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笑わない魔女は光の聖女に憧れる  作者: 悠里愁
第一章 聖女試験
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仮面の少年

仮面舞踏会の最中、助けてくれたらしい少年はジュリに手を差し出してきた。


ん?えっこれは…エスコート!?


薄紅の髪色や翠色の目など何度見ても、覚えがなかった。しかし、相手は何故かジュリの名前まで知っている。差し出された手を拒否する理由もないので、ジュリは少年の手に自分の手を合わせるように置いた。


「あの、ごめんなさい。どこかで会いました?」


少年はじっとジュリの目を見て、にこっと笑った。


「あはっジュリは小さくて可愛いね」


話聞いてる!?


流石に初対面の貴族に馴れ馴れしくは聞けず、ジュリは顔が引きつるのを自覚しながら相手の言動を待った。


「ああ、ごめんね。ジュリは僕を知らないと思うよ、会ったことはないから」

「…?なら貴方は何故、私を知って…」

「知っているのかって?そうだなあ…。ジュリは四属性だから目立つでしょ?だから知ってるって事にしよう」


しようって何!?そんないかにも今思いつきました、みたいな言い方おかしいでしょ!?


明らかに怪しい言動をする少年に、ジュリは警戒して身構えた。


「安心してよ。僕はジュリの味方だよ」

「貴方は誰なの?」

「仮面舞踏会でそれは無粋じゃない?」


仮面舞踏会は名乗る必要がないから、誰にでも対等に声をかけられるのだと、カレンが言っていた気がする。けれど相手はジュリを知っているのに、自分は知らないと言うのは不公平ではないだろうか。


むすっとしながら助けてくれた感謝の言葉を言うと、顔と言葉が合ってないよと面白そうに笑われた。


「じゃあお礼に一曲踊ってよ」

「えっ無理だよ。私は踊れないよ」


そう言っているのに、強く手を引かれてダンスホールに連れていかれた。


「体重預けて、そう。結局ダンスはリード次第なんだ、姿勢だけ気を付けてて」


そしてぐいっと手と腰を引かれたと思ったら、視界が回った。


えっ…?!


不思議な感覚だった。手足の感覚はあるのに、自分のものじゃないように少年のリードに沿って動いていく。ジュリは何もしてないので、ほぼ振り回されていると言った表現が近いかもしれないが。


周りに沢山人がいるはずなのに、景色が目まぐるしく回って静止して見える者は少年しかいないような錯覚に陥る。少年を見つめていると、彼もまたジュリに優しく微笑みかけていた。


容姿も見覚えはないし、会ったことはないはずなのに、その笑顔に既視感を覚えるのはなぜだろう?


そして踊り終わると周りからパラパラと拍手をもらった。小さなカップルはちょっと目立っていたようで、見られていた事に少し恥ずかしくなる。その時、ジュリと名を呼ばれて振り返った。


「カレン…!」

「はぐれたと思ったらなぜいきなり踊っているんだ?」

「私もわからない。この人が…あれ?」


一緒に踊っていた少年は、いつの間にかいなくなっていた。


カレンに誰だと聞かれたけれど、何も言えなかった。本当にわからなかったから…。

覚えがないなら部外者かもしれないなと言われたが、学院の外で貴族に会った事はないはずなのでさらに困惑した。


その後少しずつ人が捌けてきて、見通しが良くなってきた。カレンが人酔いしたのかぐったりしていたので、飲み物を取ってくると言ってジュリは飲食スペースにやってきた。


そして見知った人物が一人で佇んでいた。仮面をつけていても、彼の髪色はとても目立つ。


「ディアス様?お二人は一緒じゃないんですか?」


赤髪の少年は無言でホールを指さし、その先にはカイルやアルスが踊っていた。というより踊らされていると言った方が正しいかもしれない。それはもう二人の疲れ切った顔が物語っていた。


