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笑わない魔女は光の聖女に憧れる  作者: 悠里愁
終章 いつか帰るところ
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石の記憶

シグナは日がな一日湖のほとりに座っていた。別に湖が好きなわけじゃなく、ここが水の魔力が強い場所だからだ。


人の姿になるにはそれなりに魔力を消費するが、ずっと魔物の姿でいる方が無駄に戦闘に巻き込まれる事もあって面倒らしい。元々高位な魔物程争いは好まない。


魔物は自分の属性の強い土地にいると聞いたのをジュリは頭の片隅で思い出す。


シグナが考えていることはたったひとつ。生存するために魔力を得る事だった。


通り過ぎる人間を生き物だとは認識しているが、解り合う対象とは見ていない。魔力の量で餌として食べるか一方的に判断しているだけだった。


そんなシグナの思考を感じ取れるように、ジュリはじっと集中して見守った。




ある日、ジュリの姉が話しかけてくる。

魔力はほとんどない、一般的な平民で食べるに値しない。魔力の強いこの場所に留まる方が効率がいい為、出来れば村人に手を出したくなかった。何人も行方不明者が出れば、騎士団が調査に来るのは過去に学んでいた。


しかし次に出会ったひと回り小さな人間には、思いのほか魔力が溢れており、狩ろうかどうか一瞬迷った。結局問題を起こすのはやめたが、優し気な言葉を並べて少しだけ魔力を奪う事には成功した。


「私はジュリだよ」

「…ジュリ」


人間の名前なんて初めて呼んだ。利用されてるとも知らずに、魔力などいらないという人間はこちらにはとても都合が良かった。


「はあ、なんで魔力なんてあるんだろうね」

「僕にとって魔力は必要なものだから、なくては困る」

「そうなの?私はいらないかな」


へえ


「なら、ちょうだい」


魔力は一方的に全て奪うとる事は出来ない。契約という形は魔物や精霊たちの中でも、数多く存在する理のひとつで、何かを差し出す代わりに欲しい物を得る事が出来る等価交換だ。


その代わり相手の望みを叶えなくてはいけない。けれどジュリの口から出たのは予想だにしないものだった。


「姉ちゃんを好きになってあげて」


は?


自分たちにとって、人間はただの餌でありそれ以上のものではあり得ない。知りもしない感情をどうやって知れと言うのか。


「ちゃんと人を好きになる気持ちを知るまでは駄目だよ」


困惑する自分に止めを刺すジュリがとても苛立たしい。ただ短命な人間と違って、自分たちには時間は無限にある、暇つぶしと思えばいい。


人間を知れば今後の狩りに役立つかもしれないしな


打算的な考えを巡らせて了承したが、少女との契約を破棄する機会はすぐに訪れた。契約者が死んでしまえば全て白紙になる。魔力が奪えないのは惜しいが、ただそれだけの事だと割り切ってしまえば良かった。


「心音が…」


助かったのに、二度も命を断とうとしたよくわからない人間。


これも人間を知ればわかるのだろうか?


今にも死にそうなジュリを見ながら、少年は少し考えた。精霊として契約すれば、契約者の魔力が相乗効果で上がる。


精霊か…


主従契約までしなければ、契約自体を破棄する事はそこまで難しくない。何より忘却の魔力を契約もなしに当てるのは、器の小さな人間には負担になるだろう。


ジュリの魔力を強制的に奪って契約する。そして複雑な忘却の魔法陣を展開した。ジュリの身体からキラキラとした光が陣に吸い込まれ、目を覚ますのと同時に消えた。


「誰?シグナ?」

「…うん、シグナだよ」


目覚めたジュリは殆どの記憶が抜け落ちていて、家族は姉を失ったショックだろうと幼い少女に話さないようにした。それを都合よく利用して、少年はジュリの側に居られるシグナになった。


誰かに純粋に信頼された事がなかったので、最初はとても戸惑った。知れば知るほどジュリの周りには悪意を持った人間が多く、目を離すと死にかねない。


庇護欲


最初に知った人間らしい感情だった。


そして同時に、慕ってくれるジュリに自分の正体を知られたくないと感じた。何かのきっかけに記憶が戻るかもしれない危険もあったが、それ以上に自分が魔物だと知られて怖がられるのが嫌だった。


