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笑わない魔女は光の聖女に憧れる  作者: 悠里愁
終章 いつか帰るところ
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いつか帰るところ

ジュリはミカとの会話にどうしても納得できなかった。


「今話しているのは二人の事でしょ?シグナは関係ないじゃない」


だってシグナはもういないんだから


「そうだね、でもジュリに無理して笑って欲しくはないから」


ミカは言葉なのか、態度なのか、何かしら確証あるものを欲しているような気もする。けれどジュリは何を求められているのかよくわからなかった。


「…ミカにはわからないよ」


立ち直るまで一年以上はかかった。泣いて泣いて、やっと仕事に没頭できるようになったのだ。けれどそれはミカも同じく経験したのではないかと気付いた。


ミカはジュリの為に時間を超えたと言ってくれたのだから。


「…ごめん。余計な事言った」


ジュリが謝るとミカは優しく笑ってくれる。


「僕は君に幸せに生きて欲しくてここにいる。ジュリの気持ちが決まるまでは、いつまでだって待つよって事。…これまで随分と待ったんだからね」


ふふっと笑って雰囲気を和やかに戻してくれるミカに感謝しながら、ジュリは頷いた。


「せめてシグナより僕の方が大事だと思えるくらいまではね」

「ミカはよくそう言うけど、ミカとシグナは別人なんだから比べようがないよ」


学生の頃から二人の仲があまりよくなかったからか、張り合う言動が多かった。それは今も継続中なのが不思議だった。


「じゃあ、今ここに、この世界のシグナがいたら?」

「え?」

「この時間軸には元々シグナがいたよね?ジュリを庇って死ぬ前のシグナが。そいつがいたらジュリはそいつをシグナだと求めると思う?」


確かにここは、シグナを失う事になった聖女の暴走を未然に防いだ未来だ。実際にはシグナはいなかったが、いたとしてもおかしくはなかった。


「どうなんだろう?同じシグナだとは思うけど…。でも私を庇ってくれたシグナが私にとってのシグナだと思う。あれをなかった事にして、別の誰かを選ぶなんて出来なかったかも」


精霊としての矜持を捨てて、人間であるジュリの為に命を懸けてくれた。それは今もジュリの心に深く残っている。


ずっと俯いて話していたジュリだが、ふっと顔をあげるとミカがとても複雑そうな顔をしていた。苛立ちと悲しみと、そしてどこか諦めの入った表情だ。


それを全て消す様にミカは笑った。彼はいつもひとりで自分の感情を抑え込もうとする。


「どうかした?ちゃんと話してくれないと、私はミカ程察しがよくないからわからないよ」

「何でもない。ただ、いつもジュリの幸せを考えてるだけだよ…」


ジュリにとって、ミカも大事な人には変わりないのをちゃんとわかってくれているだろうか。どこか自分を軽んじている彼を心配そうに見つめる。


「まあ、結婚はともかく一度ジュリの村には行こうよ。ジュリのご両親には挨拶して顔見知りにはなっておきたいな」


そういえば、兄ちゃんが結婚する前も、お嫁さんが何度か実家に挨拶に行ってたっけ


平民でも結婚する時だけいきなり顔を合わせるのは、あまり歓迎はされない。何度か挨拶を交わして、家族として認めてもらうのだ。ただミカは貴族なので、結婚するといったら反対などされる事はまずない。表向き体裁を整えると言った方が正しいかもしれない。


「…嫌?」


ジュリはあれから五年、一度も村には帰らなかった。決して辛いことがあるわけではない、シグナとの過去を思い出すのが堪らなく寂しくなるからだ。


でも、そろそろいいよね


今目の前で、自分を大切に想ってくれる人と向き合っていこうと思えるくらいには立ち直っている。あの場所に戻っても、きっと大丈夫だろう。


「いいよ」


ジュリが返事をすると、ミカは少しだけ憂いを帯びたように笑った気がした。二人の予定があう休日に決めて、その日は解散となった。




********************


ミカはジュリを送り届けた後に、一人で暗い路地を進んだ。そこで見覚えのある声の主と邂逅した。


「やあ、久しぶり。五年前の約束を聞きに来たぜ。心の内は決まったかい?」

「ああ、手紙は明後日預けよう。出発までそう時間もないからな」


ミカと会話をしているのは、やや幼い容貌の黒髪の少年だった。


「ふうん、過去に戻った甲斐があったじゃないか。望み通り進んでいるんだろ?」

「どうかな」

「俺は結構お前の事は嫌いじゃないんだぜ。とても愚かで人間らしい。あ、褒めてるからな?けどそれ故に馬鹿な選択をしそうだから、助言してやるよ。人間は自分の為に生きる事は罪じゃないんだぜ。たとえそれで別の人間が泣くことになってもな」


ははっと笑う少年を見ながら、ミカは何も言わずに踵を返した。


********************




出発の日、ジュリはミカと一緒に馬車に乗り込んだ。


「何だか懐かしいね」

「そうだね」


いつものように目を合わせないミカを怪訝に思いながら、ジュリはミカに話しかける。


「どうしたの?もしかして緊張してるの?」

「…そうだね、ちょっと緊張しているのかもしれない」


なんだろう、この既視感


いつも緊張とは無縁のミカだが、昔一度だけ同じような事を言わなかっただろうか?


