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笑わない魔女は光の聖女に憧れる  作者: 悠里愁
終章 いつか帰るところ
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薬作り

ライが流石にここでは作れないのでと、宿の一室を借りた。何でも工程で失敗すると毒をまき散らすような薬草もあるらしい。何それ怖い。


ジュリ達は机を動かして簡易的な薬台を準備する。そしてライがジュリ達に出来るだけ詳しく教えてくれる。


「ほとんどは学院で手に入る薬草みたいですね。僕が持っているのと合わせると足りると思います。ただ下準備が少し面倒なのです」

「面倒…?」

「ええ、こちらは魔力を出来るだけ抜くためにこの液体に入れて、こっちは毒素を中和させるためにすり潰す時にこの葉を入れてください。この根は色によって含まれる効果が違うので…」


ほぼ全ての薬草に下準備が必要で、ジュリは目を瞬いた。


薬ってこんなに大変なものだっけ?…私が作る回復薬が失敗するわけだよ


ジュリは基本的に刻んですり潰すだけである。薬学がとても繊細なものなんだと卒業前に知った。


ライの横に一応護衛としてアルスを挟んでジュリ、そして薬学はあまり得意ではないと言いつつカイルも手伝ってくれるようだ。


しかし何故か一人足りない。


「…師長?なんでひとりで後ろに座っているんですか?」

「得意な方に任せようと思いまして」


つまり何もしないようだ。一応ひとりで街に飛び出さないだけマシである。でも騎士に調合させてるのに魔術師が見学ってどうなんだろうね?


台の上を見ると学院で習った薬草がほとんどない。むしろ見知らぬ薬草ばかりで、いかに難しいのかわかる気がした。


ジュリの目の前の薬草はなぜか一塊で纏められている。調合する時にやりやすいように紐をほどくと、根っこがぴくっと動く。


…ん?


そう思った一瞬の隙にいきなり根を足のように使って、跳ねる様に逃げ出した。


「えっ…ええええ!?薬草が逃げた!!」


ジュリが叫ぶと咄嗟にアルスが片手で掴み、残りをカイルが部屋中駆け回りながら捕まえる。目を見開いて動く薬草を見ていると、ライが大変でしょう?と笑いかけてきた。


「どんな薬でも、作れるかは知っているかどうかだけで、学べば知識は誰でも身に付きます。難易度が高いと言われるのは、材料集めが困難な事が殆どなのですよ」


学院でも豆が飛んでたし、びっくり薬草は意外と多いようだ。


ぎゅっとひとまとめにすると、ぴたりと大人しくなった。なるほど、その為に紐で縛ってたのか…


とりあえず貴重な薬草を失うわけにはいかないので、ジュリは比較的簡単な補助だけをしていく。ライが一番薬学に優れているのはわかるが、次に役立っているのがなぜかアルスだった。


「アルスは上手だね。騎士コースの薬学は低学年だけでしょ?」

「僕は何やってもそれなりに出来るんだよね。カイルみたいに何か極端に秀でてるわけじゃないけどね」


ああ~カイルは本好きだけど、どっちかというと肉体派だよね


「アルスは確かに頭脳派ってかんじ。いつも色々考えて動いてるよね」


話しながらごりごり薬草を削って液体を足すと、見ていたアルスがぎょっとした。


「ジュリちゃん、それ違う!」

「え?ぎゃーっ」


ぼんっと音を立てて小さな爆発が起こり、ジュリは後ろに吹っ飛んだ。早々に失敗した。


「ああ…ジュリちゃんはもっと考えて…」

「ごめんなさぃ…」


師長の横に座って、ジュリも一緒に見学になった。悲しい。

騎士二人の方が役に立っていて、魔術師の二人が見学という奇妙な状態にジュリはため息を吐いた。


そんな様子を見ながら、師長が笑いながら話しかけてきた。


「貴方は卒業しても調合はしない方がいいかもですね。僕と一緒の魔術研究の開発専門分野に来ませんか?」

「えー…一応見習いに行きますけど師長みたいな戦闘狂じゃないですから、出来ればもっと穏やかな職がいいなと思ってます」

「魔術研究は戦闘だけじゃないですよ。歴史、精霊など様々な専門に分かれている人気の職なんですから、きっと気に入ると思います」


胡散臭そうに見るジュリに構わず、師長は続けて説明する。


「聖女関連の機関もあって、僕もそうですが魔術研究の一部の人間が担当しています。けれど当事者にならないとなかなか理解は出来ないものです。師匠がしたかった事の半分もまだ実現できていないんですよ」


そういえば師長は聖女試験の責任者だったね


「貴方も実際に体験したのでしょう?今の制度で変更すべき事が沢山あると思いませんか?そういう意見の窓口にもなります。国に受け入れられるのは何年もかかるでしょうけれど」


考えておいてくださいねと言われた時、ライから薬の事について尋ねられた。


「この薬の効力だけど、濃度はどのくらいにするんですか?」

「濃度…?」

「それによって忘却の範囲が違います。だいたい強めで三年くらいの記憶を失うでしょう」


そういえば何年分の記憶を失くしちゃうんだろう?三年じゃ…駄目だよね。


シェリアの記憶を見た時に、五歳の誕生日にディアスと出会ったのを思い出した。しかしそれだと約十年分の記憶の中にディアスがいる事になる。それだけの記憶を失くしてしまったら確実に生活に支障が出る。


