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笑わない魔女は光の聖女に憧れる  作者: 悠里愁
第一章 聖女試験
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昇級試験

ジュリは人気の少ない中庭の池の前にやってきて、召喚陣のペンダントに少しだけ魔力を注ぐ。


「シグナ!会いたいの」


こちらが呼んだ時に出てきてくれたことはないので、少し不安に思いながらもジュリは何度も呼びかけた。池に屈みこむようにペンダントを覗き込んでいると、池に映るジュリの姿の後ろにもうひとつ人影が現れる。


「ジュリ、池に近づくと危ないよ」


シグナが現れると同時に、ジュリの両脇に手を入れてひょいと抱えるように池から離した。


「良かった、シグナに聞きたいことがあって…どうやったら陣を使わずに魔術を使えるのかな」


それを聞いた彼はふと怪訝な顔をした。これはまた変な事を言い出して仕方ないと言うような顔つきだ。シグナと付き合いの長いジュリには手に取るようにわかる。


「まず精霊と人間では魔力の使い方が違う。精霊は術式なんて使わないから陣なんて必要ないんだ」


魔術は人間の為のものだと言っていたような気がする。そして術式はあまり精霊に好まれないとも聞いたような…?


「じゃあシグナはいつもどうやって水を操っているの?」

「多分生まれた時から本能的に知っている事だから、説明はできないな…。ジュリは声を出したり、立ったりをどうやってしたのか説明できる?」


そういう生まれながらに持ってるものを、持たざる者に説明するのは難しい。人間は魔力を持ってても発露する方法は、精霊に頼るか術式に頼るか結局自分一人ではできないのだ。


「ジュリには僕がいるんだから、無理に魔術を覚えなくても僕が守ってあげるよ」

「でもせっかく学べるんだから、出来るようになりたいよ。私がシグナを守ってあげる事ができるかもしれないし!」


シグナは困ったような顔をしながら、僕がジュリの身体を使って教える事もできるけど…と呟いた。


「でもこのやり方はあまりしたくないんだ」

「よくわからないけど、シグナがしたくない事はしなくていいよ」


ジュリが笑って言うとシグナも笑ってくれた。


そして改めて陣を見せてというので、シグナの前に簡単な水の属性陣を書いた紙を広げた。


「…術式って魔術を行使するまでを書き込んだものだろ?でもこれはそれをどう使いたいかまでは書かれていないから、最後は自分で構成しなきゃいけないんじゃないの?」

「ごめんシグナ、何言ってるかわかんない」


シグナはネローの記号を指さして、まずはこれで水の精霊に用事がある事を示すと言った。そして縁に沿うように書かれた模様は簡単な助力を求めるもの。けれどそうやって借りた力を何に使うかは術者次第だという。


「僕が水を槍に変化させる時みたいに、ジュリはちゃんと最後まで命令した?どんな風に使いたいか示さなきゃ、わからないよ?」


紙で使う時は陣を思い浮かべる必要もないから、水よ出ろくらいの勢いで使っていたが、頭では陣を描くのに必死だった気がする。


「どんな風に…」

「じゃあ水を雨のように降らせてみなよ」


ジュリは頷いて、目を閉じて水の陣を思い浮かべる。そして雨よ降れと叫んだ途端、ものすごい量の水滴が降ってきた。


「ぎゃー」


何でも近くに強い水の精霊がいるので、思いのほか強力な術になったとか何とか。シグナは良かったねと笑っていたが、ジュリはびしょ濡れになった。





そして、昇級試験当日。

午前中は全ての学科の筆記試験で、始まる直前まで皆教科書などを見ながらぶつぶつ言っている。特に官僚コースは座学の成績が重要になってくるので、死人のような顔色で必死すぎてちょっと怖い。


文字の練習がてら、毎日復習していたのでこれは問題なかった。決して物覚えが良いというわけでもなかったので、何問かは落としたが平均点くらいはいけるだろう。


勝負は午後の薬作りと魔術の実践だ。


回復薬は工程も見られるようで、五人ずつ分かれてやるようだ。今日はミルゲイ先生も起きていて、じろじろ生徒たちを見回している。


カレンに習った事を無駄にしないように、できるだけ丁寧に進める。ただジュリは相変わらず空飛ぶ豆の扱いが下手くそで、切る時につるんとすべって勢いよく飛んでいき、前で作業していたカルロの額にヒットした。


