黒い精霊
ジュリが叩きつけた照明石は、陶器が割れるような音を立てて粉々に砕けたと思ったら、眩しい閃光放ち上空に飛んで行った。そして空高く上がるとその光が四方に弾けた。
うわあ、派手…!!競技中じゃないけど先生たち、気付いてくれるよね…!?
その光に気づいたのか、教員がこっちに注意を向けて、ジェイクからジュリの方へ方向を変えてきた。
「ぎゃーきた!シグナ!」
思わずシグナにしがみ付くと、彼はジュリを抱きしめ宙に浮いたまま水の槍のような物を出した。それを教員めがけて振り下ろしたが、また紙のようなものを出してそれらを無力化した。
あれ、習った属性の陣に似てるけどなんか違う…?
まだ初歩的なものしか覚えてないジュリには判別は出来なかったが、あの陣で何かしら魔術を防いでいるのは確実だろう。魔力の塊のような精霊ととても相性が悪い気がした。
そんな事を考えていると、教員が驚異の身体能力でジュリの前に跳躍して、杖のような物を振り下ろした。とっさにシグナが自分の胸にジュリを抱き込むように庇う。
瞬間的に目を閉じたジュリに聞こえてきたのは、金属がぶつかる様な音だった。そろりと目を開けるとミハエル先生が剣を持っている。何の幻覚かとジュリは目を擦ったが、紛れもない現実だった。
えええええ!?ミハエル先生??
「あの人、元々騎士コースの方なんですよ。もっと学年が高くなると創作魔術っていうのを習うんですけど、それが性に合ってたみたいで魔術師の方に転向しちゃったんですよね」
そう言って現れたのは師長だった。こんな緊急事態の状況でのほほんと話すマイペースさが、何だか物凄く安心する。
「照明石は良い判断でした。上級生に貴方の護衛を頼んでたのですが、やはり生徒には手が負えなかったようですね」
ちらりとジェイクを見据えて、あの人払った金額分はちゃんと働いてくれたでしょうと笑った。やっぱりお金…。
「襲撃があるってわかっていたのですか?」
「いいえ、ただ術技大会のような場所なら尻尾を出すかなあと思って、貴方ともうひとり爆破に巻き込まれた少年を見張っていたのです」
カルロの事かな?二回目の爆破事件はどっちが狙われていたかわからなかったよね
そんな事を話してたら、ミハエル先生と教員がものすごい勢い攻防を繰り広げている。あの速さについていけているミハエル先生おかしいでしょ…。
「あの人魔術が効かないんです。アーシャ様は錬金術じゃないかと言ってたんですけど」
「ほう!」
いやそこは目を輝かす所じゃないです
「錬金術はこの国では禁術ですからね、中々お目にかかる事はできないんですよ。僕ら魔術師に相反する力に長けていると聞きますが…」
そしてシグナを見て、首をかしげて何かされましたか?と質問してきた。
「え?」
「水が汚れているので」
先ほどの血の匂いのする煙玉のせいだろうか、あれからシグナの調子は良くないように見えた。シグナが何も言わないで一応ジュリが師長に説明した。
「なるほど、用意周到ですね。僕の精霊もこの場には召喚しない方がいいかな。力が半減するのは困りものですし、うーんどうしようかな。でも一度この目で見たいですね、ミハエル先生!」
バトンタッチというように、師長がミハエルの名を呼んで手をあげた。ミハエルは誘導するかのように師長の方へ飛び退き、教員がこちらへ向かってくる。
えっこっち来るけど!?師長はどうみても肉体派じゃないよね?
「炎よ」
師長と教員の間に炎の壁のようなものが現れたが、また何かを取り出して炎が一瞬にして消える。師長がおやと言っているのが聞こえたが、そんな悠長な事言ってる場合なのか。
「稲妻よ」
光の槍のような物がものすごい速さで落ち、これは防げなかったようで教員が悲鳴をあげて、フードの半分が焼け焦げた。
「ふむ、四属性以外の術式は防げないみたいですね」
師長この状況で実験でもしてない?
ジュリが怪訝な顔で見ていると、教員に貴方誰でしたっけと師長が話しかけている。そういえばフードがなくなったのなら顔が見えるはずだと、ジュリもその顔を見て目を見開いた。
「聖女試験の…」
忘れるはずもない、ジュリが聖女試験の二次で担当してくれた年配の女性だった。ジュリを見下して、師長に怒られた様子を見ても選民思想の強い貴族なのだろう。
あまりいい印象はお互い持っていなかっただろうが、殺されるほど憎まれているとは思わなかった。ただ目は虚ろで大丈夫なのかと思うくらい顔色が悪く見えた。
「貴方が一連の事件の犯人?何か薬入れてるみたいですし、錬金術なんてどこの誰に教えてもらったんですか?単独犯ではないですよね?」
しかし女性は師長を睨んで、何も話そうとはしない。
「仕方ないですね…。じゃあちょっと口を軽くしましょうか、今後の生徒の安全を脅かす存在は放置できませんし」
何するの?と少し心配そうに見ているジュリに、師長は大丈夫ですよと笑いかける。
「この国で死刑を下せるのは王族だけなんです、だから殺したりはしません」
多分と小さな声で呟く師長に、何が始まるのか恐怖を覚えた。
師長は両手を祈るように組み合わせて、何かを言っているように見える。精霊はこの場に召喚したくないと言ってたが、するのだろうか?以前聞いた話では、彼の両手には四属性の召喚陣が彫ってあるらしい。
師長の周りに四つの属性陣が光ったと思ったら、最後によくわからない陣が浮かびあがった。それを見た瞬間ジュリは一瞬ざわりとした。
何あれ?なんか…怖い?
シグナを見ると何か嫌なものを見るように、目をそらさずに師長の方を見つめていた。陣からいつものように精霊らしきものが出てくるが、それは黒い靄のように見えるだけで姿は見えない。
「シグナはあれが見える?」
「精霊は自分より高位の者の正体はわからない。けどあれは…」
シグナよりも高位の何かという事だろうか?以前師長が言ってた言葉を思い出す。
“精霊は適性があり、許容できる器の持ち主にしか見る事はできません”
あの時、風の属性を持っていないだろうカイルには風の精霊の姿が見えなかった。けれど四属性を持っていたジュリには視認できたはずだ。じゃあ、あれは?
少なくても今のジュリには見えない何かに、師長は語り掛けるように口を動かす。すると黒い鞭のようなものが飛び出し彼女の右腕を切りつけたように見えた。
途端に女性はいきなり私の腕がと叫び出して、暴れた。
…?
ジュリからは少し離れているが、服の破れすらなく女性の腕には傷一つないように見える。けれど女性は腕を切られたくらいの動作で派手に叫んでいる。
「ほら、はやく言わないと次は左腕ですよ」
冷酷にすら思える微笑で、師長は穏やかに問いただした。女性が何か口を開きかけた所で、女性の状態が急変して師長の詰問とは違う苦しみ方をし出した。
女性がいきなり血を吐き出して、喉を抑えている。
「ひっ」
ジュリが血を見たことで引きつった声を出したのと同時に、シグナが見えないように抱きしめてくれた。視界がシグナの胸元しか見えなくなったが、耳障りな音と悲鳴が聞こえ思わず目を閉じて、両手で耳を塞いだ。
どさっと人が倒れるような気配がして、薄目を開けたジュリは自分の足元に目がいった。白い花びらのような物がひらひらと舞いながら落ちる。
何の花か、どうしてここにあるのか、など考えるよりも先に、緊張がとけたと同時に今までの疲労を思い出して、ジュリはシグナの胸の中で脱力した。