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彗星の魔術師・後編

光に包まれたかと思ったら、次の瞬間には暗い空間に立っていた。


「え…?!」


正確には暗い空間に見覚えのある窓があり、淡い光を灯していた。レヴィンは顔を歪めてそれを見つめた。


悪趣味な…


レヴィンが幼い頃軟禁されていた部屋の窓によく似ていたからだ。閉じ込められていた狭い部屋で唯一変化が見える外の景色で、嫌な記憶の象徴だった。


しかし窓を覗くとそこは外の風景ではなく、幼い頃から住んでいる養母の家で一番会いたい人物がいた。


「…エルザ」


名を呼ぶと、それに答えるようにエルザが笑い窓を開けた。


「どうしたレヴィン?早く帰ってきて欲しい。私とずっと一緒に暮らそう」


レヴィンは一歩踏み出したが、歩みを止めてふっと笑った。


「…こうして欲しい、ああして欲しいとエルザは一度もそんな風に頼ってくれた事はなかったですね。僕はそれが少し寂しかった」


貴方の前で僕はずっと子供だった。

けれど僕にとっては、母親のように慕い、姉のように近い理解者で、ずっと女性だった。


「レヴィン、好きだよ」

「…貴方程、愛しい人はいません」


本当のエルザは僕を決して受け入れない。

それがわかっているからいつだってあの人の前で本音は口に出さない、これからも。


だって関係性を明確にしてしまえば、終わってしまうのがわかっているから。


「レヴィン…はやくおいで」


エルザが伸ばす手を見ながら、小さな声で問いただす。


「エルザの…貴方の本当の名前を教えてくれますか?」

「何を言っている?」

「そうですね、何を言ってるんでしょうね」


今度は貴族らしい上辺だけの笑顔を浮かべて、窓から手を伸ばしているエルザに背を向けた。


「レヴィン?」


求めなければずっと貴方を諦めないでいられる。

だから僕はこれからも気づかない振りをする。


誰よりも貴方の近くにいる為に。


「貴方が僕のエルザなら、もっと嬉しかったのに」


けれどきっと失望した。


矛盾する気持ちを抱えながら、どこにも辿り着けない暗闇を彷徨う幸せを、誰がわかるだろうか。これは僕だけの哀歓だ。


窓越しのエルザを一度も振り返らずに足を踏み出した。


光とは反対の暗闇に向かって歩き出すと、見えにくい窓がもうひとつあった。窓の向こうも真っ暗で何も見えない。


「人間は誘惑に抗えない生物だと思っていました。なぜ彼女の手を取らなかったのでしょう?」


どこからともかく聞こえる声は、自分に問いかけているのだと気付いた。


「僕は与えられたものの中から、自分が必要だと思う事を選択しただけです。そう、あの人に育てられたから」

「ふむ。選択とは知識を前提とした己の特性を主張するもの。貴方は示したのですね、自己の確立を。だから人間は不可解です。けれど愚かという程ではない」

「はあ…?」

「貴方が歩み続ける限り、学ぶ喜びを。さあその暗闇に手を伸ばして下さい」


窓に手をかけると、それは自然に開いた。そして引き込まれるように暗闇に飲み込まれていった。




目をあけると、そこは森の中だった。記憶と違うのは辺りが夜に包まれている事だった。


え?寝てた?来た時は朝だったよな


エルザに黙って出てきたので、流石に心配されているかもしれないと急いでメイサを探そうと身を起こした。そして違和感に辺りを見回した。


森に音がない。木々の騒めきも動物の鳴き声もしない。そして近くに光が灯っている場所があり、そこから何か白いものが降っている。


「なんだ?」


レヴィンはゆっくりと灯りの中心に近づいていくと、白いものが手のひらに落ちた。羽かと認識した瞬間それは消え、代わりにスパっと赤い線とともに手の肉が切れた。


「いっ…」


血が出る手のひらに布をまいて、何が起っているのか速足で目的地につくと、信じられない光景を見た。


一人はメイサで虚ろな表情で座って、手前の人物に抱きしめられていた。抱きしめている人物は顔は見えないが、服装、髪の色に見覚えがあり、腹から血が出ていた。


「エルザ…!?」


それ以外にもメイサの背中から白い何かが突起のように出ている。最初何かの蛹のように見えたが、畳んだ片翼だと近づいて気付いた。抱きしめているエルザの腹を突き抜けている白いものと同じもののようだ。


