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笑わない魔女は光の聖女に憧れる  作者: 悠里愁
終章 いつか帰るところ
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市民街の諍い

ジュリ達は市民街に行くために、周囲から浮かない服装に着替えた。さすがに学院の制服では無理だが、商人や旅人も多いのでローブは着てもいいそうだ。


フードを目深に被って、いつもの鞄に回復役などを詰め込む。ついでに買い物もできないかなと少しだけ硬貨も入れた。


「師長、市民街のどこに行くんですか?」

「中央広場を指定しました。返事は返ってきていませんけれど」


中央広場は子供が遊んだり涼んだりできる憩いの場だ。すぐ近くに商店が並んでいるので、市民のちょっとした休憩所になっている。


そういえば、ライと買い物行った時も一緒に休憩したなあ


懐かしさに顔を緩めていると、いつの間にか市民街に到着した。城下町なので貴族街よりもかなり近い。カイル達は物珍しそうにあたりを見回している。通り抜ける事はあっても、こうやって足を運ぶ機会は少ないのかもしれない。


貴族達にはそこまで興味をそそられない物でも、平民出身のジュリからしたら十分目を引く。鳥の串焼きにふらふらと釣られて道をはずれそうになったのを、アルスが首根っこを掴まて止めてくれた。


「護衛対象がどこ行くの」


アルスに苦笑いを返している間に、今度は師長が商店の一角にふらふらと近寄っていく。


「僕はこっちを見てるから、カイル行け!」


護衛と言うよりお守のようで、まだ何も始まってないのにカイルとアルスは忙しそうだった。ごめんね。


今日は平日だからか、中央広場の人は疎らだった。きょろきょろと辺りを見回してもライの姿はない。


「…まだ来てないみたいですね」

「すぐには姿を現さずに、周囲を伺っているかもしれませんね。ですから人数は少ない方がいいかもしれません。護衛を僕と貴方で分けて、居残る者達と買い物客に紛れて見張る者達に分けましょう」


それ、師長がさっきの商店に行きたいからじゃないよね?


目がうきうきしていて、何か研究の材料でも見つけたのかもしれない。先ほどの店に行きたいですと目は口ほどに物を言っている。


ジュリとアルスは中央広場でのんびり待つことになった。


「あの教師、ちょっとおかしいと思ってたけど、やっぱりおかしいな。色々と自由すぎるだろ」

「アルスは騎士コースだからそんなに面識ないんだっけ?あの人はあれが普通だから…」


護衛が必要な案件に、生徒を残して買い物を優先するのは、さすがに他の教師はしないだろう。私もお腹減ったのにずるいよね。


ぼーっとしていたら、店を構えていない手売り商人がジュリ達に声をかけてきた。籠の中には沢山の草花が入っている。アルスが不思議そうに中を覗き込む。


「何これ?草?」

「平民は調合済みの薬は高くて買えない事もあるから、こうやって薬草だけ売り買いしたりもするんだよ。こっちはすり潰して傷につけたりするし、こっちは熱さましに効くよ」


貴族が使うような高度な薬草ではなく、近場で簡単に手に入れられるものだが、平民たちに重宝している。傷も病気も自分たちで何とかしなければいけない事が多いからだ。


手に取った薬草を屈んで籠に戻す時に、薬売りも何故か一緒に屈んだ。


「今日はどうしたんですか?」

「え?」


ジュリが不思議に思って顔をあげたのは、その声に聞き覚えがあったからだ。商人は口を覆いジュリと同じようにフード付きのマントに身を包んでいるが、じっと見つめてくる目を驚いて見返した。


「ラ…っ」


その時耳元で、来るぜという声が響いた。それがいつもの闇の精霊の声だと気付いて、怪訝な表情で何が?と聞き返す。


「アルス、どけ!」


突然のカイルの声と同時に、アルスが瞬時にジュリを掴んで後ろに飛んだ。商人はマントを切り裂かれたが、自身は軽い跳躍で攻撃をかわした。


どうやら師長たちが見張ると言っていたのは嘘ではないようで、ジュリを囮として接近してくる人物を見定めていたようだ。


「危ないですね…売り物がめちゃくちゃだ。全部買い取って下さるんですか?」


ライの体術を見たアルスが、お前のような商人がいるかと小さく突っ込んだ。


「やっぱり罠ですか?僕を捕まえるつもりなのでしょうか?」


ジュリが違うと言いかけたが、その前に師長が口を開いた。


「そう思うのに何故来たんですか?貴方は警戒心が強いので、来られないかもと思ってました」

「…直接手紙が来ましたからね。どうせ逃げても無駄だと思っただけです」


カイルがそのままライに突っ込んでいくのを、ジュリは驚いて叫んだ。


「カイル!?」

「ジュリはそのままアルスと安全な所へ」


市民が叫びながら逃げていくのも構わずに、いきなり戦闘になったが師長は止めない。カイルになんて説明したのかわからないが、いきなり攻撃するのを見ると碌な事は言っていないだろう。


師長は最初からライを確保する過程はどうでも良かったのかもしれない。とりあえず退路だけは断てるような位置にいる。


師長ー!


