後輩
ジュリとライは、意識を回復したカルロに会いに救護室に行った。
カルロは記憶が混乱しているのか、何でここにいるのかわかっていないようだった。
「私達誘拐されそうになって、ライが助けてくれたんだよ」
そう答えたジュリの顔をカルロがじっと見つめながら、怪訝な顔をする。
「それはわかったけど、お前ら何かあったのか?」
ジュリはぎくりとした。ライの護衛任務は秘密にと言われているが、ジュリは嘘をみやぶるのは上手いが嘘をつくのに慣れていない。それが顔に出てしまっていたのだろうかと、出来るだけ冷静に受け流そうとした。
「え?なんで?」
「だってお前、ライの顔見ねえもん」
無理だった。
結局すぐにばれてしまって、ライに許可をとってカルロに話す事にした。
「そんな事かよ。別に珍しくもないと思うぜ。この学院なんて訳ありの生徒が大半だろ?俺たちだってそうじゃないか。半強制的に連れてこられて、勝手に将来決められて逃げられない」
そういえば、そうだったかも
ジェイクも何が何でも卒業するとか言ってたし、平民はそれなりに理由を抱えている人多いのかもしれない。カルロはこいつに下手な嘘つかせるなよとライに言って、彼はそうですねといつも通り笑っていた。
そっか、みんな似たようなものなんだ
何となく心が軽くなった気がして、その後はいつも通りライの目を見て、話しかける事ができていた。
カレン達が領地から帰ってきて、寮は一気に賑やかになった。
休み中はあまり着る事がなかったローブを着ると、日常に戻ってきた感がある。
「カレンは連休はどうだった?」
「ああ、ウザかった」
…ん?実家に戻ってたんだよね?
この話はもうしたくないと言うように、カレンは別の話題を振ってきた。
「今年の一年生には、聖女候補はいないらしいな」
「あっそうなんだ?」
聖女試験は毎年決まって実施しているわけではなさそうだった。それだけ人数も少ないのだろう。
「でも特化術師がいると、話題になっていた」
特化術師?何か聞いた覚えがあるような…
「あっジェイク先輩がそんな事言ってた!あの人、火属性の特化術師だって」
「特化術師は精霊と契約しなくても高度な魔術を使える者もいるらしい、私も詳しくはよく知らないが…、けれど入学前からその称号を貰うのは異例じゃないか?」
ジュリはへえとバッジをつけながら、多分貴族だろうから話す機会はないだろうなと思った。
入学式は講堂に全校生徒が集まるが、一年生だけは一度中庭に集められて少しだけ入場が遅れる。一年生が入場すると、在校生がじろじろと見るのは毎年のお決まりのようで、恥ずかしそうに目線を逸らしていた。
みんな私より背が高いなあ…
学院の入学は十二歳が平均なので、新入生でも年齢的にはジュリよりも年上の子達だ。多分ジュリの方が身長が低くて、先輩には見られないだろうなとため息をついた。
そんな中で少しだけ背が低い、自分と同じくらいの男の子がいるのに気が付いた。遠目からでも綺麗な薄紅の髪色をしているのが見える。
去年のカルロみたいだなと少しだけ微笑ましく見ていると、ジュリの前を横切る時にその子と目が合った気がした。
ん…?
「どうかしたか?」
カルロに声をかけられて、ジュリは何でもないと頭を振った。その後学院長の長い話に、船を漕ぎながら何事もなく入学式は終わった。
二年生も教室が変わったくらいで、引き続き同じ女性の魔術師の担当と見知ったクラスメートの顔に、特に何か変わったようには思えなかった。
バッジも懐中時計も変化ないしね…
恨めしそうに動かない針を見ながら、今日は特に授業もないので寮に戻る事になった。
カルロ達と中庭に面する通路に出ると、新入生らしき男の子が誰かを待っていた。そしてこちらに気づくと近づいてくる。
あの子、さっきの目が合った子だ
なぜかジュリの真正面に来て立ち止まると、手を差し出された。よくわからずにジュリも握手?と片手をあげるとその手をとって、口づけされた。
んん!?
