彗星の魔術師・中編
長期休暇で帰省したレヴィンは、エルザの顔を見る事が出来なかった。
暗い気持ちを払拭出来ていなかったのもあるが、エルザ自身に真実を問い詰める事が怖かったからだ。親に言われたような、自分を否定する言葉をエルザからは聞きたくなかった。
身体は成長しても心はまだ子供で、大人のように顔に出さない事は難しい。レヴィンの様子がおかしい事にエルザは気付いていたが、あえて何も言わなかった。
思春期特有の反抗期だとでも思ったのかもしれない。それでも家に帰れば二人きりになることもあった。
「学校は楽しいかい?レヴィン」
「え…別に」
「気の合う友人は出来たかい?」
「ほとんど話してないですよ。どいつも家の身分を振りかざして突っかかってくるし…」
自分の態度が拍車をかけているのは黙って置く。
「ははは。貴族は身分が矜持でもあるから、子供たちはそれを親から厳しく躾られるんだ。まあ、仕方ないだろうね、親はどうしても子供に自分以上の期待をしてしまう」
レオのように誰にでも平等に接する貴族の方が珍しいんだろうな
「…エルザも?僕らに何か期待をしているんですか?」
「うん?いや、私は自分が成し遂げたい事は自分でやるさ。そして自分が出来ないことを子に背負わせたりしない。お前たちは好きに生きればいい」
エルザらしい。この人は最初から僕らを縛った事なんてない
けれど期待されないのもどこか寂しい気もした。少なくてもエルザに認められたくて頑張っている気持ちもある。
「私が子にかけるのは願いだけだよ。健やかであるように、幸せであるように」
それを聞いてとても胸が暖かくなったと同時に、それは本当にエルザの願いなんだろうかと疑問が湧いた。ふっとレオの言った婚約者の言葉が頭をかすめると、自然と声が漏れた。
「僕はエルザを母親だなんて思った事はないですよ。でも貴方にはとても感謝しています」
そのままエルザの表情を見る事はなく、踵を返して部屋から出て行った。
次の年の長期休暇はエルザの家に帰らなかった。
三年生の冬。
「レヴィンは今年も帰らないのか」
読んでいた本から視線を逸らし、話しかけてきたレオを見上げる。
「ええ、今年はミハエル先生が残るらしいから創作魔術を見てもらう予定ですね」
「あの私達の親の代からいると噂の教師か。この学院の七不思議のひとつはあの方じゃないか?」
七不思議は今年レオ達と面白がって調べてみたが、五つしかわからなかった。長期休暇の間にもう一度調べてみるか…
「レオは帰るんですよね」
「ああ、弟がまだ幼いんでね。騎士団に入ると今以上に会えなくなるから、忘れられない内にこまめに会わないとな」
彼は感情表現は豊かとは言い難いが、付き合いが長いとわかる事もある。
僕と違ってとても情に厚い人物だな
そんな事を思いながらレオと話をしていると、同じ黒いローブの少女が近づいてきた。
「メイサ、丁度良かったです。今年も同じようにエルザに伝えておいてくれますか?」
去年はこの無口な少女に、帰省しない旨を言づけていた。同じように言うと、今年はメイサの態度が違い、少し怒っているように見えた。
「じ…自分で言って!レヴィンは師匠が好きなくせに、母親を独り占め出来なくて拗ねてる子供みたい!師匠は放っておけと言ってたけど…いつまで反抗期続けているの?エルザはずっと待ってるんだよ!?」
メイサはそれだけ言うと、そのまま走り去って行った。そして残された二人は茫然と立ち尽くした。
「メイサがあんなに話したのを初めて聞きましたよ…」
「ははっ大人しい印象しかなかったが、お前にそこまで言える女性は他にいないんじゃないか?まだ婚約者がいないなら申し込んでみてもいいな、私も年齢的に親がうるさくて」
「貴方を義弟と呼ぶのは断固拒否したいです」
今年は帰るか
あそこまで義妹に言われたら、流石に無視はできない。それに学院に通うにも保護者に頼り切っている子供なのだ。顔見せや感謝は伝えるべきだろう。
そうしてレヴィンが帰省するとエルザはとても喜んでくれた。
「おかえり。男の子の成長は早いな」
「ただいま。エルザは縮みましたね」
身長はまだエルザの方がやや高いが、目線はすでに同じくらいになっていた。去年戻らなかった事も特に追及されずに学院生活の様子を聞いてくる。
「首席だったんだろう?レヴィンは凄いな」
「メイサも同じように優秀なのは知っているでしょう?エルザから学んだのだから…僕ではなくエルザが有能なんですよ」
ふふっとエルザが笑うと、メイサが照れたように顔を伏せた。
「でも精霊召喚は大変でした。森には僕一人では行けないので…。騎士コースの、者に手伝ってもらいました」
「それは…」
エルザがんんっと続きを話すのを我慢するように咳払いした。
多分友人か?って聞こうとしたよな。そんなに心配しなくても三年も学院にいれば、何人か話し相手はいますよ
「それでも二人とも高位精霊と契約できたのだろう?四属性と高位精霊が契約するのも必然なのかもしれないな…」
「はい?」
「最後の精霊召喚には私も付き添いの為に学院に赴くようになっている」
「え?別に今までも危険はなかったのだし、大丈夫ですよ」
そう言ったのだが、エルザは笑って肯定も否定もしなかった。
夕食後、久しぶりの庭を散策しているとエルザも涼んでいるのか、椅子に座っているのが見えた。
「エルザ」
話しかけると笑って隣に座るように勧めてくれた。隣に座ると、久しぶりの懐かしい匂いに頬が緩む。しばらく無言で空の星を見ていると、ちらりとエルザを見て口を開いた。
「エルザは…エルザはどうして僕たちを養子にしたのですか?」
何となく、ずっと避けていた話題だった。きっとメイサも尋ねたことはないだろう。
「四属性だったのが大きいな」
「貴方が婚約者を亡くした事を学院で聞きました。四属性の扱いの改正は、その方から引き継いだものだったんですか?」
エルザは少しだけ黙って言葉を整理しているようだった。
「彼から引き継いだわけじゃない、私も同じ研究職に付いていたからな。ただ積極的に改正を行う者が私だけになっただけだ」
「…エルザにとって大切な方だったんですよね?」
「そうだな、幼馴染だった。四属性の人権に関しては彼の方が先に目を向けて、何度も国に訴えかけて、とても熱心だったよ。志半ばで、とても無念だったと思う」
魔術師の事故はそこまで多くないが、高位なほど危険な場所への派遣も多くなり、死者も毎年ゼロではなかった。
「じゃあエルザは彼の為に…彼の分も四属性に関わる仕事を続けて、僕らを助けてくれたんですね」
「いや?本腰のきっかけは確かに彼を失ったのもあるが、お前たちを助けたのは私の意志だよ。不当な扱いを受けていたのもわかっていたし…私が助けられる範囲にいた子供達は手を伸ばしてあげたかった。まあ、自己満足と言えばそれもあるが…。きっと彼がいてもいなくても私はレヴィン達を引き取っていただろう」
婚約者は関係ない?
