精霊の森
ジュリはある休日に、森に行くために中庭に集合していた。森への許可は意外と時間がかかったらしく、数週間を要した。
「お前の都合で俺の休日が潰れたんだから、有難く思えよ」
そう言って集合場所にいたのは、四年生騎士のジェイクだった。守銭奴のくせに…とは言えずに変な顔で睨むジュリの頬をぐにぐに摘まんでいた。痛い。
「師長はまた遅刻か?」
「失礼な、ちゃんといますよ。事前準備をしてて遅れたんです」
それを遅刻と言うのでは
ジェイクは武装しているが、師長は特に普段と変わりない格好をしていた。いつもは持っていない杖を持参しているくらいだろうか。今回は三人で行くという事で、大丈夫なのかなあとジュリは思った。相性的な意味で。
「森ってどういう所なんですか?」
ジュリが質問すると、そんな事もわからずに行く気なのかよとジェイクに馬鹿にされた。じゃあ教えてくださいと言ったら俺もよく知らんと返される。
「森は訪れる人によって、姿を変えます。幽玄の森、玲瓏の森など様々な名称があります。その中でも面倒なのが精霊の森でしょうか」
「一番わかりやすい名称だと思いますけど、面倒なんですか?」
「精霊の森とは名の通り魔物達の独壇場です。なぜなら魔術が使えないので、精霊による魔法頼りになります。そして契約もしていない魔の者は人間を襲います。基本的に群れる生物ではないですけどね」
だからシグナの力がいるのか
「入口に近い程、魔獣など小物の生き物が多く、これは騎士がいれば脅威ではありません。魔物はピンキリがあります」
「そんなに危険なんですね」
「ええ、生徒が入れるように入口近くは騎士団が定期的に討伐をしたりしていますが、それでも事故は起こります。遭難なども含めて」
ジュリが少し怖気づくと、僕が居るから大丈夫ですよと師長が明るく言った。ジェイクはどうやって行くんだと欠伸をかみ殺している。
「学院から直では行けませんが、魔術師の店があったでしょう?あそこからなら行けるんですよ。それでも危険地域ですから普段は入れないようにしていますけどね」
またあの気味悪い目に笑われるのかとジュリはため息を零した。
以前訪れた壁の前に来ると、パチッと開いた目が師長のバッジを見て、焦ったように目をうろうろし出した。そして口が開いたと思ったら扉のような形になった。
「こいつほんと人見てやがるな」
ジュリもそう思うと、力強く頷いた。そしてここはいつでも通れるんですか?と師長に聞いてみた。
「今の時期は生徒は無理でしょうね。私達教師や騎士団なんかは通れますけど、ここは下手な結界よりも頑丈なので安心ですよ。何より仕組みが面白いですしね」
魔術に関するものは研究好きの師長からすれば、魔術道具もその範囲に含まれるのか、楽しそうに扉を見ていた。
扉の先は見た覚えのある風景だが、店はこの時期は撤退しているようでとても閑散としていた。
「ここから少し距離があるので飛んでいきましょうか」
「飛ぶ?」
そしてジェイクのマントを貸してくださいと言って、風属性の陣のようなものが浮かび上がった。
「風よ」
マントが風もないのに、ふわりと浮かび上がったとおもったら、ふよふよ空中を漂っている。
あ すごい
「これに乗って行きましょう」
「は!?俺のなんだけど」
靴の泥を落とせやら、汚すななどジェイクがとてもうるさかったが、三人は空飛ぶマントに乗って空中から街を見下ろした。
「すごい、魔術って空飛べるんだ」
ちらりと横を見ると、機嫌の悪そうなジェイクが俺は風属性は使えないからわからんと言っていた。しかもこっち見んなと八つ当たりまでされた。むか。
「あちらに見えるのが、森ですよ」
見えてきた森は結構広く、これは迷ったら出られないのはと思う程の規模だった。一応水や食料など最低限のものは用意してきたが、ジュリ一人だとその前に魔物に襲われそうだ。
「貴方には頼りになる精霊もいるので、大丈夫ですよ」
「精霊…あっそういえばシグナの事なんですけど」
景色を見ていた師長がはい?とこちらを向いて、ジュリの質問を聞くような姿勢をとった。
「シグナが四属性を集めない方がいいって言うんです。悪いことが起こるかもしれないって…。何のことだが師長は知っていますか?」
口に手を当てて師長は思案するように言葉を止めたが、何事もなかったかのように笑みを作った。
「なるほど…。君の精霊は知っているのですね?」
「知っている?何をですか?」
「精霊にはその事を、本能的に知っている者と知らない者がいます。高位の者ほど知っていて、畏怖に似た感情を持っている様です」
「はい?」
また何を言っているかわからずにジュリが聞き返すと、少しだけ物憂げな表情になった。ジェイクは意味がわからずに、こちらを不思議そうに見ていただけだった。
「師長はその悪いことを知っているんですか?四属性を集めて、ますよね?」
「僕は…」
その時真下の森から光の線のような物が飛んできたと思ったら、マントを真っ二つに裂いた。
「俺のマント!!!!」
ジェイクが叫んだが、ジュリは身体が投げ出される感覚に恐怖を覚えた。
「きゃあっ」
「おいっ」
「風よ」
瞬時にジェイクが落ちていくジュリを引っぱって、抱えるように掴んだ。同じく落ちていく師長も、魔術を使ってジュリ達の安全を確保してくれたようだった。
ジュリはジェイクと一緒にふわりと浮かびながら、徐々に高度が落ちていってる状況に少しだけ安堵した。
「師長、落ちたのかな?大丈夫なの?」
「あの人は何しても死なねーよ。大丈夫だ」
ひどい言いぐさである。
「それより俺らだろ、この魔術そんなに長持ちしないと思うぞ?お前四属性なんだろ?風の魔術使えたりしねえの?」
「私は得意属性も使いこなしてないんだけど…」
お互い時間が止まったかのように、空中で真顔で向き合った。
「レイリがそこら辺に落ちてないか願ったのは初めてだぜ…。荷物にしかならねえじゃねーか」
むかっ
「先輩なら何か案出して下さい!お金貰ったんでしょう!?」
「バカ言え!まだ前金しか貰ってな…」
その時風の魔術か解除されたのか、いきなり二人して再び落下の恐怖を味わう。そこまで高度ではないが、低くはない場所だったので、これは死ぬかもしれないと思った。
「くっそ、おいっ離すなよ!火炎っ」
ジェイクが剣を抜いて、下の森目がけて打ち下ろした。
「爆ぜろ!」
剣から勢いよく火が出たと思ったら、それは森に直撃し轟音をたてて爆発した。爆発の突風で飛ばされて、これはこれで生命の危機を感じる。
力業すぎるでしょ!?
さらにひゅーと飛ばされる感覚に、ジュリも何か出来ないか無意識に魔力を込めた。
同じころ、無事に着地した師長がジェイクの起こした爆音を聞いていた。
「なかなか派手な音が…。ちょっと離されましたね、どうしようかな」
そう思いながら、とりあえず音のする方へ歩いて行こうとすると、茂みから助けて下さいと男が飛び出してきた。師長の足に懇願するように、勢いよくしがみ付いている。
「あの、ちょっと…放してもらえますか?」
「では助けてもらえますか?」
「僕は生徒を探さなければいけないので、申し訳ないですがご期待に添えません」
笑顔で断ると、さらに強くしがみ付いてきた。
「お願いしますっどうか…」
ものすごく嫌そうな顔をして、師長はその男を見下ろした。