学院祭
やっと昇級試験も終わって、苦しい勉強期間は終わった。学年一位はシェリアで、皆の前で表彰されてジュリは心から、あの人なんでもできるなと尊敬の拍手を送った。
ちなみにジュリの順位は真ん中よりちょっと上くらいだった。悪くはないが良いとも言えない微妙な感じ。
うん、まあ筆記試験も平均だったし、こんなものだよね
落第しなければよしを信条にしてたので、この結果には満足した。
「四属性なんだから、楽勝よね」
多分賛美されるシェリアに対してのものだろう。ぼそりとどこからか嫌みのような声が聞こえて、ジュリは振り返った。魔術師コースの誰かだろうけど、それは聞き捨てならない。なぜなら同じ四属性でもジュリの成績はよろしくない。学年一位は彼女の努力の結果なのだ。
ただ四属性だけど自分は落ちこぼれですと言っても、何の自慢にもならないで黙っておいた。
「最後は全校生徒参加の学院祭だろ」
何とまだ行事が残っていたようでジュリが吃驚していると、お前いい加減行事の冊子見ろよとカルロに怒られた。
「それは何するの?」
正直もう術技大会のような大変なのは、勘弁してほしかった。
「まあ、疑似社交界みたいなもんらしいな。ここ貴族の学校だろ?ダンスがメインの夜会なんじゃねえのかな?」
「ダンス?踊るの??えっ村で踊ったくらいしか経験ないけど、絶対違うよね?」
貴族が村踊りなんかするかと突っ込まれ、同性のカレンに話をふってみた。すると当然のように踊れると頷かれた。
「貴族には必須だからな、実家からドレスなんかも持たされた」
ドレス!?
ジュリは平民なので、踊りどころかそんな服すら持っていない。
「一年生はまだ踊れなくても大丈夫みたいですよ。披露するのは三、四年の方々みたいですから。自分も平民なので先生方に確認とってきました。服装もフォーマルなら特に規定はないそうです」
ライがひょっこり話に入ってきて、詳細を教えてくれる。とりあえず踊らなくて済みそうだと少しだけ安心した。ただ服はやはり用意しなければいけないっぽい。
「私が何着か持っているから貸そうか?」
「えっいいのカレン?」
うーんと悩んでいたジュリにカレンは構わないと言ってくれた。ものすごく感謝して貸出料を払おうとしたが断られたので、他に持っている物はこの前作った回復薬くらいしかなく、差し出そうとしたが全力で拒否された。
「でも一年生って踊りもないなら、ご飯食べているだけでいいのかな。強制参加なの?」
「表向き社交練習の場だから参加は推奨されているが、生徒たちには恋愛イベントだからな。ほぼ全員参加するだろ」
またなの?この学院恋愛行事多くない?
「学院祭は日が沈むと別物になるらしい。夜会と言う名の無礼講、仮面舞踏会に」
カレンがにやりとしながら説明するのを、ジュリはお面付けて踊るの?と村踊りのような動作でボケをかましてチョップされた。
「社交界ってのは身分を尊び、礼儀に沿って交流を広げるものなんだが仮面舞踏会は逆だ。身分に関係なく婚約者がいる者も関係ない、自分ではないという前提で好きな相手を誘えるんだ。ちなみに普通は男性から誘われるまで女性は声をかけてはいけないが、それもない」
流石に既婚者や無理強いなどは許されないがと付け加える。
「な、なんか大人の世界っぽい…?」
「所詮学生の真似事ですからね、けれど本当の夜会にはそういうのもあるらしいですよ」
そういうの、もジュリにはよくわからないが何かすごいんだなと思っておく。
「仮面舞踏会は卒業生やこれから入学する生徒が下見にくる場合もあるらしい。かなり人気のある行事らしいな」
「部外者が入るのか?それは危なくないのか」
「仮面舞踏会と言っても、学院に入る際の身分証明は求められますから、それなりに身元のしっかりした方のみだと思われます」
特にジュリはやる事はなさそうで、美味しいものがいっぱい食べられたらいいなあと思いながら聞いていたが、よく見るとクラス中が色めき立っている事に気づく。
「カイル様は踊ってくれるかしら」
「私はアルス様をお誘いしたいわ」
その噂の三人組は怯えたように、ぼそぼそ話していた。
「おい、絶対飲み物を手渡されても飲むなよ」
「ああ、酷い目にあったと、兄上に何度も聞かされたからな…」
んん?