ひえっ…


ものすごく文句を言いたそうな顔で睨むカルロに、わざとじゃないよとジュリはにへらと笑う。結局試験中だったので何もいわずに豆を返してくれたが、絶対後で何か言われると思った。


出来たものは綺麗な桃色ではなく、なぜか薄い灰色をしている。教科書通り作ったのになぜ…。


またデコピンされるかなと額をガードしながら、ミルゲイ先生の批評を待ったがなぜか合格を貰った。


「え…?」

「効能としては成功作の四分の一にも満たないけど、あんた前に毒作ってた子でしょ?それをここまで仕上げたなら不合格にはできないでしょ」


この学院に生徒の努力を認めない教師はいないと言われた。能力や成長速度は個人差がある事を誰よりも知っていて平等だからこそ、教師という職に付けているのかもしれない。


カルロがただのオカマじゃなかったのかと言ったのは、聞かなかったことにした。


最後は魔術の実践で、担当は師長とミハエルだった。

陣の使用と精霊召喚を見るものだったが、人数が多い為数人に分けて行われた。陣の紙を使わずに頭の中で描くのはまだ出来ない子も多くて、成功したジュリはミハエルに褒められた。


「あらっ優秀ね~花丸あげちゃう~」


精霊召喚は特に問題なくシグナを呼べたが、周りの一年生は教室での暴走を見ているので遠巻きにされた。

シグナが決して悪い子じゃないと知っているジュリは、こんな風に見られるのは仕方ないにしても少し悲しかった。



試験は全部終了したと思い帰ろうとしたら、ジュリは師長に呼び止められた。傍にいるシグナがすごく嫌な顔をした。


「貴方には事件の事をちゃんと知る権利があるので、話そうと思ってたんですがちょっと別の事に夢中になってしまって」


ふふっと笑って話す師長を見ながら、その理由はミハエル先生が怒ってたので知ってますよとは言わなかった。


「まずあの女性はこの学院の教師でした。錬金術の陣を持っていたので隣国と関りがあったようなのはわかりますが、詳しい背後関係はわかりませんでした。死んでしまったので」


死、と聞いて一瞬思考が止まってしまった。死んだの?もしかして師長が?


「僕は殺していませんせんよ?元々何か体内に入れてたみたいで、時間が来れば発芽して死に至るようなものだったようです。高い身体能力もそのせいだったのかもしれません。見たことない植物のようで、ミルゲイ先生に調べてもらってますけど」


植物…?もしかして、あの時見た花びらのような物は…


少し怖くなって、隣のシグナの手を握りしめた。そして一枚の陣が書かれた紙をジュリの前に取り出した。属性の陣に似ているけれどどこか違う。そしてちょっと複雑な記号が多かった。


「これは面白いですよ。術式の陣は魔術を使う事を前提に組み立てますが、これは反対に解く事を前提に、言わば僕らが使う物とは反対の要素で書かれています。これなら魔力を使う必要がないので魔術師以外にも使えます」


ジュリにはさっぱりわからないが、目を輝かして説明している師長を見る限り、そうなのだろうなとわかったような顔で頷いておく。


「これを貴方に見せた理由がわかりますか?」

「え?」


ジュリに特別悪印象を持っていた女性はいなくなったが、単独犯だとは思えなかった事、相手の目的がよくわからない事を説明される。


「また貴方が狙われるとは思いませんが、もしこの陣を見たら逃げてください。多分ひとりでどうにか出来る相手ではないので。そんな状況にならないように学院の安全には努めますけどね」


危険回避の為に教えてくれたって事かな


そしてジュリが一番気になっていた黒い精霊の事を聞いてみたが、それは笑っただけで答えてくれなかった。そして出来れば他の人には秘密にしてくださいと口止めされた。

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