贈り物
カイルに寮まで送ると言われたが、カルロを放置しているのを思い出して、寄るところがあると言って音楽室にやってきた。
室内にはいなかったが、近くの階段の隅に蹲っている顔色の悪いカルロを見つけた。
「何でこんな所にいるの?」
「お前が待ってろって言ったんだろうが」
そういえばそんな事を言った気がする。怖がりのカルロは七不思議である音楽室にひとりでいるのは耐えられなかったが、ジュリが言った事は律儀に守っていたらしい。
ごめんて
「あとね、明日買い物パスって言ったけどやっぱり付き合って欲しいの」
「はあ!?」
無理だったらひとりで行くけどと言うと、なんで気が変わったんだと指摘された。それについてなんて言おうか迷った。
「うーんと…ちょっとシェリア様を見守っていたいの」
元々誤魔化しや嘘が苦手なジュリは、色々考えたことがすっぽ抜けてぽろっと言ってしまった。
「シェリアを?なら僕が一緒に行こうか?」
カイルには思う所があったのか、好意で申し出てくれたが、ジュリは頭を振って断った。
「カイルには出来れば、学院に戻ってきたらディアスの気をどうにか引いて、シェリア様から離してほしいの。多分私やカルロには難しいから…」
なぜ?と言われたが、ジュリにもよくわからない。けれどあの手紙の事を無視しない方がいいとは思っただけだ。
カイルやカルロからしたら、意味がよくわからないお願いをしていると思う。核心に近い事情は言えないし、何か企んでいると訝しがられてもおかしくない。
そんな事を難しい顔で考えていると、二人からわかったと言われた。
「え?」
「買い物ついでにお前の都合に付き合えばいいんだな?」
「僕もアルスにも声をかけておくよ。こういうのはアイツの方がうまいから」
ジュリは目を瞬いて、それ以上言及しない二人にいいの?という顔で首を傾げた。
「だって君は戯れでそんな事しないだろう?いつだって真剣に僕らの事を考えてくれたじゃないか」
「俺とお前がどれだけの時間一緒にいたと思ってるんだよ。理由なんかなくても手助けしてやるよ。ひとりで突っ走る方がよほど心配だ」
その言葉が涙がでそうなほど嬉しかった。信頼は目に見えない物だが、時間をかけて確かに降り積もっているものなのだと思ったから。自分を肯定されたような気さえする。
「あ、ありがとう…」
困惑気味でお礼を言った後に、カイルはジュリをカルロに任せて、さっそくアルスに話をつけるために帰って行った。
その後でふとカルロがジュリに話しかけてきた。
「なあ、お前の言ってることってあの手紙が関係してるんじゃないか?」
手紙には分からない単語もあるが、読んだカルロには思い当たる事があるのは妥当だった。
「うん…。でも私も分からない事が多くて、なんて言ったらいいのか…」
「でも必要だと思ったからその通りにしようと思ったんだろ?まあ…とりあえずひとりで行動するなよ」
ちゃんと頼れと言われて、カルロが今までで一番頼もしくみえた。
カルロと別れた後に自室でジュリに話しかける声が響いた。
「なあ、あの女をどーすんの?早めに処分しないと時間ないぜえ~」
「わっ」
すっかり忘れていたが、自分には話し相手の虫、もとい闇の精霊がいたのだった。
「そんな事しないように頑張ってるんだから。あの手紙だって多分…助言みたいな気もするし」
「手紙、ねえ」
「何なの?揶揄うだけなら大人しくしててくれる?」
「へいへい」
闇の精霊にはこの時間に戻してくれた事には感謝するが、いきなり話しかけられて吃驚するし、何よりあまり有益な事は言わないで結構うるさい。静かになったので、やっと落ち着いてベッドに横になった。
次の日、アルスが早朝に出発時間を教えてくれた。元々一緒について行く予定だったらしい。
そういえば婚約者がいる貴族は異性と二人でお出かけは体裁が悪い?とかなんだっけ
「本当はカイルも誘いたかったんだけど、ほら、振られてからも~うざいくらい落ち込んでたからさ。あはは」
「おい」
アルスとカイルの会話を聞きながら、懐かしい雰囲気に顔が緩んだ。
「けど帰ってきたらすぐに引き離せ、ねえ?よくわかんないけど、まあ学院内で目撃されるのは避けたいってのは賛成かな。もう二人とも婚約者持ちだし、特にディアスの相手は悋気気味だしね」
二人に協力してもらってディアスの方は何とかなりそうなので、ジュリはシェリアの方を受け持つことにした。
シェリア達が貴族街に出発したので、ジュリもカルロと一緒に見える範囲で後をつける事になった。二人の仲睦まじい様子をこっそり見るのはちょっと居た堪れなくなりそうだった。
「なあ、これ意味あるのか?離れすぎて声も聞こえねえじゃねーか」
そんな事言ってもできるだけ要因になりそうな事は見逃したくない。どうせ一週間しかないので出来る事は全部やっておきたいのだ。
ほとんど二人で買い物をしているが、女性向けの店はシェリアひとりが入っていくこともあった。その時間にディアスも何かを買っているのが見えた。
…?そこさっき、シェリア様と二人で覗いてたよね?
