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笑わない魔女は光の聖女に憧れる  作者: 悠里愁
第一章 聖女試験
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逆行キャンディー

カレン達が領地に帰るために出発して、十日が経った。


寮はほとんど人気がなく寂しいので、ジュリは談話室に籠っていた。ここは暖かいし寮と違って男女一緒に居れるので、カルロと話すことが出来る。


談話室は学院に残る様々な学年の生徒が集まっているが、ほぼ位の低い貴族や平民しかいないので気が楽だった。


「カルロと二人っきりは聖女試験の時以来だね」


カルロと出会ってまだ一年も経ってないのに、なんだか遠い昔の出来事のようだった。


「魔術は少しだけ覚えたけど、初めてあった時からあまり変わってないよね。身長も伸びてないし…」


身長というとカルロが少し嫌な顔をしたが、そこには突っ込まずに話を続けた。


「そうか?お前は大分、変わっただろ」

「そうかな?」

「ライに敬語を使わなくなった」


そういえばいつの間にか使わなくなっていた。最初は年上だし相手も敬語だから、同じように使ってたと思う。


「ライみたいに誰にでも敬語が標準ならまだしも、友達ならむしろ自然だよ。それだけ仲良くなったって事じゃねえの」

「そうなんだ?私はシグナ以外の友達って、初めて出来たからよくわからなくて」


お前はどういう生活してたんだ?と怪訝な顔をしたカルロに、ジュリはうーんと首を傾げた。その時、勢いよく談話室の扉が開いて、どすどすとジェイクが入ってきた。


「ジェイク…、先輩も残ってたんですか?」

「平民は基本的に帰れねーからな。食い扶持は一人でも少ない方がいいだろ?」


同じく帰る場所のないジュリも頷いた。会いたい気持ちはあるけれど、迷惑な顔をされるくらいなら一人で学院に残る方が全然マシだと思った。


「で、アンタは何しに来たんだ?」

「こっちのガキは先輩に対する敬意ってもんを持ってねーな」


そう言って何か入った小瓶をジュリ達の前に取り出した。


「何だこれ?飴玉?」

「わー綺麗」

「この前道具屋行っただろ?その時おまけでつけてくれたんで、おすそ分け」


カルロは道具屋と聞いて変なもんじゃないだろうなと怪しみ、ジュリは色とりどりの飴に目を奪われた。この学院でも甘味は貴重で、学食のデザートにたまに付くくらいだ。


「俺も食うし、な?」


そう言って三人はひとつずつ、飴玉を手に取って口に入れた。


「まあ普通だな」

「甘すぎねえ?」


カルロとジェイクが感想を述べる中で、一人だけジュリは無言だった。訝しんだカルロがジュリを見ると、無表情で俯いていた。


「おい、どした?」

「…あなた誰?」

「はっ!?」


いきなり記憶を失くしたような発言にカルロが驚く。ジェイクがにやっと笑ってジュリの前に屈んで、歳は?と聞いた。


「六歳…」

「こいつ何歳だっけ?」

「もうすぐ十一歳…じゃなくて、どうなってんだよ」


約五年前かと呟きながら、ジェイクが説明してくれる。この飴の中に何個か、逆行キャンディーなる試作品が入っていたらしい。精神を過去に戻してくれるとか意味がよくわからん代物だった。


