試験勉強
結局ジュリは術技大会を最初の試練で棄権となった。
照明石を使ってしまったので仕方ないともいえる。
あの女性がどうなったのはわからない。シグナがその場を離れるまでずっとジュリに目隠しをしていて、見せないようにしていたから。
術技大会はその後、アーシャ達は参加したがジェイクは思いのほか重症だったらしく棄権したらしい。今回の優勝者は四年生で、二つ目の試練に行けた一年生がいないは毎年の事だと人伝に聞いた。
師長に黒い精霊や事件の事など色々聞きたかったが、女性から押収した陣の紙を見て興奮し、研究室から出てこないとミハエルが怒っているのを見てやめた。まあ一連の事件が終わったなら後でもいいよね。
レイリのお見舞いに行ったり、友達に今回の事件を説明したり直後は慌ただしかったが、徐々に元の静かな生活に戻って行った。
「試験!?もう!?」
やっと術技大会が終わったと思ったら、今度は勉強漬けの日々が始まるという。地獄である。
「生徒は年末連休は、自分たちの領に帰省する事が多いんだよ。でも場所によって雪に覆われるところもあるから授業日程は早めに終わるようになってるらしい」
カルロの説明にへえと頷きながら、私達はどうなるのかなと聞いた。
「寮に残るのもいるからそっちだな」
ジュリは自分の家族の顔を思い出しながら、兄ちゃんたち元気かなと思った。手紙を書こうにもジュリの家族は字が読めないので、連絡手段はなかった。
「それより試験だろ。座学はともかく実践と薬学は、お前危機感を持ったほうがいいぞ」
「まあ一年の昇級試験は形だけのものだから。落ちる事はまずないと思う」
カレンが会話に入ってきて、試験範囲の紙を手渡された。うっ結構多い…
「学年があがると探索や魔闘も入るらしいですが、一年は基本的な事だけですからエナからランクを上げるチャンスかもしれませんよ」
ライも入ってきてバッジを指さす。
「えっバッジのランクがあがるの?」
「だから昇級試験って言うんだって。けど学年一位にでもならなければ多分無理だぞ?ディオは二~三年生中にあがればいいものだから、一年であがると優等生認定で色々優遇されるっぽいし、頑張る価値はあるけどな」
けどお前は多分無理だとジュリは言われた。確かに落第の可能性を心配する方が現実的で怒る気もない。
種のままのバッジを見ながら、そういえばこれは?とジュリは懐中時計のような物を出した。確か魔力の総量を見るものだったはずだ。
「俺は針がひとつ動いた」
「私も」
カルロとカレンの言葉にびっくりした。ジュリの時計はピクリとも動いていない。聞くところによると、官僚コースは一番魔力が少ないためか、時計の針も二つくらい動いてる人もいるそうだ。
ここ最近ずっと頑張っていたと思うんだけどなあ…
でもよくよく考えたら、術技大会でも頑張ったのはジェイクたち上級生で、事件を解決したのも師長でジュリはほぼシグナに守られているだけだった。
ざ、座学は頑張ってるよね?文字も問題なく書けるようになったし!
心の中でフォローを入れながら、自分で自分を励ましてみる。
「すぐに針が回ってもいけないと言ってたので、別にいいのではないですか?魔力が多いのかもしれませんよ」
「まあ何も身についてない可能性も若干あるけどな…」
ライの優しい言葉のあとに辛辣なカルロの言葉が突き刺さった。
それから猛勉強の日々が始まった。座学は筆記、薬学は回復薬の作成、実技は術式による魔術の試行でどれも授業で習った事だった。座学はとりあえず覚えればいいのでなんとかなるが、問題はあとの二つだ。
「ではカレン先生お願いします」
回復薬の授業で酷いものを作ったカルロとジュリは、優秀だと言われたカレンに教えてもらう事になった。しかし…
「チビ!お前また豆飛ばすのやめろ!」
「あああああああ」
「ジュリは工程を飛ばすな。カルロももうちょっと丁寧に刻め。煮立つ前に入れるのは当然だろう、何でそんなに要領が悪いんだ?」
カレンはスパルタだった。
そしてジュリは魔術の授業はなかなか面白くて好きだったのだが、陣を使わずに頭の中で思い浮かべて魔術を使うのがどうしても出来なかった。
「えっと…フォティアが火でネローが水、アネモスが風でエダフォスが土、と」
陣と名称は覚えたので、これは筆記でも大丈夫だろう。カルロも魔力の使い方は手間取っているらしく、夜に自室でライに教えてもらっているらしい。
「陣を使わない術式か…私も成功率は高くないからな。ああでも、あの騎士たちは出来てたはずだから何かコツがあれば聞きに行けばいいんじゃないのか」
カイル様達の事かな?
