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笑わない魔女は光の聖女に憧れる  作者: 悠里愁
終章 いつか帰るところ
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それから

生まれ故郷の村に戻ってきたが、嬉しいとは程遠い気持ちでジュリは足を踏み入れた。王都生活が長かった為か思い出の中の村より、とても寂れて見えた。


もう家に自分の居場所はないだろうし、村に宿泊施設はない。用事を済ませたらすぐに城下町に帰れるように、日帰りを予定している。


ミカと村の中を歩いていくと、村人が驚きながらこちらを見る。商人が来ることも珍しい村では訪問客は殆どいない。


「…こんにちは」

「お貴族様がようこそいらっしゃいました」


ジュリの顔すら覚えてない村人は、服装で二人を貴族と判断したようだった。安堵と寂しさの混じった感情で何も言わずに進んでいく。


「ジュリは家族に会いに行かないの?」

「お金は兄ちゃんに預けているから…」


ミカに聞かれた問いに、ジュリなりの言葉を返した。聖女候補として支給されるお金のほんの少しを仕送りとして毎年家族に送っていた。けれど両親は字が書けないからかお礼の手紙すら来ない。


だから先ほどの村人のように、忘れられていたらと思うと怖かった。なぜ帰って来たのと言われたら昔のように無表情で流せるとは思えなかったから、会いに行かないのではなく行けないのだ。


ミカはそれ以上何も言わず、ただ一緒に付いてきてくれる。兄に教えてもらった場所につくと、少し開けた場所に小さな石が置かれている。ジュリはそこに膝をついて持っていた花を添えた。


「…遅くなってごめんね」


もう姉との思い出は印象的な部分以外は朧気だった。幼かったから仕方ないのかもしれないが、優しくて繊細な人だったような気がする。


姉より随分歳を追い越してしまったが、やっと会いに来れてジュリは嬉しかった。




そして最後はシグナの湖へと続く道を重い足取りで歩く。


「あの道はよくシグナと一緒に歩いたんだよ。春には花を摘んでくれたり、夏には一緒に星を見たり、秋は木の実拾いを競争したり、冬は転ばないようにいつも手を繋いでくれた」


この村ではシグナとの思い出が多すぎる。ジュリが懐かしいと思う場所にはいつもシグナがいた。姉ではない、水色の髪をした少年だ。


「ねえ…どうしても、どうにも出来ないのかなあ…私ならいくらでも魔力をあげれるのに…。精霊は奇跡みたいな力を持ってるじゃない?他の精霊に頼めばどうにか出来ないのかな…」


ミカは少しだけ顔を顰めた。滅多に言わないジュリの痛々しい我儘だったからかもしれない。


「命を操る術は原理が解らないから、きっと聖女でも無理だと思う」

「そっか…そうだよね。そんな事できるなら、聖女はきっと初代の王様に会おうとするはずだもんね」


今はそんな彼女の気持ちがわかってしまうかもしれない。シグナが願ったとしてもジュリは国や人を滅ぼす事は出来ないだろう。けれどシグナが助かるなら、国を見捨てる事はできるかもしれない。そんな黒い感情を抱いてしまえる自分が、とても嫌だった。


「奇跡ってのはさ、そうあろうと努力した者に稀に起こるものであって、精霊が必然に持っている力とは違うと思う。奇跡を起こせるとしたら…それは人間だけだ」


いつになく、断言するミカを不思議に思いながらも望みはないとだけはよくわかった。


湖は青々とした輝きで、ジュリを迎えてくれた。何もかも昔と変わらない光景の中で、ただシグナだけがいない。


ミカはやり方だけを教えてジュリをひとりにしてくれた。湖の前に座ると石を取り出して、それを両手で大事そうに持つとしばらく見つめ続けた。


「シグナ…私頑張ったんだよ。褒めてよ…」


誰かを失いたくなくて、何かを守りたくて、そして自分の為に精一杯の事を決断して、ここまできた。

けれど一番守りたかったものは、今から別れを告げなければならない。


「何でシグナはいないの…?ずっと一緒だって、言ったじゃない…」


シグナが助かるなら何度でも時間を超えるし、魔力が欲しいならいくらでも差し出せる。なのにジュリが出来る事は何もない。奇跡なんて起きないし、きっと二度と会えない。


「ふ…うっ…うぅ…」


頭を地面に押し付けて泣いても、慰めてくれる少し冷たい手も、名前を呼んでくれる優しい声も、もういない。それを初めて実感したような孤独に襲われる。


「シグナ…」


こんな事ならシグナに水に引き込まれた時に、そのまま身を任せていれば良かった。四属性を集めるのが嫌だと言った時に学院から二人で逃げれば良かった。そもそも学院に行かなければ、シグナは今も一緒にいたかもしれないのに。


「本当はね、シグナが助からないって聞いても信じられなかった。だから過去に戻ればどうにか出来るかもしれないって思ったの。もう一度会いたかったから。シェリア様の事もあったけど、半分はシグナの事を考えてた」


そしてそれは叶わなかったけれど。


「シグナが私だけを見ててくれたように、私もシグナが一番大事。あんなに一緒にいたのに、一度も言えなくてごめんね…」


ちゃんと言葉にしてあげていたら、驚いた後に少しだけ照れるかもしれないが、きっと喜んでくれた。その顔を見れないのがとても残念だった。


「目が覚めたら、私はもういないだろうけど…また人間を好きになってくれたら嬉しいな。そしてシグナを愛してくれる優しい人間に出会えますように」


人生の半分以上を共に過ごした半身を、ゆっくりと青い湖に入れて手を離す。石は湖の底に沈んでいって、すぐに見えなくなった。


「さよなら…」


見えなくなってもジュリはずっと湖面を見続けていた。


いつの間にか日が暮れて、ミカが木の側でこちらを見ているのに気付いた。声をかけづらかったのだろう、ジュリが落ち着くまで見守ってくれていたようだ。


「ジュリ、平気?」

「うん…」


ミカに手を引かれて湖を後にする。そのまま用意してくれていた馬車に二人で乗り込んだが、会話はなかった。


最初に聖女試験に行く時に馬車から見た風景は、とても物珍しく見えたのに、今は全てが色あせて見える。


「私、シグナが目覚めた時に、また人間を好きになってくれたらいいなって言ったの…」

「うん」


ジュリの唐突な独白を、ミカはただ聞いてくれる。


「けど、それは嘘…本当は側にいて欲しい。シグナが他の誰かを好きになって、私を忘れるのは嫌だよ…」

「ジュリ…」


呟きながら、ぼろぼろと涙が出てくる。この胸の空洞はいつか埋まる時がくるのだろうか。人間は忘れる事ができる生き物だが、今は到底考えられない。それほど色鮮やかで、深く心に残るものをシグナはジュリに与えてくれた。


「これからシグナがいるはずだった日々は、きっと僕がいるから。君が寂しい時も悲しい時も側にいるから、それを僕にわけて欲しい」


ミカに抱きしめられながら、ジュリは何も答えられなかった。ただ抵抗はせず、身体を預けて目を閉じた。





それから五年、ジュリは十八歳になった。

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