「お前な~俺らを巻き込むなよっどうすんだよこれっ」


肝心のジュリは無表情で黙って立っている。そして見知らぬ場所に動揺しているのか、自身のペンダントをぎゅっと握った。


すると魔力が込められたのか、シグナの姿が現れた。


「シグナ!!」

「どうしたの?ジュリ」


それを見たジュリが、今まで微動だにしなかったのが嘘のように、シグナにしがみ付いた。


「うわっびっくりした!お前がジュリの精霊か?」


ジェイクの問いは聞こえなかったかのようにスルーしたシグナが、ジュリの手を取って魔力を循環した。


「懐かしい気配がする。昔のジュリみたい」


カルロが実は…と説明しても、シグナは彼らの方を一瞥もしなかった。そしてジェイクが切れた。


「お前聞いてんのかよ!?」

「僕はジュリ以外と話すの、嫌いなんだけど」


俺もお前が嫌いと張り合うジェイクに呆れながら、カルロは当直の教師に相談すればいいのではと提案した。


「僕は別にこのままでもいいよ。僕の事さえ忘れてなければ…ねえジュリ?」

「ここは、どこなの?」


そんな事をいうシグナを見ながら、この二人に任せていてはやばいと、カルロは無理やり連れだした。元凶の先輩騎士を睨みながら。





「それで、僕の所に来られても困るんですが。何でも屋じゃないんですよ~?」


そう言ったのは、学院に残っていた師長だった。彼はひとりで悠々自適に魔術の研究をしていたようだった。


「今は医療魔術師はいませんし…。まあ飴くらいなら放って置けば、すぐに効果は切れますよ。僕は一気に壊したりするのは得意ですけど、繊細な治療は苦手なんですよね」


師長を見ながらそうだろうなあと、ジェイクやカルロは同じ事を思った。


「アンタ、王宮に戻らなかったのか?」

「ここの方が研究材料は多いですし…有事の際以外はあまり仕事はないので」


カルロが二人の会話に、領地ではなく王宮?と聞き返す。


「僕は一応爵位はありますが、宮廷貴族と言って領地はありません」

「宮廷魔術師はすべからく王の側にってね、領地を返還して高級官僚になる貴族もいるんだよ」


そしてシグナが苛々しながら、もう出て行っていい?と近くの水槽に手を突っ込もうとした。カルロが待て待てとジュリの手を取って押し止め、手を取られたジュリは一瞬硬直した。


「う…!?」


そう言って見知らぬ人間を警戒するようなジュリの表情に、カルロは少し傷ついた。


「友達だろ?お前言ったじゃないか、最初から俺の事は警戒しなかったって」

「友達…」

「ジュリから手を放して」


ジュリの手をとる相手に敵意を向けながら、シグナは冷たい声で言った。それにカルロもシグナに向かって睨みながら反論する。


「そうやって、過度にお前が甘やかすから…」


その瞬間水の刃みたいなものが、カルロの頬のすぐ横を通り過ぎて行った。


「ジュリが甘えてる?甘えってのは、相手に弱みを見せて頼るって意味だよ?ジュリが一度でも君達に、助けて欲しいと泣いて頼んだ事があった?」


ジュリは飛んで行った刃を目を丸くして見た後に、止めようとシグナの袖を掴んだ。


「ジュリは昔からひとりでやるんだ。誰にも頼る事を知らなかったから。ひとりで悩んで、泣いて、耐えるんだ。僕くらい甘やかしてあげて、何が悪いのさ」

「シグナ、やめて」


そう言ってジュリはシグナの前に進み出て、カルロと向き合った。そしてじっと彼の顔を見ると、カルロの方から話しかけてきた。


「…俺たちを信用して欲しい。お前を助けてやりたいだけなんだ…友達だから」


黙ってカルロの顔を見ていたジュリは、わかったと頷いた。あっさり信じてくれたジュリに、カルロは少し驚いた。


「だって嘘ついてないもの、貴方はとてもわかりやすいよ」


ジュリが少しだけ表情を和らげてカルロを見たのと同時に、シグナがジュリをひっぱって水槽の中に飛び込み、二人は忽然とその場から姿を消した。どこ行った!?と慌てるカルロを見ながら、ジェイクはにやにや笑っていた。


「青春だなあー」


その後、もういいですよね?出て行ってもらえますかと、カルロとジェイクは師長に追い出された。




中庭の池から出てきたジュリとシグナは、近くの建物の中で座っていた。流石にこの季節に外は寒すぎた。


「まだ話の途中だったのに…」

「ジュリは僕だけじゃ嫌?」


シグナがジュリの手を握って言うと、そうじゃないけどと言って、手を握り返す。


「何か大切な事を言ってた気がする…私はあの子と友達だったのかな」


シグナは少しだけ間を開けて、ジュリに寄りかかる様にして答えた。


「ジュリはもうちょっと大きくなったら、学院に行って沢山の友達が出来るんだよ」

「本当?女の子の友達も?そうだったら、いいなあ」


シグナが少し寂しそうな顔をしたのを、嬉しそうに思い描くジュリは気付かなかった。


「ジュリに沢山の大切な物が出来ると、僕はいらないって言われそうで嫌だな…」

「私がシグナをいらないなんて言うはずないよ。私にとってシグナが一番の友達だもん。ただ女の子の友達は楽しみかなあ!ほら、兄弟も男ばっかりだか…ら…」


何か腑に落ちない表情のジュリに、そうだねと言いながらシグナは彼女の額にキスをした。


えっ?と思いながらシグナを見ようとしたが、猛烈な眠気に襲われてジュリは意識を失った。


その後シグナに膝枕をされているジュリをカルロが見つけた。起きたジュリが元に戻っていたので、カルロはその場で脱力して長い長い溜息の後に、ジェイクに文句言ってくるとまたどこかに行った。


「何かあったの?なぜかシグナもいるし??」


さあと言いながら、ジュリの精霊は今日も優しく、傍で笑っていた。

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