やっぱり買う事にしたのかななんて思っていると、そろそろ帰るようで二人で街の入り口まで歩いていくのが見えた。
ジュリがひたすら二人から目を離さずに見ているので、仏頂面のカルロが貴族街の境の露店で布を見繕って来てくれた。
すっかり忘れていたジュリはお礼を言いながら、料金を支払う。友達の間でもお金のやり取りはちゃんとしなくちゃね!
「おい、俺達も帰るぞ」
「あっそうだね」
早めに学院に戻っていないと二人を引き離すタイミングがとれない。少し気になりながら振り返ると、まだ二人でしばらく留まって話をしているのが見えた。
学院に帰ってくるとカイルが待機していて、戻ってきたディアスを連れ出してくれた。
「お前はあの令嬢の方なんだろ?」
「う、うん。でも何も考えてなかった。どうしよう」
「無策かよ!」
カルロに怒られながらしばらく悩んでいたが、なぜかシェリアはその場から動こうとしない。一応声をかけるために、偶然を装ってカルロと一緒にシェリアに近づいた。
「あら、シェリア様じゃないですかーどうしたんですか?」
おい、その棒読みなんとかしろとカルロに突っ込まれながら話しかけると、シェリアは一瞬人形のような生気のない顔をこちらに向けた後、いつも見る穏やかな笑みを見せた。
「いえ、ちょっと考え事をしていて…。少し気分が悪いので救護室に行こうと思うので、寮監に戻るのが遅れると伝えてもらえるでしょうか?」
「それは構いませんけれど…大丈夫ですか?」
ふらふらと歩いていくシェリアを見ながら、これで良かったんだろうかと不思議に思う。特に何かあったとは思えないけど…。
「一応手紙の言う通りにはしたけど…」
「そういやお前の手紙ってさ、今日もどこかの場所が書かれてなかったか?」
そういえばジュリの手紙にはまだ続きがあったのだった。今日は美術室だ。
カルロに七不思議の場所だけどついてくるのかと聞くと、ひとりで行かせるわけにはいかないだろと、ちょっと足が震えながらも一緒に来てくれることになった。
昨日と違って日が暮れつつあるので、少しだけ恐々した雰囲気を感じながら美術室に行くと、教室の前に人影が見えた。
カルロがひゅっと声にならない叫びと共に後ずさりながら、ジュリは目を細めて近寄った。
「…カレン?」
カレンは読んでいた本を閉じると、ジュリ?と不思議そうに近寄ってきた。手には白い封筒を持っている。
「カレンもそれを受け取ったの?」
「もって事はジュリ達もか?書いてある内容はわからないが、私の字だから捨てられなくてな」
見せてもらうと、今度はジュリにもよくわからない文章だった。
“土の獣が案内人
白い翼の少女は心の奥に閉じこもる
届く声は赤髪の少年ただひとり”
「ジュリはこれが何なのかわかるのか?」
「ううん…」
シェリアとディアスの事なのだろうが、最初の一行が意味不明だった。土の獣…?
そしてジュリにもカルロにも同じように白い封筒が届いたのを伝えると、カレンは少し考え込みながら偶然じゃないなと呟いた。
カルロがもうじき日が暮れてここは暗くなるので、今日はもうそれぞれ寮に戻ろうと言ってきた。ジュリが了承して三人で来た道を戻っていくと、なぜかディアスと出くわした。
「シェリアを知らないか?」
「…シェリア様は救護室で休まれていると思うけど」
もうすでに寮の門限も近く、ディアスはそうか…と呟くと、何かをジュリに手渡そうとしてきた。
「俺は明日から学院祭までこの学院を離れる。これをシェリアに渡しておいてくれないか?」
布につつまれているが、ちゃんとした包装はされていないようで、中を見ようと思えば見えそうだった。
「アイツがちょっと欲しそうにしてたから。けれどいらないと言われたら好きにしてくれ」
「えっちょっと」
それだけ言うと、ディアスは身を翻してもと来た廊下を戻って行った。
何かディアスも会いにくそうだったけど、もしかして言ったのかな?婚約者のこと…
そして手の中の布をするりと取ると、そこには少し大きめの鍵のようなものがあった。鈴のような飾りが付いていていかにも貴族のご令嬢が気に入りそうだ。そして飾りの石に陣のような刻まれているのが見えた。
あれ?これって魔術道具?んん…?
しかしどこかで見た事あるなと思いながら、ジュリは必死で思い出す。
“自分にぴったりの精霊に会える精霊の鍵だよ”
あ
これをディアスがシェリアに渡していたら、あの手紙に書かれていた事は現実になったかもしれない。そして疑問がひとつ解消された事で、手紙の内容が嘘ではなかった事にさらに恐怖を覚えた。