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笑わない魔女は光の聖女に憧れる  作者: 悠里愁
終章 いつか帰るところ
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恋心

ジュリは夜に忍び込む前に、協力者であるカルロやカレンにその事を伝えておく。勝手な行動は出来るだけしないように心がけるつもりだ。私良い子じゃない?


「はあ!?忍び込む!?アホか」

「確かに、なぜそうなった?」


あれ?駄目?


予想外に反対されて、ジュリは困惑した。


「決定的な原因がわからないから…手紙にもカズラに頼めみたいな事書いてたでしょ?」

「そうじゃなくて、なぜ忍び込むんだ?それに夜には学院の警備員はいるし、侯爵令嬢にはそれなりの護衛がつくだろう?」


そういえば令嬢がひとりでいるとは考えにくい事に今気づいた。昼間は学業や交流を優先しているので、護衛は見えない場所に待機しているらしい。


「だって、あんなに表面上隠しているのに、結局無理やり覗くようなものなんだよ?シェリア様は知られたくないだろうし…」


でもそれは無理だから、せめて知らない振りが出来る状況を作りたい。無事に解決できても、こちらが一方的に弱みを握っているような関係性にはなりたくなかった。


ジュリの言いたい事は理解してくれたのか、苦笑しながら二人はため息をついた。



深夜、寮を抜け出したジュリは、暗闇の中を目的地まで駆けていく。その場所に着くと同じような影がふたつあった。


「ふう。これすごいね、カルロが作ったんだよね?」


そう言って自分がかけているメガネを触る。暗闇の中でも灯りをつけず視界良好で動き回れる便利なものだ。得意そうにカルロが笑う。


「この手の魔術道具は珍しくないけどな。買うよりは安いからさ」

「よし、じゃあ今日の見回りは西側からだから、東から回るぞ」


カレンに誘導されながら三人で救護室に向かう。出来るだけ動きやすい服装だが、必要だと思う道具はいつもの鞄に詰めてきた。


意外と誰もいないなと思っていたら、救護室の手前でいきなり声をかけられた。


「誰だ!」


ひえっ


咄嗟にカルロとカレンが隠してくれたので、小さなジュリは二人の身体の後ろで縮こまった。


「い、いや~もうすぐ卒業なんで寮で騒いでたんですけど、ちょっと具合悪くなったんで救護室に…な?」


カルロの無茶ぶりに合わせないといけなくなったカレンが、顔を引きつらせながら付き添いですと呟いた。


「急を要する重病人以外は、深夜立ち入りは許可されていない。治療が必要なら寮に医療術師を派遣するが?」

「いえ、そこまでは…」


シェリア様の警護の人かな?


二人が対応しているのを後ろの方で聞いていたが、手で行けと指示されて、ジュリは無言で頷いて救護室に入って行った。


二人ともありがと


出来るだけゆっくりと扉をあけると、布で仕切られたベッドの近くにぽつんと仄かな光が灯っている場所がある。シェリア様がいるのかなとそろそろと屈みながら進むと、途中で何か当たってしまった。


あいたっ


「誰かいるの?」


声はシェリアではないので、多分世話係だろうか。棚の近くで近づいてくる足音に一瞬で青ざめた。


ひええ、何か…何かっ…


パニックになりながら、周りをきょろきょろ見渡した後に、自分の鞄を漁る。音のした棚を確認しに来た足音がジュリに迫った。


「…?あら、何の香り?…まあ、シェリア様でしたか」

「ええ、何か外で聞こえた気がしたけど、気のせいだったようです。もう寝るので静かにして下さいね」


愛想笑いで下がっていく世話係を見ながら、ジュリは心臓の動悸を出来るだけ落ち着かせる。


あ、あ、危なかったー!


手の中の香水を見ると、まだ一度しか使っていないのにすでに半分くらいに減っている。


あと一回くらいかな?


カタスティマで老人に扮した道具屋に売ってもらった香水で、別の誰かの姿になる事ができるらしい。今のジュリはシェリアの姿に見えるようで、なんとか危機を脱した。


仕切られた寝台に入っていくとシェリアが寝ていたので、カレンに教えてもらった風の魔術を使った。深い睡眠に誘い、簡単に起きなくなるらしい。


「昏々の風」


身体に害はないようだから、大丈夫だよね


そして自身の土の精霊を呼び出して、彼女の心の中を見たいとお願いする。


「確かに深層心理に近い情景は見れるかもしれないけれど、貴方の目的のものが見つかるかはわからないわ」


原因に近づけるかはわからないって事…?でも他に手がかりはないし、手紙に書いてたから何かあるとは思うんだよね


「わかった、お願い」

「じゃあついてきて」


手を引かれて土の中に沈む感覚に目を閉じる。次に目を開けた時はどこかの屋敷のようで、小さな女の子が両親と一緒に笑っているのが見えた。周りには招待客なのか、たくさんの人がいた。