それはジュリが学院に入るとあっけなくバレてしまった。けれど変わらず接してくれるジュリに少しだけの安堵を感じたが、人間と精霊の違いを見せつけられる生活が始まった。


独占欲


次に嫌でも知った感情だった。村では何をするにも自分を頼ってくれていたジュリが、人間の友達が増えてあまり話してくれなくなった。


「私だってシグナを守りたいの」


そんな事望んでないよ


自分の知らない所で何かある方が余程耐え難い。ずっとあの村でいた方が良かったとは言えないが、現状に満足も出来なかった。愛情は多い方がいいとわかっていながら、叶うならジュリと二人だけでいたかった。


「その人が一番大事で、姿を見れたら嬉しくて、側にいたい気持ち…」


以前ジュリが言っていた台詞を反芻する。


精霊になっても人間を好きにはなれなかった。特にミカという人間はなぜか無性に苛々する。

けれど魔物に戻った時にもうジュリだけは食べる事はできないだろうと思った。


自分が魔物なのを後悔したことはない、そして人間になりたいと思った事もない。けれど、ジュリの側にいられる何かにはなりたかった。


これも人間の感情なのか、シグナにはよくわからなかった。




「ジュリ!」


はっと目を開けると、目の前にはミカがいてシグナの石を一緒に握っていた。


「どうしたの?何を言っても無反応で…一気に魔力を流したのがいけなかったのかな?辛い?」


ジュリは何も言わずに、ただ涙を流した。


「ジュリ…?」


ミカが怪訝そうな表情をしながら、問いかけてくる。けれどそれはジュリの耳には入らなかった。


シグナは自分よりもずっと人間の感情を理解していた。言葉で伝えてくれる事はなかったけれど、彼は行動でずっと示してくれていた。


何よりも大事だと


彼が最初のように魔物としての心しか持っていなかったのなら、シグナにはあんな最後は訪れなかったはずだ。人間を庇うなんて愚かな行為は絶対にしなかった。


けれどシグナは魔物としての矜持を捨て去った代わりに、人間の弱さを手に入れた。


それは思いやりであり、慈悲であり、人間らしい愛情と呼べるものだった。


何でこんなもの見せるの?


ずっと我慢していたのに。もういない相手には伝える事も出来ない。


「うぅ…」

「ジュリ、何があったかわからないけど今は時間がない。みんながいつ起き出すかわからないから」


そういえば今は計画の実行中なのを思い出して、ジュリは泣きながら顔をあげた。


ミカがシェリアに忘却薬を飲ませた後に、十分に魔力が行き渡ったシグナの石を描かれた陣の上に乗せた。それは青い光を放ち、水の陣なのだとジュリは理解した。


キラキラとした光がシェリアの身体から出てくる様子に既視感を覚えた。


「…私、その陣見たことがある気がする」

「忘却の陣だよ。本当は僕一人じゃ起動させるのは難しいんだけど、ジュリの魔力も精霊の道しるべもあるからね」


陣が消えてもシェリアが目を覚ます事はなく、成功したのかはわからない。


「やれる事は全て終わったよ。出よう」


ミカは無言でジュリの手を取ると、そのまま談話室までの道のりをゆっくりと戻る。


「さっき、何で泣いていたの?」

「私もよくわからないけど、シグナの記憶が流れてきたの」


それを聞いたミカが少し驚いたようだったが、考え込むように呟いた。


「シグナは死んだわけじゃないから、記憶が残ってても不思議ではないけど…僕は見なかったな」

「ミカはシグナと仲が悪かったから見せてくれなかったのかもね」


少し元気になったジュリの物言いにほっとしながら、ミカは話を続けた。


「そんなにシグナが大事?もう二度と会えなくても?…僕よりも?」

「シグナとミカは違う人間じゃない。同じように比べる事なんて出来ないし、思った事もないよ」


長い間の後にそうかと言ったミカの表情は少し俯いていて、暗がりの中じゃよく見えない。談話室まで戻るとカレンが待っていてくれて、ミカは口数少なく男子寮に帰って行った。


ベッドに潜り込んだが、なかなか寝付けずにいると聞き覚えのある声が聞こえた。


「良かったな。過去に戻ってきた甲斐があったじゃないか」

「アガレス、私ずっと聞きたかったんだけど。最初の手紙が来た時点で、あれが未来から来たものだって知ってたんじゃないの?」

「まあな。俺の能力を使ったものは残滓でわかるよ」

「じゃあ、何で教えてくれなかったの?」

「面白くないじゃん。それに…」


ぼんっと枕で叩いて虫をしとめる。それ以上声が聞こえなくなったのを確認して、ころんと反対向きに横になる。


明日は学院祭。

違う明日が来ることを願いながら、ジュリはゆっくりと目を閉じた。

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