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笑わない魔女は光の聖女に憧れる  作者: 悠里愁
終章 いつか帰るところ
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それぞれの未来

ジュリはいつものように、研究室の一室で仕事に励んでいた。


「先輩、師長がいません」


諦めの入った顔で話しかけてくるのは、今年配属された十六歳の魔術師の女の子リオンだった。


「あの人こっちに戻ってきたら、絶対一か所にいないからね。そうだなあ…この時間は文書庫にいるかも」

「というか、学院の教員と魔術研究員の兼任って意味わからないんですけど。ここってかなり忙しい部署ですよね?」

「まあ、師長は生徒の近くにいるのも仕事の内だから。その他が適当すぎるけど」


師長の愚痴に花を咲かせていると、開いている扉をノックする背の高い男性がいた。


「やあジュリ。今大丈夫?」

「あっそうだ。今日だったね」


沢山の届け物を運んできたのは、騎士団員のアルスだった。人懐っこそうな笑顔は変わらないが、髪がやや伸びて一つに束ねている。


「カイルも会いたがってたけど遠征中でね。今度みんなで飲もうってさ」

「あはは。でもアルスも忙しいでしょ?届けるだけだから他の人に頼んでもよかったのに」


少し眉尻を下げながらアルスは笑うだけだが、これは何年にも渡って行われているジュリ達の義務に近かった。


シェリアは一年後に目を覚ましたが、精神年齢が著しく低下した娘をセレイスタ―侯爵は見放した。代わりに妹が爵位を譲られる事になり、姉のシェリアはわけもわからず軟禁状態になった。


よほど酷い状況だったのか、その手をとって駆け落ち同然で連れ出したのはディアスだった。


ディアスは両親である後見人を持たないので、カイルの親を通じてシェリアを戻す条件に待遇改善を要求したが受け入れてはもらえなかった。侯爵は連れ去られた娘を探しもせず、いつ死んでもいいと思っていたのかもしれない。


結局全面的にディアスがシェリアの面倒をみる条件で、二人は小さな平民の家で暮らしだした。慎ましくても幸せそうだったが、やはり生活はディアスだけの給与では難しい面もあるので、ジュリ達がサポートする事になった。


ジュリやローザは女性に必要な衣類などを、カイル達は金銭は断られるので物資で支援している。そしてカイルやアルスは未婚なので、シェリアに直接届けるのはお互いに外聞が悪いという事で、ジュリがまとめて届けている。


もうシェリアは魔術師ではない。監視付きで魔術の行使を許されていないので、学院で学ぶこともない。


でも今のシェリア様なら聖女になる事はないと思うんだけどね


優秀な魔術師だった彼女がその道を絶たれたのは勿体ないとも思った。けれど今の幸せそうな彼女を見ると、本当に魔術師になりたかったのかも今はもうわからなかった。


「ローザ様もカルロと一緒に、様子を見に行きたいって言ってたよ」


カルロはローザのご両親に認めてもらうために、仕事に奮闘している。伯爵家なのでそこまで相手にうるさくはないが、平民で領地もない分やはり一人前に稼げるまではと条件を付けられた。いつだって親が願うのは子の幸せだから。


でもカルロも前にやっと店持てそうだって言ってたんだよね。そろそろかな?


結婚する時は盛大に祝ってやろうと密かに計画している。


アルスが帰った後に、リオンがすすっと寄ってきた。


「あの人若手の出世頭じゃないですか。私にも紹介してくださいよ」

「そうなの?でもアルス婚約者いるよ」


ああ~と頭を抱えて崩れ落ちるリオンを見ながら、女子はいつでも恋愛に必死だなと思った。


「リオンはまだ若いから、そんなに結婚焦らなくていいんじゃない?」

「何言ってるんですか!良家の令嬢は学院を卒業したら結婚してますよ。そんな悠長に仕事してて今も独身の歴史管理下のお局様を知らないんですか!?」


知らんがな


確かに侯爵家の令嬢で就職を選んだ人はいない。いたとしてもかなりの変わり者だと思う。身分差は大人になった方が顕著に感じる事が多いと思った。


「先輩もそろそろ考えたりしないんですか?」

「私の友達はまだ結婚してない人の方が多いから。したのは一人…かな」


ジュリ達のグループで一番最初に結婚したのはカレンだった。カレンは跡取りには兄がいる伯爵令嬢なので、薬師という好きな進路に進んだ。


各地に派遣されながら充実した日々の中で、同じように各国を回る医療魔術師の男性と出会ったそうだ。二人にどんな事があってそうなったのかは、教えてもらえなかった。しかも二人とも仕事優先で忙しくて、会える日は年に数回あるかどうかという、それって夫婦…?と疑問視するような関係だ。


