感じる。魔物は群れない生物だと言っていたから、ずっと孤独で生きてきた証拠なのかもしれない。人間も成長して、相手の気持ちを慮るのは、人との関わりの中で学んでいくものだ。


せっかく知り合えたのだから、彼らも自分との関りで変わっていけるもの、与えるものがあればいいなと思った。


「この霧で虚構の世界を作り上げているようですね。まやかしにしては、範囲が広いが…」


周りを見回したランが、眉根を寄せてそんな事を言った。そして背中に翼が生えたと思ったら、ぶわっと四方に青い羽が散らばった。青い羽はゆらゆらと落ちる事もなく、鬼火のような炎の玉になった。


それはとても綺麗な光景だと思った。そして少しずつ鬼火の周辺から霧が晴れていく。ジュリを呼ぶ少女の姿ももう見えなくなった。


「私に虚実(うそ)は通用しない。この霧は私の能力と相反するもののようですね」


厳正の精霊であるランの特殊な炎は、偽りを見破る事ができるらしい。

ジュリがありがとうとお礼を言うと、ランは少し驚いた顔をした後にゆっくり笑ってくれた。霧が晴れた風景は古い木造の校舎のようだった。ジュリのような小さな子供なら未だしも、大人が乗ったら床が抜けそうなほどぎしぎしと音を立てていた。


「先に進もうよ。みんなを探さなきゃ」


とりあえず当初の目的であった職員室を目指しながら、ミカ達を探す事にした。どこまでも続く廊下を、精霊二人と一緒に進んでいく。音楽室、理科室などまだ読めるような文字が書かれた教室札もあれば、全く掠れて見えない物もあった。


これは職員室って書かれてないと、見つけられないかも?


一抹の不安を感じながら進んでいくと、生徒指導室と書かれた教室の窓ガラスが真っ白に曇っていた。明らかに怪しい場所に、ジュリ達は足を止めた。


「これはどうなってるの?もしかして、中が霧で覆われている?」

「開けますか?私から離れないように」


ジュリが頷くと、ランが炎を勢いに任せて扉を吹っ飛ばした。普通に開けようよと突っ込む間もなく、白い霧が廊下に溢れた。


扉の隙間から微かに見えたのは、男の子二人が互いに剣を構えていた。それはカルロ達ではなかったが、ジュリの見知った友達だった。


「カイルと…アルス!?」


二人もここに来ていたのかと思う前に、なぜ仲のいい二人が剣を交えているのかわからない。よく見ると目は虚ろで互いをちゃんと見ているのかもわからない。


「ラン、あの二人も幻覚を見ているのかも。どうにか出来る?」

「私はまやかしを祓う事は出来るが、精神攻撃を受けたものを治す事は出来ません」


そういうのは医療魔術に関するものなのかもしれない。師長も苦手と言っていたくらいだから分野が違うのだろう。もちろんジュリにもどうにかできる事ではない。


ランが霧を取り除いても、動きは止まったようだが二人は正気に戻らない。


どうしよう…?


カイルの側に行くと、彼は片膝をついて涙を流していた。男の子の涙など見る機会なんてないので、一瞬動揺してしまったが、必死に何かを謝っているようにも見えた。


何を見ているんだろう?辛い事?苦しい事?


それがとても可哀想に思えて、どうしたらいいのかと自分の精霊たちに聞いてみた。


「基本的に強い刺激を与えれば、目覚める可能性は高いですが」


刺激?と言われて、ジュリはぐっと手を力を入れた。悪夢を見ているなら、早く目覚めさせてあげたい。そして勢いよく、カイルの頬を叩いた。何度か叩くと少しはっきりした口調で話すようになった。


「ごめんなさい、何も出来なくて出来損ないで…」

「カイル、そんな事ないよ。貴方は私を助けてくれたじゃない」


そうやって叩いて真っ赤になった手を、カイルの両頬を包むように置いた。目の焦点があったと思ったら、やっと名前を呼んでくれた。


「ジュリ…?」


少しほっとして、次はアルスの方に向き直った。彼も同じような状態だが、もう一度叩くのは嫌だなと思った。感触もだが何より人を叩くのってこちらも痛い。


ジュリは鞄から少し改良した灰色の回復薬を取り出した。これを飲ませようとしたが、背が足りないのでシグナにやってもらった。彼は鼻をつまんで、勢いよく瓶をアルスの口に突っ込んだ。


飲ませ方、雑…!!


瞬間、アルスが奇声をあげて薬を吐き出した。


あ 酷い。大分よくなったはずなのに


その証拠に以前レイリに飲ませた時のように、気絶はしていないようだった。


「アルス大丈夫?悪い夢から覚めた?私がわかる?」

「え…なに?ジュリちゃん…?なんか唐突に地獄を見たんだけど」


うん、二人とも怪我とかはしてないようだね。良かった良かった


ジュリが思いっきり叩いたカイルの赤い頬と、回復薬(?)で回復どころかダメージを受けたアルスの状態は無視した。


正直霧は思ったよりも厄介かもしれない。ジュリはまだ会えないカルロやミカ達が心配になった。

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