白い翼の少女
魔術師の店は一見普通に見えるペンや飴玉から、羽のついた靴まで様々な物が売っており、よくわからないながらも見ているだけで楽しかった。
ただお金を忘れたジュリは、魔力で支払わなければならず、その魔力も無限ではないので無駄遣いはできない。
「私はそこの長椅子で休んでいるよ。見てたら欲しくなっちゃうし」
お金ないしというジュリの副音声が聞こえたのか、皆は了承してくれた。ライは一人じゃ心配なのでと残ってくれた。優しい。
座りながらも近くの店に興味津々のジュリを見ながら、ライは笑って言った。
「僕がお金貸しましょうか?」
「だ…だめ!友達同士でもお金の貸し借りはだめって、教えてもらったから。奢りは先輩からならいいんだって」
「それは、誰に?」
「カルロ」
なるほど、流石お母さんですねと返ってきた。カルロがこの場にいたら絶対怒ってたと思う。
「では少しだけ僕に付き合ってもらえますか?」
「えっ?」
もちろん商品を見るだけでも、面白かったので見て回りたかった。しかし買わないのにあちこみ見ては、店員に話しかけるのも悪い気がしたので、ここで休むことにしたのだ。
もしかして気をつかってくれたのかな?
年上だからかもしれないが、ライはいつも押し付けない優しさを見せてくれる。ジュリは見習わなきゃなあと思いながら、快諾した。
少し歩いて小さな雑貨屋みたいな所で、二人は立ち止まった。
「これはどういう作りになってるんですか?」
ライがひとつ商品をとって、店員に話しかけたが店員は首を傾げた。
「悪いが俺は買い付け専門でね、商品は仕入れてるだけで作り方はわからんのさ」
先ほどの店の女性は、自作の物を売ってるような事を言っていた。店によっても違うんだなとジュリは思った。
「おじさんは自分で作ったりはしないの?」
「そりゃ作れる方が売れたら金になるがね。新商品を作ろうと思ったら、魔力がいくらあっても足りないし、何より道具作りもある程度の才能がいるんだよ」
おお、世知辛い…
「昔は魔力が少ない者も使えるような術具が多かったが、今は専ら生活を便利にするような物の方が売れ行きはいいね」
時代かねえと遠い目をするおじさんを見ながら、この人も最初はそういう魔力の少ない人たちの為に、店を始めたのかなと思った。
「私からしたら魔術も道具も、不可能を可能にするようなすごい物だと思うけどなあ」
「そうですね、僕たちからしたら魔術の世界はとても新鮮ですね」
平民だからとは口にしなかったが、そういう意味だろうと思う。あの村にいたら、絶対知りえなかった世界だから。
「ねえおじさん、便利なのってどんなのがあるの?こう、瞬間移動とかできるものとかある?」
ジュリは寮から教室まで結構歩くので、そういうのがあると便利だなと思ったのだ。決してよく寝坊するからなどではない。
「それは失われた魔術だろう?」
「え?何?」
「昔あったかもしれない魔術ですよ。今は使える人がいないので魔法なんて呼ばれてますけど」
魔術と魔法は何が違うの?と聞いたら、魔術は人が学んで使うものだが、魔法は人の領域を超えたものだと言う。今は精霊などの人外の力や幻になった魔術なんかにも使われるらしい。
「へえ…でも扉を別の場所に繋げたりするのを見た事あるけど、あれは違うのかな?」
「それは魔術で道を作って、それを繋げただけです。人力でも通りやすいように道を開拓したりするでしょう?」
うーんとよくわからずにジュリが、じゃあ精霊がすぐに現れてくれるのは?と尋ねると、ライがさらに詳しく説明してくれた。
「そうですね…。多分彼らは僕らと違う次元を通って現れてくれますが、肉体のある僕らは彼らの次元に行くことは出来ません。それは精霊からしても、僕らを連れて行くことは不可能でしょう。僕らが道を作らずに瞬間移動するのだとしたら、その肉体はどんな力でどこを通って、消えて現れるのか説明できますか?」
えっと?道を繋いで通る事は出来ても、身体単体を移動させる術はないって事?