いつだっけ…


思い出せずにしばらく思案していると、ミカが手を握って来たので安心させるように握り返す。


「…あのさ、ジュリ」

「うん?」


やっと目が合ったと思ったら、とても心細いような表情をしていた。そんなに相手の両親に挨拶するのは、ミカにとって大変な事なんだろうか?


「母ちゃんたちはきっとミカに何か言ったりは出来ないよ。そんなに緊張する事もないと思う」


ジュリがそう答えると、はっとしたような表情をした後に、ミカはゆっくり目を伏せる。それから手を握ったまま、言葉少なげに馬車は進んだ。


村に着くと、ミカは少し落ち着くためにひとりになってもいいかと言ってきた。


「私は先に家に行けばいいんだね。別にいいけど…ミカがそんなに緊張するって珍しいね」


そう言うと、ふっと目の前に影が落ちてきたと思った。えっ?と顔をあげるといつの間にかミカの顔が間近にあって、一秒にも満たない触れるだけのキスをされた。


えぅ!?


驚いてミカの顔を見ると、彼はとても嬉しそうに笑った。それがとても綺麗だったので、目を離せなくて見つめているとミカの方が先に口を開いた。


「ジュリ、好きだよ」


そう言って何処かへ行く後姿を、茫然として見つめた。今まで一度もジュリにそういう意味で触れたことはなかったはずだ。


どうして?


ミカはいつもどこか儚げに笑う。彼が心から笑った姿を、もしかしたらジュリは見た事なかったのではないかとこの時初めて思った。


うぅ…なんなの。ミカは言葉が足りなすぎるんだよ。今度からちゃんと聞こう


そのままジュリは家族のいる家に、五年ぶりに戻った。

少しだけ緊張しながら扉を叩いたが、誰かが出てくる気配はない。


あれ?


窓から覗くと、家には誰もいないようだった。


あ、そっか。私達は休日だけど、農村の休みは違うんだ。


何かイベントのある祝日は貴族も平民も休みになるが、普段同じ日程で働いてはいない。一番下の弟も何年もたっているので、働きにでているようだ。


うえーせっかく帰って来たのに、夕方までどうしよう


とりあえずミカに説明するために、彼を探す事にした。


どこに行ったんだろう?ちゃんと聞いておけば良かった


元来た道を戻り、流石に村人が多い場所にはいかないだろうと考える。


そんなに場所はないから、すぐ見つかると思うんだけど…


目に見える範囲にはいなさそうだったので、以前ミカと一緒に来た時はどこに行ったかを思い出す。まず姉の墓に行ってみたがそこにはいなかった。


じゃあ…?


少しだけ怖気づく気持ちを奮い立たせて、ジュリはシグナの眠る湖に向かった。


この道を見るのがずっと怖かった。けど、思ったより大丈夫そう


人間は辛い事、苦しい事でも時と共に忘れる事ができる生物だ。それは弱い生物だからこその防衛本能なのかもしれない。


五年ぶりだったが、以前と変わらない青い湖が広がっていた。ここはジュリにとって、いつまでも特別な場所なので、ずっと見ていると胸を締め付ける感情が溢れてきそうだった。


そして湖の手前で男性が立っているのが見えた。やはりミカはここに来ていたようだ。


「ミカ!」


ジュリが名前を呼ぶが、ミカだと思われる人物は振り返ろうとしない。


「ミカ…?」


ジュリは近寄ってミカの手を取ると、びくっと反応された後にゆっくりとこちらを振り向いた。


「え…?」


薄紅の髪に顔立ちも確かにミカなのだが、目が違う。ミカの瞳は翠色をしているが、目の前の人物は薄い水色だった。


何が起ったのかわからないが、ジュリは信じられない面持ちで向かい合っている人物と目を合わせる。ジュリが間違えるはずない、何年もずっと見てきた彼の事を。


「…シグナ?」


彼の頬に手を当てると、戸惑うように手を被せられる。そして泣きそうな顔を隠す様に、ジュリは目の前の人物に抱きついた。

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