「特定の記憶だけを失くすとか…できないよね?」

「多分精霊にも無理でしょう。自分自身で記憶障害を起こしたなら別ですが、そんな器用な事が出来るのは人間だけです」


シグナは忘却を冠する精霊だったけれど、確かにジュリの記憶を奪った時も姉の事だけじゃなく、その年齢全ての記憶がなくなっていた。


「僕なら五年くらいまで効力を強められますが、それ以上は使用者に負担がかかりすぎるのでお勧めできません」


ライが無理だと言うのなら、本当に危ないのだろう。ジュリは出来るだけ強めで作ってもらう事にする。


けど、あと五年どうしよう…


「それと、この薬草を作った方の忘却薬はありませんか?」

「へ?」


手元にあるのは多分カレンに用意してもらった学院の温室にある薬草だ。ジュリが首を傾げていると、師長がああ、と理解するような声を出した。


「それ、育てた魔術師の魔力によって使用量が変わるんですよね」

「ええ、僕は本人ではないのでこの薬草を使った完成品を見せてもらわねば、この先の工程に進めません」

「ミルゲイ先生ですよね?薬品棚にあるんじゃないですか?」


ジュリが師長に聞くと、うーんと難しい顔をされた。


「貴重な薬剤は作り置きは普通しません。劣化もありますが盗難の危険性もありますから、使う時に使う分だけ作るのです」


確かに何か悪だくみに使われたら大変な被害にあう物もあるだろう。管理できる分だけを作るというのは納得できた。


えっでもそれじゃ作れなくない?


「この薬草って忘却薬以外に使わないんですか?」

「忘却薬の他は、惚れ薬なんかに使ったりもしますね」


その時カイルが調合の器具を落とした。カラーンと小気味よく響いた音に驚いて、ジュリは声をかけた。


「え?カイル大丈夫?」

「あはは、違う違う。カイルは惚れ薬にいい思い出がないんだよ。ほら、二年生の時に霧の校舎攻略のご褒美に、僕が貰ったやつが惚れ薬でさ。試しにカイルに使ったら一日くっついて離れなくて大変だったんだよ。シェリアはもちろんディアスも笑いを堪えてた」


アルスは面白そうに話しているが、カイルは後ろを向いていて表情はわからない。しかしあの無表情のディアスが笑うというならかなりの窮状だったのかもしれない。ちょっと見たかったなと思ったら、カイルが剣を抜きそうになったのでアルスと一緒に慌てて止める。


もう言わないと約束したが、カイルはひとりで部屋の隅の方へ行ってしまった。ごめん…


話題を変えようと、ジュリは出来るだけ明るく話しかけた。


「霧の校舎懐かしいね!みんなで一緒に…」


“回復薬、惚れ薬、忘却薬のどれにするかって。作って置いてくれるとさ”


あれ?


ジュリは徐に自分の鞄を漁った。食べ物が多いが、回復薬や道具屋で買った魔術道具などありとあらゆるものが入っている。


「…あった」


ジュリは霧の校舎の報酬にミルゲイ先生が作った忘却薬を選んだ。使える場面がなかったので、ずっと鞄に入れっぱなしだった。


ライに渡すと、濃度は違うが魔術師の魔力を調べるのは十分だと言われた。そしてジュリが渡した忘却薬は薄い黄緑だったが、ライが作ったのは深緑の液体だった。


これが五年分の忘却薬


今の所手紙の書いている事で実行できなかった事はない。


ならこの後もうまくいくんだろうか…?


明日は学院祭の前日。最後の手紙が届く予定の日だ。


何が書かれているんだろ?


宿を出てすぐに、ライは別れようとした。ジュリが咄嗟にライのマントを掴むと、少しだけ困った顔をされた。


引き留めたってどうしようもない事をジュリは知っていたが、なぜだが無意識に掴んでしまったのだ。ゆっくりと離すと、ライが少しだけ屈んでジュリの耳元に何か呟いた。


あまりに小さく囁くので、聞いたジュリにさえ確実に聞き取れなかった。けれど何を言ったのか何となくわかった気もした。


「またね…」


ライが去った後学院に戻ると、なぜかミカが待っていた。そしてジュリに小走りで近寄ってくる。


「ミカ?何してるの?」

「ジュリに協力する」

「え?」


あんなに頑なだったミカが、何故いきなり意見を翻したんだろうか?なにかあった?


ミカの手には何故か手紙が握られていた。けれど予定の手紙は明日のはずだ。それにミカが持っている手紙は他の白いものと違って薄い紫色の封筒だった。


じゃあ私の手紙とは関係ない、普通の手紙…かな?


ただ何となく気になって、ミカの手の中の手紙をじっと見ていると、それに気づいたのかポケットに入れられた。そして何でもないよと笑ったミカの笑顔が、少しだけ悲しそうだった気がした。

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