ジュリは異様に腹が立って、ペンダントに魔力を注いだ。そして自身の風の精霊を呼び出す。ライが少し警戒するようにジュリの方を見たが、それも構わずオトに話しかけた。


「師長とカイルを拘束して」


ジュリの言葉にカイルとアルスは困惑するが、師長はいつもの顔で僕は魔術が使えないんですけどと、何か言っている。


オトが風で二人の動きを封じたが、危害を加える物じゃないのでしばらくそうしていてもらう。アルスには振り返って、後でちゃんと話すからとその場で待機してもらった。


ライと真正面に対峙して、ジュリはゆっくり話しかける。


「久しぶりだね」

「はい、今日はどうしたんですか?」


ジュリは忘却薬の作り方の書かれた紙を差し出して、これを作るのに協力して欲しいと言った。ライはそれを目を細めて見た後に、微笑みながらジュリに話しかけた。


「なぜ僕に協力を仰ぐのですか?」

「え…?ええっと、未来の私がライなら助けてくれると信じてる…からかな?」


ライが困ったような顔でよくわかりませんと言うが、ジュリもよくわからない。


「こんなもの飲んだら、下手すれば死にますよ。魔術でも記憶…人間の頭をいじる事は難しいのを知っていますか?」

「え?そうなの?そういう魔術は確かに習ってないけど…」

「殺したいならもっと簡単な毒薬の作り方をお教えしますが」

「結構ですっ」


勢いよく首を振るジュリを見ながら、ライがフッと笑った。


「作る事はできると思いますが、僕が持っている薬草だけでは足りません。あと…ちょっと面倒な薬草がありますね。少し条件を付けさせてもらえるなら協力してもいいですよ」

「ほんと!?」

「まず、薬は市民街にて作る事。学院にはそれなりの器材や薬草があるでしょうが、僕が行くことはないです。今の状況をみたらお判りでしょう?」


カイルが突然襲ってきたのだ。さすがに学院に来ても危険じゃないよとは言ってあげられない。


「次に、僕にとっての利益を下さい。貴重な薬草と知識を差し出すのですから…。貴方達とも借りという形で繋がっていない方がいいと思うのです」


その言葉にちょっとした寂しさも感じながらジュリは頷いた。


「…ライは何が欲しいの?」


ちなみにジュリはお金は持っていない。金銭を要求されたら師長に丸投げしようと考えた。


「僕が欲しいのは情報です。この国は謎が多すぎるでしょう?調べている事がツギハギだらけで意味をなさずに困っているのです」


正直これはジュリがいいよと言える情報なのかがわからない。ライは学院に居た頃に聖女関連にかなり近い所まで探っていたのは、教えてもらったジュリが一番よく知っている。


ちらりと後ろの師長を見ると、拘束されているのになぜか余裕で笑っている。本当にライを引き入れる過程はどうでもよかったようだ。無理やりでも、ジュリに説得させるとしても。思い通りに事が進んで満足という顔で口を開いた。


「わかりました、貴方の質問に何でもひとつだけ答えましょう」


そしてカイルとアルスの戦闘態勢を解いて、交渉成立した。とりあえず学院で用意できる薬草をカレンに用意してもらう為カイルにお使いを頼んで、程なく器材と薬草を持ってきてくれた。


「ああ、丁寧に下準備までしてくれてますね。カレンさんはきっと優秀な薬師になるでしょうね」

「うん、すごく頑張ってるよ」


懐かしそうに目を細めるライを見ながら、ジュリは少し眉尻を下げた。


本当はカレン達に会わせたかったんだけどな…


「元々貴方とも会う事はないはずでしたし、僕と会っても気まずいだけでしょう?今後も会うつもりはありません」


そんなジュリの表情を読んだような言葉に、思わず反論してしまった。


「そんなことないよ!カレン達だってきっと…」


そしてその言葉を止めたのはライではなく、アルスだった。


「そいつは隣国の者なんだろう?だから多分…ジュリちゃん達の為に言ってるんだと思う」


ジュリが首を傾げると、アルスが説明してくれる。隣国の者と懇意にしてるのを見られたら、今度は自分たちが間者と疑われる可能性が高いと言われた。ライは学院に在籍していたので、学院にも国の上層部にも顔が知られている。


先ほどの借りで繋がっていたくないという言葉も、そういう意味を含んでいたのかなとジュリが黙り込むと、ライがこれは独り言ですがと前置きをする。


「次代が変われば人も変わります。いつか、貴方達が国を担う時代が来るでしょう。十年後か二十年後かには、もしかしたら国の情勢が変わるかもしれません。隣国は僕が生まれる十数年前までは魔術師の国と国交があったのですよ」


そうしたら顔を見るくらいは出来るかもしれません、と小さな声で呟いた。


ライがカルロ達に友達として対峙しようとする気はもうないのかもしれない。覚悟を持って隣国のために動いている彼だから。


けれど決して会いたくないと思っているわけじゃないのを感じて、悲しくてどこか嬉しかった。

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