自分が何故か会った事もないエルザの婚約者に固執していたのに気付いた。メイサに言われた独り占め出来なくて拗ねてる子供という言葉を思い出して、眉根を寄せる。
「お前たちと暮らしていて、彼の事を思い出す事は殆どなかった。育児はそれどころじゃなく大変だったからな。お前にもいつかわかる日がくるだろう」
育児…?
エルザは確かに魔術師として生きる道を示してくれたけど、生活面では自分達の方がお世話していた気がしないでもない。
「エルザが僕らを養子にしてくれた経緯はわかりました。けれど、四属性を国が特別視するのはなぜなんでしょう?」
「それは…。まだ言えないが来年にはきっと説明できるだろう。けれどお前たちが虐げられる必要はないのだと覚えていて欲しい。受けた憎しみよりも与えられた慈しみを思い出して、逆境に負けずに…生きて行って欲しいと思っているよ」
「…?はい」
最後はよくわからなかったが、それでも自分達を引き取ってくれた事を自慢できるような、そんな弟子でいたいと強く思った。少しだけ軽くなった気持ちを噛み締めて部屋に戻った。
休暇も後半に入り、メイサと一緒に夕食の片づけをしていると、エルザの精霊のカズラが話しかけてきた。
「ふふふ、エルザは貴方達が帰って来てくれてとても嬉しそう。ずっと研究ばかりだったもの」
「カズラはエルザの高位精霊なんですよね?僕も精霊と契約して気付いたけれど、貴方は随分人間っぽいですよね」
カズラは長く生きているからねとふふっと得意げに笑った。
「エルザはレヴィンと同じようにとても優秀な子供だったのよ。二年生で高位精霊をすでに三体も契約していたもの」
「精霊召喚は一年に一体じゃないんですか?」
「えっと、エルザの家…ここじゃなく本家の方ね。魔力の濃度が高い土地で、精霊が集まりやすい場所だったのよね。だから私と会って契約したんだけど」
学院の森じゃなくても精霊に会えるのか
「ここも森に囲まれてなかなかいい場所なのよ。運が良ければ精霊に会えるかもね」
「へえ…」
就寝前はメイサと二人で休暇の課題に取り掛かっていた。
「ねえメイサ、僕らだけで四属性の精霊を集められたら、エルザは褒めてくれると思いますか?エルザだって忙しいのに学院に来るのは大変ですよね」
いつも自分に話しかけてこないレヴィンが、珍しく話しかけてきてメイサは驚いて目を丸くした。
「でも師匠は…最後の精霊は一緒にって…。勝手に契約したらダメなんじゃ…?」
この森には精霊がいるかもしれない事を話すと、メイサはいつも通り黙って目を伏せた。
「無理にとは言いませんよ。ただ僕はエルザが誰よりも凄い魔術師なんだと、自分自身で証明したいんです。師長として力は十分認められているけれど、四属性を養子にした事で奇異の目で見てくる者も少なくないでしょう?僕が誰よりも秀でた魔術師になれば、エルザの名誉も傷つかないと思うんです」
メイサも意図が伝わったのか、顔をあげてこちらを見つめてきた。
「私も…私も師匠に恩返ししたい…!私もレヴィンみたいな自信がずっと欲しかった。そうしたら…その時は、師匠を母様って呼びたいの」
メイサはずっと実の親と口を聞くのを禁じられて育ったらしい。家族を切望している彼女に初めて親しみを覚えた。
基本的に二人の行動は制限されていないので、次の日森の中を探索すると何体かの魔物を見つけた。
「本当に別行動でいいんですか?危険だと思いますけど」
「これは私がしなきゃいけないから…」
自分が精霊を見つけた後に助けに行けばいいかと、メイサの言葉に渋々了承した。
レヴィンの精霊契約はいつも通り力比べだ。精霊は強いものに従うので、この方法が一番手っ取り早い。
最後の精霊は風の精霊で、特に問題なく精霊を負かし契約を勝ち取った。
「これで四属性が揃いましたね」
「四属性か…。では、覚悟はいいか?」
えっ?と聞き返すと、自分の後ろに残りの三属性の精霊が揃っているのに気付いた。
「審判の時だ」