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笑わない魔女は光の聖女に憧れる  作者: 悠里愁
終章 いつか帰るところ
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あの日の続き

学院祭当日、ジュリは朝早くに目覚めた。まだカレンが寝ているのを横目に机に座って、シグナの石を手の平に乗せる。


「これでよかったのかな…?」


何も応えない淡い水色の石を見ながら、小さな弱音を呟いた。心の中ではもう何度もシェリアには謝っているが、それを声には絶対に出さない。


ジュリだけはそれはしてはいけないと思っている。謝罪を口に出す事は、シェリアにしたことへの後悔に繋がってしまう。


だからこそジュリは自分の信念を証明し続けなくてはならない。そしてどうなるかわからないがシェリアに降りかかるだろう苦悩を、少しでも取り除けるようにしたいと思った。




朝食の為食堂に行くが、シェリアの姿はまだない。


「…まだ寝てるのかな?」

「部屋でとるんじゃないか?」


元々体調不良だったのだからとカレンに言われ、それもそうかと納得しながら、手早くパンとスープを食べる。


「ジュリは今日の学院祭の心配した方がいい。ほとんど準備できてないだろう」


昨日まで怒涛の毎日だったので、自分の事はおなざりになっていた。午前中はドレスの確認をしながら調整をする事にした。


昼近くになると外部からの招待客や保護者達が続々と学院に集まり出したが、何故か一部の生徒が呼び出され、少しだけざわついた雰囲気になった。


何かあった…?


昼食の時間に食堂に行くと、アルスが珍しくひとりだった。ジュリに気づいたアルスがこちらに駆け寄ってくる。


「どうしたの?」

「カイルが呼び出された。多分…シェリアの事だと思うんだけど」


少しびくっとしたジュリの後ろから、ミカが話しかけてきた。


「ジュリ?こんな所に立ってどうしたの?入らないの?」

「ミカ…シェリア様が…」


アルス達と他の生徒達の邪魔にならないように席に着くと、ミカが淡々と話しかけてくる。


「ああ…、しばらくは目を覚まさないかもね。ジュリが記憶を失った時もそうだったでしょ?」

「え?そう、だったのかな?確かに寝込んでたみたいだけど…」


幼過ぎて正確には覚えていないが、忘却の魔術は身体の負担が大きいのはわかった。


最終学年での学院祭のエスコートは家同士の関係を誇示する事に繋がる為、かなり重要なのだそうだ。カイルとシェリアは婚約者だと大々的に周知させなければならない。


けれどそれは無理だとシェリア側に判断された為に、カイルが呼び出されたに違いない。カイルが戻ってきたら話を聞くとして、少し暗い気持ちで寮の自室に戻った。


「お前のせいだな」


扉を閉めると誰もいない自室から、いきなり声をかけられた。


「…そうだね」

「どうした?もっと喜べよ、自分の欲望が叶って良かったじゃないか」


ジュリがむっとしながら見返すと、珍しく虫の姿じゃないアガレスがにやにやしながらベッドに横たわっている。


「お前は欲張りだなあ。この世に誰もが満足する結末なんてあり得ないんだぜ?誰かの正義は誰かにとっては不義かもしれない。だから結局自分の欲望を貫くしかないのはわかってるだろ?」

「ちょっと。何ジュリをいじめてるの?」


少し俯いた顔をあげて声のする方を見ると、窓からミカがよいしょと当たり前のように入ってくる。


「ええ!?ちょ…ここ女子寮だよ?」

「うん。だから窓からこっそり入るんだよ」


どこからどう見てもこっそりではないが、去年も同じような事をされたのを思い出した。相変わらずミカはマイペースすぎる。


「君がアガレスだね?…久しぶり」


不思議そうに首を傾げるアガレスを見ながら、ジュリはそういえばミカは面識あるんだなと思った。


でもミカと契約したのは別のアガレス…になるんだよね?ミカは私が死んだあと時間を戻って…あれ?


そこで少しだけ引っかかった。


ミカはどれだけの時間を遡ったんだろう?


ジュリですら一週間が精々だったので、ミカも同じくらいだろうとは思っている。けれどもっと前からミカはジュリの事を知っているような素振りをしていなかっただろうか?


寿命的にそう何年も前に戻れたりしないはずだけど…ミカだけ特別?でもこの闇の精霊の性格からして、そんな事してくれないだろうし…


契約に関しては人間よりも精霊の方が厳しい。だからこそ師長もちゃんと交渉しろと言っていたに違いない。


アガレスが片手でミカの身体に触れると、少し驚いた顔をした後に何故かジュリを見てきた。


えっ何?


そして大声で笑い出した。


「あはっははは!お前、そうか…!まさか本当に出来るとはね」


ジュリがわけがわからず二人を見たが、ミカは全く笑ってなかった。


「ねえ!何なの?ちゃんと説明してよ」


ジュリが苛々しながら問いただすと、アガレスが笑いながらこちらを振り向いた。


「あはっああ…ほら、俺は自分の能力を使ったものはわかるって言ったのは覚えているか?それを辿れば別の次元の俺の記憶も見れるんだよね」


つまりミカと契約した時の事だよね?