「何が…」


レヴィンの呟きに顔をむけたのはエルザで、小さく近づくなと警告した。


「良かった、お前は無事だったんだな…」

「エルザ…!何が、何があったんですか!?」


エルザはそれには答えずに、レヴィンに笑いかけた。


「聖女を見ただろう?甘い言葉で取り込もうとしてくる光の精霊と言われているが、どうだった?」

「どうって…何を…」


甘い言葉と言われて、夢の中で会ったエルザの偽物を思い浮かべた。


「ちゃんと説明したかったが、時間がないんだ。聖女に身体を憑依されれば破壊の限りを尽くすと言われている。メイサはまだ憑依への抵抗が使えないから…私が抑えている為動けない。だからお前に協力して欲しい」

「協力…?」


レヴィンは必死に頭を働かせながら状況を把握しようとした。


聖女?聖女ってあの建国神話の?何でそれが今ここで出てくるんだ?エルザの説明から、メイサがその聖女に身体を憑依されかけてるという事だろうか?でも、どうして…?


エルザは一瞬言葉を濁らせて、こちらを見上げた後に口を開いた。


「聖女の手をとればもう助けることは出来ない。私の腰にある剣で私ごとメイサを突き刺せ」

「はっ!?」


何を言っているのか、もしかして自分に二人を殺せと言っているのだろうか。


「出来るわけないでしょう!?他に何か…」

「あればやっている!頼むから…メイサに…この子に人を殺させないでくれ」


そんな…


建国神話は知っていたが、それに出てくる聖女が国を滅ぼすと言われてもにわかには信じられない。けれど目の前で起こっている状況は現実だった。白い羽のような物が少しずつメイサの身体から大きくなっている気がした。


「メイサ…が助からないとしても、エルザは…エルザは助かるのでしょう?言われた通りにするので…メイサから離れて下さい」


エルザは血を流しているが、軽傷に見える。多分手当をすれば助かるはずだ。けれどエルザは黙ったまま、メイサから離れようとしない。


「私はこの子の親だ。メイサだけを一人で逝かせられない。この子を聖女にしてしまった私の責任でもある」

「じゃあ僕を一人にするのですか?幸せであるように願ってくれた貴方が。なら、僕も一緒に連れて行ってください」

「レヴィン…命を投げ出すのは違う。また親と子の責任も同じではないのだよ。親は子供を守らなければいけない、だから…」


言いかけた時に白い羽がエルザを離そうとするように、さらにエルザの胸と肩を貫いた。今度こそ致命傷に見えて、レヴィンはたまらず駆け寄った。


「エルザ!!」


倒れかけた身体を支えて、エルザを見下ろした。


「泣くな…」


自分が涙を流していた事に言われて初めて気づいたが、そんな事はどうでもいい。声を発するのも苦しそうなエルザがレヴィンに剣を握らせた。そして力尽きる様にそのまま目を閉じて、もう二度と自分の名を呼んでくれることはなかった。