「ディアス様は…」


彼の名前を言いかけると、ディアスが手でジュリの言葉を遮った。


「俺に敬称は必要はない」

「え…でも」

「アルスには普通に話しているだろう?」


そうだけど、貴族の中にも身分があり、学生たちはそれを踏まえて接している。基本的に平民のジュリは、貴族相手には敬称をつけなければいけないと思っている。アルスは彼の人柄もあって、何となく特別扱いをしているが、あまり良い事ではないのだろう。


「ああそうか、アンタ平民だったな」


少しだけ言おうか、言うまいか悩んでいたようだが、ディアスは話を続けた。


「貴族の姓を名乗ってはいるが、元は俺もアンタ達と同じ平民だ」

「えっ!?」

「違うよ、身分を剥奪された元貴族でしょ」


会話に入って来たのはアルスで、なんかよれよれしている。カイルの方はまだ律儀に踊っていて、当分帰っては来れなさそうだ。


「ディアスはちゃんと貴族出身だよ。親のごたごたに巻き込まれてちょっと苦労してるけどね」


これ言っていいの?とアルスがディアスに目で訴えていた。そして今はカイルの家に引き取られ、一応貴族を名乗らせてもらっているそうだ。


「貴族は皆知っている事だからな」


そのごたごたの部分は、内情に深く関係しているのかアルスもディアスも触れなかった。


引き取られてって養子なのかな…?剥奪されたって事は元の貴族の姓はもうないって事?


貴族の身分制度にあまり明るくないので、ジュリはよくわからなかったが詳しく聞ける雰囲気でもなく、ただ黙って聞いていた。


ディアスにエスコート相手がいなかった事に関係あるのだろうか。


「だから敬語も必要ない。将来的にはアンタの方が出世する可能性が高いしな」


その言葉と表情に焦燥も自嘲も感じられなかったので、ジュリはわかったと答えた。彼は自分の生き方や立場を受け入れて、ちゃんと向き合っているのだろう。


かっこいいなあ


「じゃあ普段はアルスと同じように接していいのかな?」

「ああ」


そう言って少しだけ口元を緩めてくれた。彼の笑った顔は初めて見たかもしれない。


「ああっお前みたいな無口キャラが迂闊に笑うと、恋が芽生えちゃうから!幼気な子供を騙すのはよくない!」

「お前は何を言っているんだ?」


アルスがまたボケをかまして、場の雰囲気はしんみりしてたのが嘘のように和やかになった。多分意識してそうなるように、してくれたのだろう。


アルスは空気を読むのが上手いんだろうな


彼の明るさは天性のものではなく、自発的に作り上げたものの気がする。それは彼が貴族として、自分の立ち位置を自覚しての行動だろうか。


常に誰かを引き立たせるように、輪を乱さないように、責任や注目を自分に集める様は、彼の行く末を示唆しているようにも感じられた。


ジュリは初めて、貴族として生きてきた人たちの事を知りたくなった。




飲み物をもってカレンの所へ戻ると、先ほどジュリと友達の事を話していた顔全体を覆った仮面の男がいた。


カレンと何か話している?


すっかり忘れていたが、そういえば何か言いかけていたなと思い出した。もしかして自分にカレンの事を聞きたかったのかもしれない。


話していたと思ったら、男は離れていきカレンがこちらに気づいた。


「どうした?」

「ううん、お話してたから邪魔したらいけないかなと思って」


飲み物を渡すと、見てたのかと言われた。


「あれは私の兄らしい」

「えっ!?」


そういえば引き取られた貴族の家に、兄がいるとか言っていたような…?


その内ゆっくり話がしたいと言われたとだけ、カレンは話してくれた。それ以上何も語らなかったのでジュリも無理に聞こうとはしなかった。


「貴族って華やかなだけじゃないんだね…立場とか子供のうちから色々考えてて大変そう」


急にどうしたと言いたげな目でカレンはジュリを見たが、察してくれたのか同意して続けてくれた。


「平民には平民の苦労があるように、貴族には貴族の悩みがあるのは当たり前だ。どちらがより不幸だとか比べることはできない」


自分に与えられた人生を自分なりに生きていくしかないと、それは聖女候補である二人には、自分たちに言い聞かせるような自問自答だった。

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