カレンの過去
ジュリの召喚陣は結局ペンダントにした。腕輪や指輪はこれから成長していくので、すぐにサイズが合わなくなるだろうと思っての事だった。
「それでシグナさんとはまた会えないんですか?」
「呼んだらたまに頭に水滴が落ちてきたりするから、いるんだろうな~とは思うんだけど姿は見せてくれないの」
「ジュリが他の者を選んだから不貞腐れているのでは?」
「なんでだよ?」
昼休憩にジュリとライが中庭で話していると、カルロとカレンが入ってきた。もはやお決まりの四人組だ。
「ジュリの事が好きだからだろ?」
カレンがさらっと言うと、カルロが何言ってんだお前と突っ込んだ。
「恋や愛に鈍感な奴には聞いてない」
「カルロさんはもうちょっと大人になるとわかると思いますよ」
ライのフォローになってない煽り文句にカルロが怒り出した。それを見かねてジュリが今度は話し出す。
「あはは、でもシグナの好きはきっとそういう好きじゃないと思う。私と同じ友達とか家族の好きに似てる感じかなあ…?前ね、村で花嫁さんの行列を見た時にいいなあって言ったら、ジュリも早く番いが見つかるといいねって言ってたし」
「番い…?また妙な言い回しですね」
三人はものすごく怪訝な顔をして動きを止めて、ライは思わず口走ってしまったようだ。
「あの時は人間だと思ってたけど、多分精霊だからかな?なんかそういう感性とか概念が人間とは違うっぽいんだよね。私を守ろうとしてくれた時も、会話が通じなかったからびっくりした」
「そうか、精霊とは恋愛はできないんだな。良かったなカルロ」
「だから何がだよ!?」
カレンに笑って肩を叩かれるカルロを見ながら、ジュリは仲いいなと微笑ましく見ていた。
午後は薬草学でよくわからない薬を作るらしい。カレンが珍しくウキウキしていたが、肝心の先生が教科書通り作ればできるからと寝た。この男性教師の名前もわからない。
カルロが本当に教師か?と突っ込みながら、生徒たちは苦笑しながら作業を始めた。
「カルロ!豆が飛んでる!!」
「飛ばすなっ水につけとけって書いてるだろ!」
ジュリ達が騒がしく作業している中、カレンはひとり黙々と進めていた。
「カレンはとても手際がいいね」
「私の母は医師だからな。幼い頃から手伝ってたからある程度慣れているんだ」
「えっ!?そうなの?」
何となく、貴族で医師は珍しいのではと思ってしまった。貴族平民と魔力の有無で職に違いも出る。魔力をあまり使わない平民に医師が多く、貴族は魔力を使って癒す事もできるが総じて魔術師となる。
「珍しくもない。私の母は平民だから」
ジュリは作業中の豆をつるんとまた飛ばしてしまいながらも、横のカレンを二度見した。
「父が貴族でな、遊びで手をつけた平民の子供が四属性とわかった途端に引き取ったんだ。二年ほど貴族としての教育は受けたが…だから私は正確には貴族ではないな」
だから、最初に自己紹介した時に姓を名乗らなかったのかと思った。多分この感じだと父親にあまりいい印象を持っていないようだ。
「じゃあお前の父親の爵位はなんだ?」
話を聞いていたのかカルロがひょっこりと問いかけてきた。
「ヴィオール伯爵だったかな」
「ああ、好色で有名だったな」
伯爵って何番目の位だっけと指で数えていたジュリは、カルロにお前は本当に物覚えが悪いなと言われた。
「何でカルロはその伯爵を知ってるの?」
「商人は貴族とも会う機会があるって言っただろ?そのヴィオール伯爵珍しいものが好きでさ、よく商人たちを屋敷に集めたりしてたんだよ」
「そして私の兄もこの学院にいるらしい。会ったことはないが」
何となく思っていたカレンの話しやすさの理由がわかった。この話をしてくれたって事は、友達として気を許してくれたのかと思い、ジュリは嬉しかった。
「話してくれてありがとう、カレン」
カレンは綺麗な笑顔で、少し照れくさそうだった。
結局様々な色の薬が並び、ジュリの薬の色はどろどろとした青緑になった。
「ねえカルロ、これ何作ってたんだっけ」
「回復薬だろ…」
こんなの飲んだら回復どころか死んでしまいそう…
カルロは赤くてなぜか泡のような物が浮いている。しかし、横のカレンのものは薄い桃色で綺麗な色をしていた。
そして批評の時だけ先生が起きてきて、皆の作品を罵りだした。
「あらいやだ、何で教科書通りに作ってこうなるわけ?」
自分は寝てたくせに酷い言いぐさである。
「これもダメ、これもこれも!も~繊細さが足りないのよ!だから子供って嫌い!」
なんで教師になったんだろうとこのおねえ先生を見ていたら、いきなりジュリはデコピンを食らった。
「アンタが一番ダメ!なんで回復薬で毒作ってんのよ」
見た目ヤバそうだなとは思っていたけど、毒!?
