聖女試験
ジュリ達が宿にいる期間はたった二日間だった。
けれどカルロから常識がなさすぎると怒られながらも、国の情勢や近隣諸国との関係、流行や魔術に関する事などを学び、自分の知らない知識が増えていくのは楽しかった。ただ聖女に関する事はカルロもよく知らないようだった。
「沢山お話してくれてありがとうカルロ、国の建国神話が特に面白かった」
「よく聞くただの昔話だろ?めちゃくちゃ絵本やら出てるだろ。史実とは違うだろうけどな」
「私の村、文字を読める人が少なかったから本がなかったの」
___昔々、王族の先祖がこの地を訪れた時、作物も育たぬ荒れ果てた大地で、どうしても人が住める場所ではなかった。けれど、一人の少女がどこからともなく現れ、不思議な力で大地を緑にかえた。彼女は聖女と呼ばれ王国は潤い、順調に発展していくが再び災厄が訪れる。聖女は白い獣に姿を変えて、災厄を退けるが、力尽き亡くなってしまう。彼女の亡骸は空へと帰り、恵みの雨を降らせた___
聖女って神話に出てたんだ。だから国は神聖視してるのかな
物思いに耽っているとカルロに頬をつかまれぐにぐにされた。
「面白かったならそういう顔ををしろよ!ここ二日間お前の表情筋、殆ど仕事してなかったぞ」
「にゅ…ほんにゃほと」
ジュリがあまり感情を表に出さないのは故意的ではなく、長年の習慣的に身についたことだった。村で八つ当たり的に虐められることも多く、そういう時に笑ったり泣いたりと過度に反応すると、相手が面白がって助長させてしまうのだ。だからどんな痛い事や辛いことをされても、無表情無関心でいるのが一番被害が少なかった。だからって何も思わないわけではなかったけれど。
「聖女の二次試験って何するんだろうね?魔力使ったりするのかな」
暗い過去を払拭するように、横にいるカルロに話をふってみる。結局宿の受験者は、自分を含めて四人しかいなかった。あと何人いるのかわからないが、やはりそんなに多くはなさそうだなとジュリは思った。
「俺も魔力に関しちゃよくわかんねえんだよ、昔から殆ど使った事ねえし」
「え?それで、カルロはどうやって試験を受けたの?」
「商人は貴族とも面会する場合があるんだけど、そん時に受けろって言われた。魔術師って他の魔力もった奴がわかるのか?」
ジュリはほぼ親から強制的に受けさせられたものだったが、カルロは日常生活に特に支障なく生きて来たらしい。二人とも魔力を持っているが、他人の魔力の有無などよくわからず、お互いに不思議がった。
第二次試験は王宮で行われるらしく、一人一台ずつ馬車が宛がわれた。
そこまで時間もかからずに着くと、豪華な待合室のような場所に案内された。
「カルロ!」
先に到着していた彼のもとに近寄る。そして部屋を見渡すと自分を含めて、六人の受験者がいた。
宿で会った貴族のご令嬢二人、服装は貴族だが貴族にしては髪の短い少女、もう一人は男か女なわからない中性的な顔立ちの人で、銀色の髪に異国の変わった服装をしている。
見た目的な年齢も、多分ジュリが一番幼いようだった。
居心地の悪さを感じていると、宿で会った金髪の女性が話しかけてきた。
「ごきげんよう」
ごきげんよう?
聞きなれない言葉に一瞬思考を奪われて、ジュリはぽかんとしてしまった。
「数日前、宿でお会いした方でしょう?あの時に、ちゃんとご挨拶できなくてごめんなさいね」
「え…あ」
カルロの目が何のことだよと物語っている。そういえば、言ってなかったね…?