ふわりと白い羽の舞う量が増えて、レヴィンの身体は所々鮮血に染まった。


しばらくエルザの後ろに顔を埋めていたが、唐突に立ち上がり、エルザの身体ごとメイサの心臓に剣を突き立てた。




レヴィンが目を覚ました後は、殺人容疑ではなく聖女の支配から逃れた四属性として、魔術師協会預かりになっていた。


メイサを助けに行く前に、エルザは粗方の説明を同僚の職員にしていたみたいで、状況を把握してくれていたようだった。


当事者なのにまだ未成年のレヴィンには、聖女の事を詳しく教えてはもらえなかった。それは成人してエルザと同じ職について初めて知れる事らしい。


しかしレヴィンはすぐにその真実を手に入れる事ができた。


「ダンタリオン」


レヴィンの闇の精霊は知識を司り、ありとあらゆる物事に精通している。もちろん、人間と聖女の歴史も網羅していた。


そして四属性が忌避されていた真実を知った。


あの時、エルザの手を取れば僕も聖女になっていたのか


メイサが求めている事なんて手に取るようにわかる。彼女はそれに抗えなかったんだろう。自分がそれを拒絶できたのは、偶然と言ってもいい。


どうして僕たちがこんな目に会うんだろう


ただ一緒にいたかっただけだ。あの家で、三人で穏やかに暮らしていきたかっただけ。他に何も求めていなかった。


けれど…


「僕のせいじゃないか…」


エルザの言葉もきかずに、自分を過信して、メイサを巻き込んだ。そこにどんな言い訳を付け加えても、自分の罪は消えはしない。


「僕がエルザを殺した…」


もしかして来年エルザたちの前で聖女の審判を受けても、メイサは同じ運命を辿ったかもしれない。けれどエルザが死ぬことはなかっただろう。


どんなに後悔しても、謝罪しても、涙を流しても、死んだ者は帰ってこない。


「ごめんなさい…」


それでも謝らずにはいられない。レヴィンはもう伝える事は出来ない愛する人たちに謝り続けた。




「おめでとうございます」


意識を覚醒させて、声に顔をむけると目の前に同じ聖女から逃れた四属性の魔術師ジュリがいた。


「何事ですか」

「え、あっシグ…ミカとの結婚式の日程が決まっただけで。声がうるさくてごめんなさい」


ジュリが後輩のリオンに注意している様を見て、あれから長い月日が経ったのだと実感した。


「師長も誘うんですか?あの年齢の独身者には返って酷なのでは…」


聞こえてますけど


陰口は聞こえないように言って下さいとリオンに心の中で突っ込みながら、ジュリに話しかける。


「ご結婚おめでとうございます。貴方の未来がこれからも幸せなものでありますように」

「ありがとうございます」


嬉しそうに笑うジュリに微笑み返しながら、自分ももっと素直に感情を向ければよかったと今更思う。きっとあの人は喜んでくれただろうに。本当に自分は子供だった。


“お前たちと暮らしていて、彼の事を思い出す事は殆どなかった。お前にもいつかわかる日がくるだろう”


ええ、そうですね


同じ道を進み、エルザと同じ年齢を重ねるとわかる事も増えていく。けれどあの日からもう長い間、エルザ達と暮らした家には帰っていない。だってそこにはもう待っていてくれる陽だまりのような二人はいないから。


エルザの本当の名前は相続の書類を受け取る途中で知った。あんなに知りたかった名だったのに何の感慨深さもなかった。自分にとって彼女はエルザであり、彼女から教えてくれる事に意味があるのだと感じた。


彼女が残した資料の中には回収できなかった私物もあり、それはレヴィンが受け取った。


その中に彼女の日記があった。


大半は魔術の研究の覚書だったが、たまに私生活を綴ったものがある。それはどれも不思議に子供たちに語り掛ける様な手紙のように書かれていた。


多分、自分が死んだ後に僕らが読むのを想定していたんだろうな


その中でも不本意に付けられた彗星の魔術師の異名は大変受けたらしく、よく出てきた。


エルザには教えてなかったはずだが、きっと学院でも監視され報告されていたのだろう。


“彗星は願いを運んできてくれるほうき星とも言う。私の願いはお前が叶えてくれるんだろうな”


遠い記憶の中で聞いた、子を想う彼女の願い事が頭を掠めた。


“生まれてきてくれてありがとう”


「…こちらこそ」


僕を見つけてくれてありがとう。

今度は僕が見つけに行きます。きっと…

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