「それで何がそんなにおかしいの?」

「こんな面白い事教えるわけないだろ、ばーか」


むかっ


結局二人で話すために、窓の外から出て行ってしまった。ひとり残されたジュリはわけがわからないまま、学院祭の準備を終えた。



学院祭はシェリアは眠ったまま欠席、それに付き添う形でローザも楽しめないからと参加を辞退したらしい。一応正装したカイルとアルスもどちらも相手がいないので、参加を見送ろうとしている。


「学院祭にそこまで参加したいわけじゃないからね」

「あの、ディアスは…?」


ジュリが聞くと、アルスは少しだけ言いにくそうに話してくれた。


「ずっと部屋の前で座り込んでいる…。ただアイツは婚約者がいるから出席しないとどうなるか…」


結局当事者たちで幸せな顔をしている人は誰もいない。本当に自分の独りよがりだったんじゃないかとジュリが顔を伏せると、カイルが話しかけてきた。


「僕は感謝してる。君と同じ立場になったらきっと殆どの人間はシェリアを見捨てるだろう。けれど君は助けようとしてくれた。それで十分だ。だから、今後のシェリアの事も僕が何とかするから心配しないで。一応婚約者だからね」

「僕らがだろ?何でカイルはひとりで格好つけるのさ」


アルスががしっとカイルの肩を掴むと笑いかける。


二人と話していると、カレンとカルロが制服のまま大きな植木鉢や薬草の苗を運んでいるのが見えた。


「あれ?二人とも何してるの?もうすぐ学院祭始まるよ?」

「げえ!もうそんな時間かよ!?師長にさ、オカマが帰ってくる前に使った薬草の補充を手伝えって言われて終わんねえんだよっ」


まさかこちらでも後始末に奮闘しているとは思わなかった。


そういえば薬草もものすごい量だった気がする


結局ジュリやアルス達は、カレン達と一緒に温室の薬草の補充を手伝う事になった。


「カレンやカルロは学院祭に参加しなくていいの?」

「まあ、俺は別にそんな好きな行事でもないしな。ローザもいないし」

「私はむしろこっちの方がいい。兄たちに会わなくて済むしな」


カレンはまあ、そうだろうね?目がイキイキしてるのは気のせいじゃないよね


温室に行くと師長がいたので、ジュリ達も薬草を持って中に入る。その時、入り口に見覚えのある陣のような物が書かれていた。


あれ?これ見覚えあるような…


じっとそれをジュリが見ていると、師長が話しかけてきた。


「ああ、それ簡易的な結界ですよ。使いませんでしたけどね」


はっと思い出した。過去で温室に逃げてきた時に、師長が施していた結界だ。そのせいでシグナが弾かれたのがとても昔のような気がする。


そういえば、失敗した時の為に準備をするとか言ってたのこれだったのかな


「皆さん学院祭に参加しなくていいんですか?」


師長の問いに、みんな力の抜けた顔で笑いあった。


「今更だよな?まあ、最後がこれってのも俺達らしいっていうか」

「いつもの顔ぶれだよね」


身分もコースも全く違うのに、何かしら巻き込まれて助けてもらったメンバーだった。主にジュリが大変お世話になった人達とも言える。


「あっじゃあミカも連れてきていいかな?ちょっと聞きたいこともあるし…」


皆が了承してくれたので、ジュリはひとりで温室を飛び出した。ミカは自身の闇の精霊と消えて、あれから戻ってきていない。


どこにいるんだろう?


過去では学院祭でミカの方から話しかけてくれたはずだ。始まる前にどこにいるのかジュリは知らない。


うーん?


あの日を思い出しながら、ミカに連れてきてもらった講堂から離れた木々の場所を訪れた。そこに木にもたれかかって、考え事をしているミカを見つけた。


「ミカ」


ジュリの声に反応して、ミカが顔をあげたので近寄る。


「どうしたの?ジュリ」

「みんなで温室に集まって後始末?してるの。学院祭に参加するような雰囲気じゃなくなっちゃったから…ミカも良かったら来ないかなと思って」

「僕はジュリのいる所に行くよ」


ジュリは頷いた後、手を取って温室に連れて行こうとしたが、ミカは動こうとしない。


「ミカ…?」

「ジュリ、僕は君に言いたいことがあるんだ」


ジュリが首を傾げて手を放して向き合うと、ミカは目を伏せてしばらく黙った。そして目を閉じてゆっくり開けると、言葉を続ける。


「…あったんだけど、やっぱり今はやめておく」

「ええ?」

「今は言わないけど、数年後改めて言うよ。その時に聞いてくれる?」


よくわからずに頷くと、ミカは嬉しそうに笑った。そして今度はミカの方からジュリの手をとって、皆のいる温室に歩いて行った。

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