「改めましてセレイスター侯爵の娘、シェリアとも申します」
「あ、ジュリです」
カルロを横目で見ると、俺もかよという顔をされた。彼は本当に貴族が苦手のようだ。
「シェリア様、平民に気軽に話しかけるものではありませんわ」
カルロが言いあぐねていると、後ろから薄紫の髪色の女性の叱責が飛んできた。
「けれど、同じ受験者として、礼をかいてはいけないでしょう?」
「同じ試験を受けるにしても、身分は弁えるべきです」
あ、なんか横のカルロがイライラしてるっぽい。こわい。
「あの、わざわざありがとうございました。私もあの時、ちゃんとご挨拶できなくてすみませんでした」
一触即発の雰囲気にたまらずジュリが口を挟むと、シェリアは空気をよんでくれたのだろう、笑顔で元の席に戻って行った。
ほっと息を吐くと、異国の服装の受験者と目があった。笑顔で微笑まれたので、よくわからないが笑顔(にならなかった不自然な顔)を返しておく。髪の短い少女は我関せずとこちらを見てもいなかった。
しばらくすると、官僚のような人がやってきて別室に案内された。王宮はどこもかしこも綺麗で目がチカチカするが、それ以上に進んでも進んでも続く廊下の長さに驚いた。
身分の高い人の住居は、身を守るために複雑になってるってカルロが言ってたな…
王なんて最たるものだろうと、理解は出来たが、迷子になると一人で出口にたどり着けられる気がしない廊下を見つめ、ふと不安になり、知らずカルロの袖を掴んだ。
「どうした?緊張してるのか?」
「あ、ごめん」
そう言って袖から手を離したが、カルロは笑って手を握ってくれた。懐かしい感触に自然と不安から解消される。昔からよく手を引いてくれたシグナを思い出したからだ。
シグナに会いたいな…
奥まった場所の大きな扉の前につくと、誰も触っていないのに勝手に扉が開いた。
中は大きな白い部屋で窓も何もなく、ローブを着た数人の成人男女がいた。
「こんにちは、魔術師の卵さんたち」
最初に口を開いたのは、長い黒髪を三つ編みにした男性だった。一番豪華なローブを着ているので、それなりに偉い人なのかなと思ったが、それ以上にジュリが目を引いたのは彼の表情だった。
ジュリは、人の顔色で嘘を見抜けるのに長けていた。特に自分に敵愾心を抱く相手から、身を守るためにも必要な事のひとつだったからだ。けれど目の前の人物は笑ってはいるのだが、表情が読めない。
あの人、怖い…?
詐欺師など巧妙に隠せる人間はいるだろうが、ジュリはまだそんな人間に会ったことはなかった。
「僕は魔術師長の…レヴィンと呼んで頂ければと思います。今年は六人もいるなんて喜ばしいですね。楽にして大丈夫ですよ」
聖女試験は数年に一度実施しているらしいが、いつもはもっと少ないようだ。
「四属性は確認済みなので、次は魔力の質を調べさせてもらいますね」
どういうこと?と横のカルロに聞いてみたが俺が知るかよと返された。だよね。
「難しいことはありません、こう、手を合わせて魔力を循環させてもらえればいいのです」
あっシグナと昔よくやってたあれだ
既知の方法でジュリは少し安心した。受験者に一人ずつ、ローブを着た魔術師らしき人がついた。
自分の相手は年配の女性で、手を差し出されたので同じように手を合わせる。
…?
いつもはゆっくりを魔力が相手に流れている感覚があり、どちらかというと気持ちいいのだが、なぜだか上手く魔力が流れて行かない。
感覚的には細い通り道を何かが塞がっているような、それを無理やり通り抜けようとして、何だか気持ち悪くなってきた。
「貴方、真面目にやっているの?」
やってるはずなんですけど…
どうしようと不安になっていると、師長がやってきてどうしたのですかと尋ねてきた。
「この子、魔力が殆ど感じられないのです。平民にしても低すぎるでしょう、貴方本当に一次試験に受かったの?」
「ほう…?」
ジュリは泣きそうになって、無理やり魔力を流そうとした。が、あまりの気持ち悪さに嘔吐して倒れてしまった。
「チビ!」
倒れる瞬間、驚いて駆け寄ってくるカルロと何故か笑っているような師長の顔が見えた気がした。