ジュリが不思議な顔をして聞いていると、カレンがああと興味無さそうに話し出した。
「仮面舞踏会は身分関係なく言葉を交わせる唯一の場所だからな。毎年惚れ薬だったり睡眠薬だったりの混入が後を絶たないようで、人気のある男女は決して飲み食いをしないそうだ」
会場に入る前に身体検査は入るはずなのに、なぜか混入されると言う。まあ死んだと言う話は聞いたことがないので大丈夫だろうとカレンは他人事だった。いやいやいや、怖すぎるでしょ…。
カレンは薄い桃色のドレスを貸してくれた。とてもふわふわした生地で、破いたり汚さないか心配になるくらいだ。
「服を着るのに怖いと思う日がくるなんて…!」
「そんなに気負わなくてもいいから。祖父が誕生日に何着もくれたがそこまで着る機会がないんだ。すぐに成長するし」
そっか、誕生日ってお祝いしてもらえる日なんだよね
貧しい生まれのジュリは春の生まれだとは聞いていても、正確な日にちはよくわかってなかった。個別に祝えるほど豊かでもなく、子供たちの誕生祝いのようなものは年の初めに皆一緒に行われる。少しだけ豪華なご飯を食べさせてもらえるのが楽しみだった。
着なれない服を着せてもらって、髪に簡単なリボンを付けてもらった。可愛いなと言われたが、どう見てもカレンの方が美少女だ。窓から見える景色は寮から着飾った女の子たちが見えて、とても華やかだった。
一年生は一度中庭に集まるようで、男女ともやっぱり貴族なんだなと思われる格好の人だらけで目がチカチカした。
「やあ、ジュリさん可愛いですね」
声をかけてきたライは、聖女試験のような異国風の装いをしていた。銀色の髪によくあう色合いで、黙っていると女性にも見えてしまう。
近くのカルロがぽかんとしてジュリを見つめながら、本当に女だったんだなと失礼な事を言っている。カレンにこういう時は、素直に褒めろと怒られていた。
少し遠くに騎士の三人組が見えたが、その近くに二人ほど女性がいるように見えた。一人は豪華な金髪でシェリア様だと分かった。じっと見ているジュリにカレンも気づいて説明してくれる。
「学院祭は正規の婚約者がいる場合、エスコートをしたりするらしい」
なるほど、カイル様の婚約者はシェリア様だからね…ん??
もう一人、アルスが手を取っている薄紫の髪色に見覚えがあった。
えっアルスの婚約者ってローザ様なの!?
家柄的には釣り合うのかもしれないが、アルスがローザと話しているのを見たことが無かったので驚いた。ただ家同士の婚約なんて、そんなものなのかなとも思っていた。カイルとシェリアは仲の良い幼馴染のようだったから、特別なのかもしれない。
あれ、でもシェリア様ってディアス様と良さげな雰囲気だと思ったけど…
カイルとアルスの身分は、侯爵と伯爵と以前聞いたことがある。その二人と対等に話しているディアスも相応の身分を持っているのではないだろうか。
でもディアス様には、エスコート相手はいなさそう…?
なんでだろうと見ていたら、ディアスはいつもと変わらない無表情で、けれどずっと一点を見つめていた。カイルにエスコートされるシェリアだけを。
それが報われない恋をしている一途な男性のようで、何だか気まずくなってジュリは目を逸らした。