カルロがはあ!?と声をあげるのと、ジュリの心の声は同調した。
「貴族の略式の挨拶だな。夜会では初対面の相手に、声をかける許しを請う動作だ」
カレンが真面目な顔で言っているのを聞きながら、カルロがそんな事はどうでもいいと叫んでいた。ジュリはなぜ自分にそんな事をされるのか謎で、目を丸くして少年を見ていた。
「あの…?どこかで会いました?」
「またそれを言うの?ジュリは可愛いね」
ははっと笑顔で答える少年の顔を見ながら、どこかで同じような事を言われたと思った。
「一緒に踊ったの、忘れちゃった?」
「もしかして、仮面舞踏会の…?」
嬉しそうに頷く少年を見ながら、新入生だったのかと思った。確か仮面舞踏会は、これから入学する生徒が下見にくる場合もあると言ってたのでおかしくはない。
「今度は名前を教えてもらえるの?」
「もちろん、僕はミカ。ミカ・ブランシュ。フォンベール伯爵の末子だよ」
「ミカ…」
カレンは何かに気づいたように伯爵の名前に反応した。
「今年入ってきた、特化術師とはお前か?」
ミカはジュリしか目に入ってなかったのか、今気づいたというようにカレン達と目を合わせた。
「ああそれ、僕も入学試験で初めて聞いたんだよ。一つの属性しか使えずに家族には落ちこぼれ扱いされてたからね」
「フォンベールの一族は優秀な魔術師の家系だからな。過去には三属性持ちの宮廷魔術師も出てたはずだ」
カレンに何でそんなに詳しいのと聞いたら、貴族の流儀として教え込まれるらしい。高位の貴族や有能な人材を出している家系は知識として知っていないと、声をかけられないし失礼にもあたるそうだ。貴族って大変。
「それで、なんでこのチビの事知ってるんだ?」
今度はカルロが聞くと、ミカはつんとして答えようとしなかった。聞いてるのかと再度尋ねると、物凄く嫌そうな顔つきで答えた。
「僕はジュリと二人で話したいんだけど。別に君と話す事はないんだよね」
コミュニケーションを拒否するミカに、それは社交が主な貴族として致命的じゃないかと、カレンが突っ込んでいた。そういう問題なのだろうか。
「おっまえ…何かこいつの精霊に似てる気がするわ」
同じようなこと言われたとカルロはジュリを指さした。
「え?シグナの事?」
カルロがいつの間にシグナとそんな話をしたんだろうと、ジュリは不思議に思った。そしてミカはシグナの名前を聞いて、わかりやすく反応した。
「そう、ジュリの水の精霊だよね?僕シグナとも会ってみたいんだ」
「ええ!?シグナの事も知っているの?」
会った覚えはないはずなのに、なぜか名前を知られてて、ジュリの精霊まで知っている。彼は一体何者なんだろう?
「貴方、本当に誰なの?」
「そうだな…シグナが僕に勝てたら教えてあげてもいいよ。僕の属性も水なんだ」
この発言にはこの場の全員が驚いた。シグナを知っていると言うなら、彼が高位精霊だというのもわかっているはずだ。人間が高位精霊に勝てるはずない。
何よりそんな面白半分にシグナに戦って欲しくなかった。ジュリがゆるく頭を振るのを見ると、ミカはうーんと考える素振りをした。
「仕方ないかな、ジュリごめんね」
「え?」
「白波」
小さな水の矢みたいなものが、ジュリの横を通り過ぎた。
「今度は当てるよ?」
まだ学院に入学したばかりで高度な魔術を使うミカに、驚きで言葉を出せずにいると、ジュリの横からシグナが姿を現した。
「誰?ジュリに危害を加えるなら容赦しないけど」
「まさか。僕はジュリが大好きだから、そんな事するわけないでしょ」
ぽかんとする三人と、わらわらと集まってくる見物人、シグナを見た同い年の子供たちだけは、避難を始めた。