「魔術は人間が構成した形ある方式です。結果には必ず工程がありますし、肉体を瞬時に移動させる術式を作らなければなりません。そしてそれは精霊の能力以上の事はできません。失われた魔術と言われるのは今の四属性の精霊で、それを可能にする力を持った者はいないのでしょう。例えば、ミハエル先生の術式開発で光の速さで移動する事は可能かもしれません」
「つまり瞬間移動は精霊にはできても、人間にとっては無理で…魂とかになればいけるのかな?」
わからなくてざっくり結論だけ言うと、死んだ事がないので、わからないのが残念ですとライは笑った。
「昔にあったとされるなら、もしかしてもっと別の似たような魔術、もしくは精霊がいたのかもしれませんね」
前にシグナと湖に移動したときも、あれは今この世界にある湖と学院の池を繋げただけだった。ジュリの身体が別の世界に移動したわけじゃない。
身体はこの世界のどこかに必ず存在しないとおかしいって事かな?
「でも一瞬で別の場所に行けるなら、それはもう瞬間移動でいいんじゃないかな」
「そうですね。ただとても複雑な術式らしく、繋げるのに何日もかかるようですよ」
つまり緊急時に使えるように、事前に用意してなきゃいけないのか
シグナも水のある場所じゃないと無理そうだったし、精霊も一定の条件下で使用できるのだろう。魔術って万能のようで、そうでもないんだなと思った。おじさんはもう途中放棄したのか、特に話を聞いていないようだった。
ジュリは売り物を見ながら、古い本が並んでいるのに目を留めた。そして本をパラパラと捲ってみる。
これ、建国神話だ
村を出て初めて知り合った人物であるカルロに教えてもらってから、ジュリは建国神話が好きだった。学院の図書室にも何冊かあるが、時代によって少しずつ違ったりする。
聖女が王族と結婚してたり、王様が魔術師だったりするんだよね
ただし聖女が最後に亡くなるのはどれも共通する話だった。なぜ、そんな悲恋のような話にしたんだろうとちょっと不思議に思う。
この話には挿絵があり、あたかも聖女が魔術師のような恰好をしている。
それに…
「ねえ、この聖女変じゃない?」
別の物を見てたライにあ、ごめんと言ったが、ライは笑顔でジュリの問いに答えるために近寄ってくれた。
「聖女…」
「この絵なんだけど、王様じゃなくて聖女が魔術師の格好しているし、何か白い翼みたいの生えてるんだけど」
白い獣に姿を変えてという文面があるので、まあ翼のある獣でも不思議ではないが、人型に羽が生えていると変な感じだ。
「聖女は別名で、創世の魔術師とも言われてますからね。彼女が魔術師の始まりとも言われています」
「えっそうなの?王族じゃなくて?」
確かに不思議な力は魔力だとは思っていたが、王様より聖女の方が特別な存在と書かれるのは、建国神話としていいのだろうか。
「この白い翼は僕にもわからないですね。何の意図があるのか…」
綺麗とも言えるような白い翼だった。本は何度か再販を繰り返している物のようだったが、約百年前に書かれたもので、本に関わった人物はもういないだろう。
今は誰も知らないが、この時代の人の中には聖女というものを知っている人はいたのかもしれない。本は閉じて元の場所に戻したが、翼の少女の挿絵はなぜかとても印象に残った。
その後色々買い込んだジェイクたちと合流して、みんなでご飯を食べて帰ろうという事になった。ジュリの分は今度来たとき多めに払えよと言いながら、ジェイクが奢ってくれた。
先輩風を吹かせながら、結局金を出すジェイクにレイリが陰で笑っていた。
何品か頼んでみんなで少しずつ分け合う食事は、村で家族と食べていたの思い出して、少しだけ懐かしく温かかった。