けれどその数回の逢瀬は必ず赴いているようなので、二人にしかわからない絆があるのだろう。カレンが幸せそうならそれでいいと思う。


物思いに耽っていると、また来客があった。今度は同じ職場で働いている為、よく合う人物だった。


「ジュリ、今日の夕飯外に食べに行かない?」

「うん、いいよ。ミカは何時頃終わる?」


ミカは魔術開発技術の専門職員だった。宮廷魔術師として籍を置いているわけではないが、貴重な特化術師として相応の地位をもらっている。


背はとっくにジュリを追い抜かしているが、まだ少しだけ少年ぽさが残る顔立ちだ。綺麗な薄紅の髪も少しだけ伸びて、猫毛がふわふわとしている。


予定を話し終わると、仕事机に肘をついてリオンが細目でこちらを睨んでいた。


「リオン、顔が面白いよ。どうしたの」

「先輩はちゃんと相手いるじゃないですか?」

「ミカの事?彼は友達だから」


職場が同じなので時間が合えば夕食を共にとり、休日は一緒に出掛けたりしているだけと言うと、さらに眉間に皺を寄せた。


「いやいや、普通に考えたらそれ婚約者じゃないですか。平日は一緒に食事して、休日はデートでしょ?少なくても相手は気があるってわかりますよ。先輩の恋愛脳死んでませんか?」


何だか酷い事を言われているが、ジュリだってミカの好意には気付いている。ただ相手もジュリに何かを求める様な事はしないので、この関係が続いているだけだ。


でも結婚するとしたら…一番仲が良いのはミカって事になるのかな?


「あの人の事嫌いじゃないならいいと思いますけどね。伯爵家だし仕事も真面目で、先輩以外見向きもしませんよね。私もいつもいるのにきっと名前すら知らないと思います」

「うーん、そうだね…。じゃあまずは仕事終わらそうか。この水属性のやつはお願いしていい?私は水の精霊がいないから…属性値はリオンの方が高いよね?」


そして書類を受け取ると、リオンは不思議そうにこちらを見た。


「先輩は四属性なのに、なんで水の精霊と契約しないんですか?」


ジュリは困ったような顔で手を動かしながら、その問いには答えなかった。



仕事が終わると、ミカと待ち合わせた食事処へ急いだ。


「おつかれ。思ったより早かったね」

「今日は師長がいたから。昼にさぼってた分の仕事を回してきた」


学院に居た頃の四年間はとても濃くて長く感じたのに、この五年間は仕事していたらあっという間に通り過ぎた。けれど何気ない事を話しながら、ゆったり流れる日常にも穏やかな幸せを感じている。


「今日はリオンが婚活について熱く語っていたよ」

「リオン…?って誰だっけ」


うわ本当に知らないよ


今まで何度か話に出てきたと思うが、聞き流されていたんだろうか。相変わらずミカは興味がない事は覚えてすらいない。


「私もはやくしなさいって言われてね」

「そうか。もう十八だもんね。じゃあする?」


ん?


一瞬時が止まったようだった。ミカが明日遊びに行く?みたいな気軽さで言うものだから、最初何を言ったのか理解できなかった。


「ええっと?」

「言ってる意味がわからない?そうだな、まずは付き合う?」

「ええっと…一応両方聞くね。どこに?誰と?」


ミカが口に手を当てて笑い出した。流石に動揺しているのがわかったのか、ジュリの態度が可笑しいらしい。


「ジュリが好きだよ、結婚してくれませんか?」


今度はとても分かりやすく言ってくれる。相変わらずミカらしいと思う。彼は嘘もつくし隠し事もするが、ジュリへの気持ちはずっと誠実だった。この五年間、言質通りずっとジュリの側にいてくれた。


でも、それもいいのかな…


宮廷魔術師の地位があるので、このままずっと独身でい続ける事は出来ないだろう。位の高い貴族に申し込まれたら断る事が出来ないかもしれない。そんな知らない貴族と結婚するくらいなら、心許せる人としたい。ミカとなら穏やかに暮らしていけるだろうとも思った。


「うん…、前向きに考えてみる。私もミカが好きだし…」


ミカが好きなのは本当だった。けれど昔、胸が痛くなるほど感じた強いものとは違うとも思った。ミカが真剣に想ってくれるなら、同じだけのものを返せないのは失礼ではないだろうか?


「本当に?」

「え?」


自分の心の声が漏れたのかと思った。確かに自分に問いかけていた、本当に彼が好きなのか、と。


「ジュリは嘘が下手だから」

「嘘じゃないよ?」

「でも一番じゃないよね?…まだ忘れられない?」


名前は出していないが、ミカが誰の事を言っているかはわかった。


「シグナの事はずっと忘れられないよ。でも結婚とかは別でしょ?元々精霊と人間なんだから、どうにかなれる関係じゃなかったんだから…」

「じゃあシグナのいる湖の前で、僕と結婚するって言える?」


は?


何故そこまでシグナに拘るのか意味がわからない。そしてなんだか無性に腹が立ってきた。

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