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笑わない魔女は光の聖女に憧れる  作者: 悠里愁
終章 いつか帰るところ
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忘却薬

ジュリが目覚めると、シェリアと一緒にベッドで倒れていた。もしジュリが男なら夜這いと言われてもおかしくない態勢に、目を見開く。


戻った…?


じっと寝ているシェリアを見ながら、原因はわかったがそれでどうすればいいのかさらにわからなくなった。十年越しの想いを失恋で終わらせて、その気持ちをジュリがどうこう出来るとは思えなかったからだ。


心の中では嘘はつけない。立ち直るには時間が必要だが、その時間もあるとは言えない。二人の気持ちがどうにもならない以上、現状は揺るがない気がした。


これで聖女の審判を受けたら、シェリア様はまた聖女になっちゃう


しばらく考えていたが、ここにずっといるわけにはいかないので、ジュリは静かに救護室の扉から寮に戻った。


寮の談話室にはカレンとカルロが待ってくれていた。深夜なので二人以外誰もいないが、出来るだけ小さな声で話す。


「原因は多分、わかった。けど他人が説得や慰めで解決できるような事じゃないと思う」


また同じ運命になってしまうというジュリの言葉に、手紙の事を知っている二人は何となく予想はついていたのだろう。カレンとカルロは顔を見合わせて、難しい顔をする。


「恋愛絡み…だよな。そのくらい、どうにかなんねえのかな」

「無責任な事を言うな。貴族の縁組が重要なのはローザとの婚約までどれだけ難しいかで、お前もよくわかっているだろう?」


俺は関係ないだろとカルロが盛大に突っ込みながら、結局話はまとまらなかった。


「とりあえず三枚目の目的は果たせたんだろう?まず四枚目の内容を考えないか?」


そういえば手紙はあと一枚解読しなければいけなかったのを思い出した。ジュリ達は頷いて明日それについて話し合う事にした。



次の日、起きてしばらくするとカレンがいつの間にかいなくなっていた。


もうすぐカルロとの待ち合わせの時間だけど、どこに行ったのかな?


ぽてぽてと廊下を歩いていると、ジュリは後ろから声をかけられた。


「誰かお探しですか?」

「カレンを…い゛っ!?」


何故か師長がカレンと一緒に立っていた。ジュリにとって今は一番会いたくない人物の登場で、顔と声が引きつってしまった。


「カレン…どうしたの?」


どうして師長といるの?という副音声は届いたようで、カレンが少し目を逸らす。


「彼女は温室に侵入しようとしていたので捕まえたのです。あそこは生徒は立ち入り禁止ですからね」


以前温室には貴重な薬草があると聞いたことがある。立ち入り禁止は知っていたけれど、すぐに侵入者を捕まえる事が出来るのを見ると、教師が何かしらの魔術を施しているのかもしれない。


「でも何でそんな所に…?」


言いかけてジュリはハッとした。四枚目の手紙は何か高等な薬の作り方が書かれていたはずだ。それの為に忍び込んだ可能性が高い。


あああ、そうだ!カレンは普段は常識人だけど、薬学が絡むとちょっと弾け気味になっちゃうの忘れてた!


けれどなぜ師長はジュリの所へわざわざカレンを連れて来たんだろうか?そろりと師長を見上げると楽しそうな笑顔で口を開いた。


「何やら面白そうな事をしているなと思ったのですが、聞いても応えてくれないので…。仲の良い貴方なら、多分この件も関わっているのでしょう?この紙に書かれている薬の作り方、誰に教わったのですか?」


身体検査もされたのか、手紙をぴらっと見せられた。


ひえっ


「このレベルの忘却薬の作り方は学院では教えていないでしょう。かなり強いものですから、使い方によっては人体に影響が出ますよ」

「え?忘却薬?」


知らなかったのですか?と尋ねられて、ジュリは素直に頷いた。


四枚目が忘却薬…?それを作れって事?


作れと言われたらそれを使う相手がいるはずだ。そしてそれは、手紙がたったひとりの事をずっと示しているように、あの人しかいない。そこでジュリはその意図がわかった気がした。


聖女に心の弱さをつけこまれるのが防げないなら、全て忘れさせろ


そう言われた気がして、少し顔を歪めた。傷心に涙を流すのも辛いが、それを忘れてしまうのも別の意味で辛いような気がしたからだ。


忘れるというのは辛いことだけじゃなく、嬉しいことすらなくなる。その人と一緒に居たかけがえのない思い出を捨てるのは、自分の人生で得た何かを失う事に等しい。少なくてもジュリの人生の半身ともいえるシグナを忘れてしまうのはそういう事だ。


本当ならシェリア様には忘れるのでなく、時間をかけて乗り越えて欲しい。でも…


一人で考えていると、師長から聞いていますかと伺うような声が降ってきた。


「はいっ!?」

「何を企んでいるんですか?正直に言わないと、この紙は没収ですよ?」


それは色々な意味で困る。ジュリがここにいるのは、その手紙の先へ行かなければならないからだ。


どうしよう?師長に説明する…?


