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笑わない魔女は光の聖女に憧れる  作者: 悠里愁
第ニ章 学院七不思議
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それぞれの恋

カルロは覚悟を決めたように、目を逸らさずにジュリと向かい合っていた。


「え…?」


その瞳が何か答えを待っているように思えたけれど、どう言えば正解なのか、カルロは何を求めているのかジュリは戸惑った。


ただ冗談でしょと笑い飛ばす事は、してはいけない気がした。彼がとても真剣だったから。


ジュリが困ったように視線を伏せると、しばらくして何も言わずにカルロは教室を出て行った。


残されたジュリと周りで傍観していたカレンとライは、張り詰めた空気が霧散するのを感じた。


「何だったのかな…」

「そのままの意味だろう」


カレンがローザの気持ちはわかって何故カルロの気持ちはわからない?と最もな事を聞いてくる。


「だって…友達が出来たのも初めてなのに、そういうのはまだわからないよ…」


他人から自分に向けられる感情は嫌悪が一番多かった。自分に親愛の情をくれたのは兄弟やシグナだけで、恋愛感情などを向けられる事も抱く事もなかった。


幼いジュリは、その感情をまだ知らない。




師長が小部屋から出てくると、それぞれに魔力診断の結果を渡された。カルロはいないのでジュリが一緒に預かった。


属性の習得度が図になってるのはわかりやすい。精霊について書かれている項目があるのも見ると、ジュリは召喚しなかったが、皆は師長の前で精霊を見せたのかもしれない。


「でもこれって、何の為にしたんだろ?」


最初に健康診断と言ってたから、それに関係するのかな?


ぼそっと独り言を言っているのを、気配無く立っていた人物に聞かれた。


「国は、国民全員の健康管理にかなり多くの税を割いていますよね」

「わっびっくりするから後ろに立たないでよ、ライ」


ふふっと笑って少し離れるような動作をした。


「貴族も平民も平等に、国の官僚が医師と共にわざわざ地方に送られる事もあるでしょう?」


小さな村には、ちゃんとした医師はいない事が多い。けれど数年に一度、医師が派遣されて国民全員の健康診断が実施される。ジュリのような魔力が目立つ子供もそこで把握される。


「みんな病気の発見が出来るから、有難がっていたよ」

「そうですね」


…?


何となくライと最初に会った時のような、そんな雰囲気を思い出した。言いたいような、言えないような、何かを試すような。


ライはそれ以上言わずに、今日の授業は終了した。




次の日カレンと寮から教室にやってくると、カルロがいた。


「おはよう、カルロ」


ジュリが挨拶すると彼は気まずそうな顔をして、ああと言ったきり顔を背けた。


ん?


それからカレン達と話していても輪の中に入って来ずに、ジュリはある事に気付いた。


「カレン…!」


休み時間にジュリが訴えるようにカレンの袖を引っぱると、何も言わずに察してくれたのか頷かれた。


「避けられてるな」


だよね


「まあ仕方ないだろ。あんな中地半端で普通に接されても、カルロは傷つくだろ」

「私はどうすれば良かったの?カルロの好きって、私が友達みんな好きって思うのとは違うものでしょう?」

「だから、それをそのまま言えばいい。カルロは別に言う気はなかっただろうし、ジュリとの関係を変えたいとは思ってないと思う」


そのままと言われてさらに悩んだ。


「…みんなはもう好きとか…恋愛したりするの?カレンも?」

「私はいないが、皆来年は十四だろ?ジュリは少し年下だが…。学院を卒業するのは十五で、その歳に嫁ぐ女性だっている。お年頃だろう」


お…お年頃…!


「学院に入る年齢なら、もう自分の気持ちは、自分でわかるはずだ。家が絡むと個人で将来の約束などはできないが、そういう気持ちを育む事はできるだろう」

「それって反対されて卒業後別れる事になっても、育んだ方がいいものなの?」

「そうだな、何も知らないで嫁いでしまうよりも知って後悔する方が、人間としての深みは出ると、何かの本で読んだ」


望んだ相手と結ばれることが多くないのは、貴族の女性なら誰でも知っているのだろう。昔からそんな悲恋を題材にした本は多く、沢山の女性から共感を呼び、読まれていた。


「恋は止められるものじゃないそうだ。知るのが怖いな」


ふっと笑ったカレンの顔は、満更でもなさそうだった。


とりあえずカルロと話をしなければと、彼を探しに教室を飛び出した。休み時間は各々好きな事に費やしていて、中庭でシェリアとローザがそれぞれの婚約者を交えて、お茶会をしているのが見えた。