カレンも魔術に関しては練習が必要らしく、これ以上ジュリに付き合わせるのは悪かったので、大人しくそうすると騎士の三人組を探しに行くことにした。
そういえば、前に図書室でカイル様に会ったんだよね?
いるかなと図書室に向かったが、彼らの姿は見つけられなかったが別の人物を見つけた。
「レイリ先輩」
三年生のレイリが何冊も本を持って立っていた。右手に何か握りしめているようにも見える。ジュリは近くまで近づいて、挨拶した。
「こんにちは、試験勉強ですか?」
「私じゃなくて、ジェイクのね。あいつ言わなきゃしないんだもの、見てよこれ!こんなもの作ってる暇があれば教科書くらい読みなさいっての」
レイリが右手を開けると小さな多面体のようなものが出てきた。よく見ると数字が彫ってあるように見える。
「試験には番号選択の問題もあるから、これ転がして適当に書くつもりだったんでしょ」
それでいいのかと突っ込みたくなるような、勉強嫌いである。
「それで落ちちゃったりしないんですか?」
「あいつ実技だけはトップクラスなのよ。元々騎士コースは実技重視だから、二年もそれで合格してるの」
それはそれですごいなと思った。術技大会の護衛に師長が指名したのもわかる気がした。そしてレイリと別れて、ジュリは訓練所の方へ向かった。騎士が鍛錬している可能性が高い場所だったからだ。
初めて訪れた訓練所は、他学年も含めてとても人が多かった。試験前なのでみんな練習をしに来ているのかもしれない。
「あっいたアルス!」
比較的近くで見つけたので、ジュリは訓練所の中に入り、出来るだけ邪魔にならないように端から近づいた。それでもジュリのように小さい女子はいなくて、非常に目立つようでじろじろと見られた。
「ジュリちゃん何してるの?危ないでしょ」
「アルス達に聞きたいことがあって、後で時間とれるかな?」
「今からでもいいよ。そろそろ終わろうと思ってたしね」
アルスの後ろから会話を聞いていたらしいカイルが近づいてきて、笑顔で了承してくれた。ディアスも無言で頷いている。
四人は中庭で風に当たりながら、ジュリがどうやったら陣を使わずに魔術を使えるのか聞いてみた。
「どう…と言われても僕たち物心ついたくらいから、親に教えられたからなあ。ほら、騎士の家系だからさ」
「騎士の家系だと何か関係があるの?」
「騎士が戦場で一刻を争うような切羽詰まった状況で、悠長に陣なんて出してられないだろ?」
ああ、それは確かに
だから陣を使わずに魔術を使うのは、最低限の事なのだそうだ。どうやって覚えたかも幼くて覚えてないと言われた。英才教育すぎるでしょ…
「精霊に聞いたらどう?僕は父の精霊に教えてもらった事もあるけど」
何でも家系によっては高位精霊を親から子に引き継ぐ場合もあり、何代も仕えているような精霊もいるらしい。
「でも私の試験なのに、シグナを頼っていいのかな?」
「精霊も君の魔力の一部でしょ。試験でも精霊の使用は認められてたりするよ」
それでもジュリは試験は出来るだけ自分の力で受けたいなと思った。今はどう考えてもシグナの力が強すぎて、ズルをしている気がする。
でも試験勉強のコツを聞くくらいはいいよね
三人にお礼を言って別れた後に、シグナに会うために人気のない所へ向かった。