暗殺者
四つ目の扉の先は元の学院内で、ゴールだった。結局アーシャ、ルビィ、ジェイク、ジュリはクリアできたがレイリは棄権となった。魔力の使い過ぎかジュリの回復薬を飲んだ為かはわからない…。
その事で目の前の男に未だにグチグチ言われている。
「あ~あ~俺の魔術師がいなくなったら、この先の試練終わったも同然じゃねえか」
最初の試練の合格者の控え室で、ジュリに文句を言っているのは三年騎士のジェイクだ。
「す、すみません…」
正直、授業では毒と言われてから何度か作り直したのだが、カレンのように綺麗な桃色にはならなかった。けれど大分マシになってたので、まさか人を昏倒させるようなものだとは思ってなかった。
起きないレイリに何度も謝ったが、そのまま救護室に連れていかれたので、代わりにジェイクに謝罪させられている。
「いいじゃないか、この子も魔術師なんだろう?」
「こいつがレイリの代わりになるかよ!ちょろちょろ水かけるくらいしか出来ないくせに」
それは反論できない
「あ~今回はせっかく邂逅術だったのに」
「誰か好きな人でもいるんですか?」
ちょっとびっくりしてジュリはジェイクに問いかけた。そういう色恋を好みそうな人物には見えなかったので、邂逅術を狙ってたのが意外だった。
「何言ってんだ、お前?ああいう生徒に受けるもんはな、高値で売れるんだよ」
金ですか…
ものすごく納得したが、この人のお金に対する情熱は何なんだろうか。
「なぜそんなにお金が必要なんですか?」
ふと気になって軽く投げかけた質問だったが、ジェイクはものすごく嫌そうな笑いを浮かべて答えた。
「貴族様や国に保護された聖女候補にはわからんかもしれんが、学院に通っている平民で金に困ってない奴はいないだろうよ。元々が貴族を基準に建てられた施設なんだから」
そういえば、自分は支度金すら国から支給されてたがかなり多かった覚えがある。けれどお金に触った事のなかったジュリは高いのか安いのか、その基準すらわからない。
それでも貴族が通う学院が、安いってわけないよね…
「けど騎士か兵士かで将来、雲泥の差があるからな。何やっても卒業はしてやるさ」
彼はどうやって騎士に合格したんだろうか。貴族と違って平民がのし上がっていくのは厳しいだろうに…。戦闘中のジェイクを見ても慢心してる風でもなく、彼なりに努力もしてきたのだろうと思った。そこに目的や目標があるかまで踏み込むのは、まだ信頼が足りない気がしたので聞かなかった。
「そいつは一見金の亡者だが、ぎりぎりの所で人を見捨てる事ができない奴だ」
「そうそう、昇級試験では周りを見捨てられずに一緒に落ちたんですよね」
レビィが笑いながら言うと、ジェイクは無言で彼女の頬を掴んで伸ばした。抗議をしているレビィを見ながら苦笑するジュリに、だから安心していいとアーシャは笑った。彼女の笑顔はとても綺麗でジュリはなぜかドキッとした。
もう少しかかるという事で、教員がやってきて飲み物や果物が配られた。
「今年はえらく豪華だな」
どうやら毎年の事ではないらしく、ジェイクが不思議がっている。甘い匂いのする透明な飲み物を手渡されて、ジュリはさすが貴族の学院だなあと思っていた。
そして口を付けて飲もうとした。
「だめ」
「えっ!?」
ジュリの肩口からにゅっと生えたような手が、飲み物の口を抑えた。びっくりして後ろを振り向くとそこにいたのはシグナだった。
「え?え?シグナ?」
「これは飲んだらいけない」
ジュリは庇うように後ろに行かされ周りを見ると、アーシャとルビィが動けないようで蹲っていた。
「アーシャ様!?」
自分の右手の感覚を確かめるように、アーシャが辛そうに息を吐いている。とりあえず即効性の毒とかではなさそうだ。ジェイクを見ると、特に問題なさそうに前を見据えていた。ジュリの大丈夫なの?という視線ににやりと返してきた。
「俺は人を疑う事を知ってるんでね」
どうやら飲まなかったようで安心したが、飲み物に何か入れられてるってシグナはどうしてわかったんだろう?
「水に関係する事で僕に分からない事はないよ」
「あれ?私声に出してた?」
ジュリの考えてることはわかると少しだけ笑ってくれたシグナだったが、前を見据えてひとりの教員を睨んでいた。飲み物等を持ってきたあの人が怪しいのがわかる。
「あんた、身体に何を入れてる?」
シグナの質問にジュリはよくわからずに?な顔つきをする。
「人間の身体の半分以上は水だからね。アンタが普通でない事はわかるよ」
教員はフードを目深に被っているが、特に変わった風には見えないがシグナがそう言うならそうなのだろう。するとその人物は徐に何かを取り出したと思ったら、それを地面に叩きつけた。
そこからものすごい量の煙が溢れて部屋の下部に充満する。
「何これ、ごほごほっ」
何だか獣臭いというか、それを捌いたような酷い血の匂いがする。人間には酷い匂いくらいで済んだが、精霊にはかなりの効き目があったらしく、シグナが煙を避けるように移動した。
そういえば、精霊って血の匂いを嫌うって言ってたっけ…
「おい、チビ!」
煙で咳き込んでいたジュリに、どこからかジェイクの声がしたと思ったらいきなり首根っこを掴まれて放り投げられた。
「ぎゃっ」
浮遊感の伴う異動に、地面に叩きつけられる衝撃に備えたが、シグナが受け止めてくれたらしい。できればもうちょっと優しく扱ってほしいと思ったが、ジェイクの姿を見つけて固まった。
丁度ジュリが先ほどまでいた場所に、教員とジェイクが差し違えていた。教員は杖のような物をでジェイクの剣を受け止めている。
助けてくれたんだ
「ジュリを狙ってたんだね、でもどうして?」
シグナの呟きにジュリもなぜなのかはわからなかった。もしかして以前から関わっていた爆破事件の犯人だろうか。
「火炎」
ジェイクの剣が赤く輝き魔術を発動しようとしたが、相手が何かを取り出して消えろと言った瞬間に光が失われた。
「んなっ」
驚いたジェイクに、相手は人間業でないような速さで体術を繰り出した。足技をもろに食らってジェイクは後方に飛ばされた。
「な…なにあれ??身体強化の魔術でもかけてるの?」
「いや、あれは魔術じゃないよ。精霊の力を借りていない」
ジュリの問いにシグナは答えてくれたが、どう考えても人間の身体能力を超えてるように見えた。しかも先ほどの声から女性のような気もするが、女性がジェイクをあんなに見事に蹴飛ばせるものだろうか。
「魔術じゃなかったら何なの?」
「錬金術…」
休んだためか少し楽になったようなアーシャが、後ろで座って答えてくれた。
「魔術を使えない隣国が、似たようなものを編み出した技術と聞いている。けれど実際に見たことはないので確証はない」
なんでそんな人がこんな所に?
腹のダメージが重いのか立ち上がれずに膝をついているジェイクに、近づいていく教員に嫌な予感がした。アーシャ達も話すことはできても、まだ動ける状態ではなさそうだった。
シグナはやる気だがどう見ても弱っていて、ジュリは意を決してポケットの中の照明石を取り出し、地面に叩きつけた。