「あら!これはいいじゃない。初めてにしては良く出来てるわ。きっと、私みたいな清楚で可憐な子が作ったのね」
褒められたのはカレンが作ったものだった。薬学の授業のどこに清楚や可憐な要素が必要なのだろうかと誰もが思ったが、誰も突っ込めなかった。
これで今日の授業は終わりだったので、図書館にでも行こうかなと思っていると、おねえ先生に呼び止められた。
「アンタ、例の爆破事件の当事者よね?」
爆破事件と言われたら、思い当たるのはひとつしかなかった。入学式前日とこの間の廊下での出来事だ。二回とも遭遇したとなれば、当事者で間違ってないかもしれない。
「そうなの…ですかね?」
「じゃあ行くわよ」
どこに!?
中庭に出ると、教職員の宿舎の裏側にやってきた。なんか嫌な予感がする。
先生が瓶のような物を取り出して地面に中の液体を落とすと、そこからツタのような物が生えてきて梯子のようになった。
「ここら一体魔術制御がかけらているのよねー誰かさんがいるから」
その誰かさんを予想しながら梯子を登っていくと、先生は窓を開けてずかずかと入って行った。ジュリもついて行くと、見知った人物が部屋の中に居た。
「師長?」
「レヴィンちゃんが謹慎中だから来てあげたのよ?会いたかったわあ」
「帰ってもらえますか。ミルゲイさん」
なんで彼女までいるんですかと師長はいつも通り笑っているが、思いのほか顔が白く見える。ミルゲイ先生って言うのか
「あら、頼まれてた指定植物の在庫確認の報告に来たのに」
「それで?」
ひとつ前の言葉などなかったように師長は続きを促す。
「薬剤貯蔵庫にあった分は使われていたわね。あと他のもちょっと盗られてたみたい。明らかな毒草ってわけじゃないんだけど」
ジュリは何のことかわからず、ただ話を聞いていただけだったが、師長と目が合うとわかりやすく説明してくれた。
「貴方が遭遇した爆破事件ですけどね、使われている植物が入手困難で、ちょっと特殊なんですよ。だからそれを抑えれば犯人がわかると思ったんですけど、二件目がどこから手に入れたのかわからなくて…。この学院内なら収められている場所は限られているので、彼に調べてもらったんです」
「そうそう!私はとても役に立っているのよ」
授業中は寝ていたこの教師も何かしら役に立っていたらしく、自慢する姿がなんか苛々した。
「何がなくなっていたかも重要ですけど、一番はそこに入られた事ですね。薬剤貯蔵庫は危険物もあるので何重にも魔術の鍵で閉じられているんですよ。僕でも破ろうと思えばそれなりに時間がかかります」
破れるの?とジュリは不思議に思ったが、まあそれは捨ておく。
「犯人が特定されるって事よね。魔術の鍵の方程式を知っている教師か外部の犯行か…。生徒にはまず無理でしょ」
「実行犯が違う場合もありますが、まだわかりませんね。そういう事で貴方も注意は怠らないように」
あの事件はまだ終わってないのかと、少し不安に思いながら師長の言葉に頷いた。