邪魔をしてはいけないと通り過ぎようと思ったら、呼び止められてお茶に誘われた。


「ちょっと人を探してて…すみません」

「そう…残念ですね。せっかく面白い本が手に入ったからお話したかったのですが…。男の方々は恋愛小説に興味がおありになりませんもの」


本と聞いてにゅっと首を伸ばすくらいには興味をそそられた。横でカイル達が苦笑しているのが見えて、本好きなカイルも流石に恋愛小説は読まないんだなと思った。


「シェリア様もそんな恋愛をされたいのですか?」


男性たちに聞かれないようにひそひそと恋バナを振ってみる。以前アルスが言っていたように家同士が決めた婚約者に、何となく二人とも恋愛感情があるようには見えなかったからだ。


「憧れはありますね。私達貴族は、好いた方がいても告白は出来ません。家の問題もありますし、婚約者にも悪いでしょう?だから自由になるのは心の中です」

「私は口に出すような愚かな真似はしませんが、全力でお相手に主張しますわ」


あーローザ様はそんな感じだね


「伯爵家ならそういう所は、もうちょっと緩いのでしょうけどね。カイルや私みたいな侯爵家は家同士の繋がりが強いから難しいと思います」


つまり位が上の貴族になるほどお相手に厳しくなるって事かな


挨拶後その場を後にして、ふとシェリアとお茶を飲んでいるディアスを振り返りながら、少しだけ切ない気持ちになった。


カルロを探して走り回っていると、前方不注意で背の高い誰かとぶつかった。ぺしょっと尻餅をつくと、危ないですよと聞き覚えのある声が降ってきた。


「師長?」


この人授業以外で出歩く事があるのかと思ったら、何か失礼な事考えてますねと突っ込まれた。手を取られて起こしてもらう時に、何となく聞いてみた。


「師長は恋したことありますか?」


いきなり何ですかと不思議そうな顔をしたが、ちゃんと答えてくれた。


「僕は君の倍以上生きているんですよ?あるに決まってるじゃないですか」

「でも独り身ですよね?結婚しないんですか?」

「そう想う方がもういないからです」


声も顔も全く変わりなく、平然と言った師長が少し怖くて、続いて質問をする事は出来なかった。



次に会ったのはミカだった。

なぜかここに来るのがわかってたように、渡り廊下で待ち構えていた。


「やあ、ジュリ」

「えっ何でここに居るの?」


上の階からジュリが走って行くのが見えたので、追いかけて来たらしい。何か用?と聞くと冷たいと返された。


「私はカルロを探しているんだけど」

「教えてあげるからちょっとだけ僕と話をしようよ?久しぶりに会えたんだから」


ニコニコしながら手を取られて歩き出す。どうやら案内してくれるらしい。


「ジュリは恋を知りたいの?」

「えっ!?」


何で知っているのという顔をしたら、先ほどの師長との会話を垣間見ていたと言われた。


「ジュリが恋をするのはもっと後だよきっと。辛い恋も幸せな恋も知ると思うよ」


何個もあるの!?


「ミカにとって好きってどういう気持ち?」


ふっと目が合うと、これからもずっと一緒に居たいと思う事だと言われた。



カルロは校舎の端の方にある大きなテラスにいた。ジュリが近づくと気付いたようだが、こちらを向いてくれることはなかった。


「カルロ…あのね、私もカルロの事好きだよ。けど誰かを特別好きっていうのは今はないと思う。みんなの恋愛話聞いてみたけど、やっぱり違うなって思って」

「みんなの恋愛話って…お前聞いてまわったのかよ」


そこでやっと笑ってくれて、ジュリは少しだけほっとした。


「恋愛とは違うけど、カルロは私の大事な友達だから適当な事を言いたくないもの」


今度はジュリは目を逸らさなかった。これが今の自分の精一杯の気持ちだから。皆が持っている恋の形をジュリはまだ持っていない、それが分かったという事だった。そしてカルロは納得ができたように、穏やかに息を吐いた。


「俺も悪かったよ。お前は何も悪くないのに、避けて…。気まずくてさ」


そこからは少しだけ、ジュリが聞いたみんなの恋愛話になった。


「ミカは私が恋を知るのは、もっとずっと後だって。辛い恋も幸せな恋もあるって言ってたけど、私にわかるかなあ」

「その時がくれば絶対わかるよ。自分でどうこう出来る気持ちじゃねえもん」


そしてジュリの方を向いて、少しだけ憂いを帯びた笑顔でカルロが言った。


「相談くらいは乗ってやるから、その時はちゃんと言えよな、ジュリ」


初めて名前を呼んでくれたカルロの顔は、どこか故郷の兄を思い出した。それは庇護していた者を送り出すような、どこか物悲しく寂しい気持ちにさせた。

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