じっと師長を見上げると、最初と会った時と同じように考えていることは読めない。けれどそれがあの時程怖いと思わないのは、師長と過ごした時間があるからだ。同時にこの人に嘘は通用しない事もよく知っていたので、ジュリは大まかに説明する事にした。


カレンを寮に戻して、師長とジュリは二人で長い話をした。出来るだけ丁寧に話をしていったが、師長はジュリの話に口を挟まず、じっと聞き入っていた。


「…なるほど。貴方の話は理解しました。筋は通っていますが、それを信じる証拠はありますか?」

「え?」


友達の反応と違うのは、何もかもを根拠なく受け入れてくれないという事だった。それは教師としては正しいし、聖女の事について動くなら、それは国の宮廷魔術師が動くという事だ。大人と子供ではやるべき事の重要性もまた違う。


「と言われましても…」


ここで全て嘘だったと突き通す方がいいのか、全力で信じてもらえるようにしたらいいのか、ジュリには判断ができなかった。けれどジュリが体験した事も、皆に託された言葉も、嘘だとはどうしても言えなかった。


「例えば僕に何か言われませんでしたか?」

「師長から…?特には…、私に全て任せてくれると言って何も指示はもらっていません」


ジュリに対して強制する言葉は、むしろ意図して言わなかったのかもしれない。


「あ、でも…師長が自分の闇の精霊の事を詳しく説明してくれました。知識を司る悪魔なんだと…。それを覚えていろって言われたんですが、何でですか?」


今の師長に言われた事ではないが、同じ人物なのでわかるかなと思って尋ねてみると、師長が少し驚いた顔をした。


そしていいでしょうと言って、ジュリに手紙を返してくれ、学院祭までは協力すると言ってくれた。いきなりの態度の変化にジュリは目を瞬いて、動揺した。


「え?え?いきなりどうしたんですか?」

「貴方が今、証拠を示したでしょう?国を動かせるほどの確たるものではないで、今はまだ僕個人が動くだけですがね」


証拠と言われても今の会話の中に何かあっただろうか?ジュリが困惑していると、師長は笑いながら説明してくれた。


「僕は自分の精霊を人に教える事はしません。けれど貴方は知っていた…それは余程の事が起こったのだという僕にだけわかる証拠です。未来…と言っていいのか、僕は貴方にこうなる事がわかっていたから、切り札として教えていたのでしょう」


僕の事を一番わかっているのは僕ですからと、頭がこんがらがりそうな事を笑って言った後に、師長は真面目な顔で向き直った。


「けれど貴方の言葉を信じるという事は、聖女が近く現れるという事です。もし貴方が未来を変える事が出来ないと判断したなら、僕は彼女を殺します。それはいいですか?」


はっと背筋を伸ばして師長の言葉を受け止める。


「それをしない為に私はここにいます」


ふっと笑った後に、手紙に書いてある忘却薬について教えてもらう。


「忘却薬だとはわかるのですが、僕は薬学は専攻ではないので完璧に説明はできません。ミルゲイ先生に聞くのが一番なのですが…」


なんと今年の冬の休暇の間、学院に残る教師がミルゲイなので、その前に早めの長期休暇を取ったようだった。タイミング悪っ!


学院に居ないというミルゲイを呼び戻せないのかとジュリが問うと、今からじゃどんなに急いでも間に合いませんよと返された。宮廷魔術師の派遣も聖女の事を内密に進めないといけないので要請は出来ない。協力を得ようとすれば、その後のシェリアを一生軟禁状態にされる覚悟が必要と諭されて諦めた。



その後カレンやカルロと合流したが、何故か仲間に加わった師長を二人は怪訝そうに見つめる。僕の事はお気になさらずと笑う師長がさらに怪しい。


「カレンはどうして温室に入ろうとしたの?」

「作り方も複雑だが、希少な薬草を何個も使っている。さすがに今から森に行って探すのも難しいので、温室にないか調べようとしたんだ」


師長が、ではそれは僕が請け負いましょうと言ってくれた。採取はミルゲイへの申請が必要だが、師長はたまに内緒で研究に使っているらしい。ジュリは聞かなかったことにした。


「そして次に作り手なんだが…、実践不足な私一人じゃ作れないと思う。薬学に精通している者がいてくれるといいんだが」


実質的にこの場でその役を担うのは、カレンと師長しかいない。皆が師長を見るとうーんと困ったような顔をされた。


「僕は魔術研究と精霊戦闘に特化した魔術師ですからね。薬学の知識に関しては一般的な魔術師とそう変わりませんよ」


つまり興味ない事は特別詳しいわけではないと…


「けれどその為に助言がついているのではないですか?この言葉の意味を考えてみませんか?」


“学び舎の外に探し人”


漠然としている短い文章に皆は頭を悩ませた。

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