「五歳の誕生日おめでとう、シェリア」

「ありがとうございます」

「今日は貴方に素敵な方を紹介するわね」


そう言って連れてこられたのは、小さなカイルだった。婚約者としての顔見世だろうか?二人は子供同士で少し離れた所で楽しそうに話しだした。


「本当は僕の友達も紹介したかったのだけど、派閥が違うから母上が許してくれなくて…」


そうしてカイルが指さした方向に赤い髪の少年が両親と一緒に挨拶していた。多分幼い頃のディアスだろう。


「まあ、綺麗な赤い髪ね」


そう言って見惚れるシェリアを見ながら、ジュリは過去のシェリア達の出会いを見ているのだと気付いた。


「十年近くも前から一緒だったんだね。私と似てる…」


ジュリもそのくらいからずっとシグナと一緒に居た。そんな事を考えていると、横から声がした。


「でもあの女の方が可愛いけどな」


唐突に話しかけてくる虫を叩きながら、邪魔はしないように注意する。


すぐに場面は切り替わり、シェリアは少し成長していて、近くにはアルスとカイル、そしてディアスがいた。


「今度婚約者と初めて会うんだよ。カイル達は初めて会った時どんな会話した?」

「僕たちは最初そんな事知らずに友達になったからな。後で婚約者だって言われて…」

「ええ、でも変な人よりカイルで良かったと思うわ」


ふふっと笑うシェリアの横で、じっと黙っているディアスにアルスが話しかける。


「ディアスもなに自分には関係ないって顔してるんだよ。お前もそのうち見知らぬ令嬢と引き合わせられるんだからな」

「そうか」

「そうか、じゃない!その調子だとすぐに相手の令嬢につまらないって言われるぞ」

「あら、アルスは場を賑わせてくれるけど、ディアスは寡黙なのがいいのよ」


四人はとても仲が良さそうで、どんな場面でもいつも一緒に居た。


しかし数年後、ディアスの環境は一変する。貴族から弾き出されたディアスにシェリアはとても心配しながら両親に訴える。


「どうしてディアスに会う事が許されないのでしょう?私達は友人なのです」

「身分は弁えるべきだと厳しく教えただろう。シェリアは爵位を継くのだから、侯爵家として正しい振る舞いをしなさい」


以前聞いたディアスの事情を思い出しながら、なんとなくわかる範囲で話を聞いていく。どうやらシェリアの家はディアスを快く思っていないようで、交流を断てと言っているらしい。


こんな厳しい家でよくシェリア様みたいな人が育ったよね


シェリアも貴族としての志は厳しく持っているが、優しくてちゃんと思いやりがある女性だと思う。平民のジュリを見下すような事は今まで一度もなかった。


その後カイルの父親が取り成して、ディアスを引き取ったようだった。同じ侯爵家でも全く違う対応に、貴族でも様々なんだなと感じる。


それからもカイルとアルスと一緒に、ディアスとシェリアは仲を深めて行ったようだ。学院は保護者が介入できないので、学生同士の交流は邪魔はされない。


シェリア様の父親には内緒で、カイル達も協力してたのかな


ちょっとカイルとアルスの好感度が上がりながら、物語はジュリの知っている場面になった。


「シェリア、俺はこの婚約を受けようと思う。だからこれ以上は君に何も応えてあげられない」

「ええ、当然ですね。二人で出かけるのもこれが最後にしましょう。彼女を大切にしてあげてください」


何かを言いたげなディアスは、一度目を伏せてそのまま踵を返して去っていく。これは貴族街に赴いた、あの日の二人の様子だろうか?


ジュリが思わずシェリアに話しかけたが、シェリアは具合が悪いので救護室に行くとしか言ってくれない。


ああ、私じゃシェリア様は心を開いてくれない…!


「ねえ、アガレス。シェリア様を止めたりできる?」

「それは俺の能力じゃない」


だよね…何か…


そしてふと手紙の文章を思い出す。


“届く声は赤髪の少年ただひとり”


そしてはっとしたジュリは鞄を漁って、残りの香水を自身にふりかけた。


ディアスの姿をしたジュリはシェリアの腕を掴んで引き留めた。寡黙なディアスとして何を言っていいかわからなかったが、シェリアの表情を見て自然と声が漏れた。


「…泣いてる」


シェリアが泣いているのを初めて見たジュリは、思い切り狼狽した。しかしそれより早く、彼女が言葉を続けた。


「私は侯爵家として、決められた相手との縁組は了承していますし、相手を尊重して支えていく覚悟もありました。けれど…けれど、貴方が誰か他の女性のものになるのを見る覚悟は、出来ていませんでした」


あ、これ―—


誰にも弱音を吐かずに、涙を見せない彼女が唯一泣ける場所はきっとひとりだけなんだろう。ジュリがたったひとりしか見せられない様に。


気丈な彼女が聖女を受け入れてしまった弱さは、きっとこれしかない。シェリアは白い扉を開けて、幸せな夢に逃げてしまったのかもしれない。


恋心はどんなに強い意志を持つ女性もただの少女に戻してしまう。そしてそれを否定できる気持ちをジュリは持っていなかった。

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