最初の手紙
ジュリはどうにか翻意を促したくて、ミカに再度詰め寄ったが説得は無駄に終わった。
どうしよう…
頑なな態度にこれ以上言っても無理だと悟り、ジュリは一人で廊下を歩きながら考える。シェリアに直接聞こうかと思ったが、彼女の性格からしてジュリに弱音を吐露してくれるとは思えない。
だからと言って一日中彼女を探して付きまとうのは怪しすぎるし、警戒されると何もできなくなるかもしれない。
どうやったらシェリア様の内情を探れる…?
こういう頭を使うのは苦手だったので、ミカを頼りにしていたのだが…。誰かに内容を打ち明けようとすると、聖女の事を話さなければいけなくなる。
まだ危機も起こっていない今それを話すと、うまく未来が変えられたとしても、その後に何かしら問題が出るのはないかと思った。聖女の事も闇属性の事も国の重要機密だ。
みんなを巻き込めない…けど
師長ならどうだろうと思ったが、だめだとすぐに諦めた。師長なら信じてくれるかもしれないが、シェリアを殺してしまう可能性が高い。
「うー」
とりあえずうろうろと廊下を歩いてシェリアを探してみたが、そうそう都合よく会うことは出来なかった。四年生はもう授業がないので、貴族街に出かけたりして全員が集まる事はほぼない。
ジュリは一応寮に戻ってきたが、やはりシェリアもいなかった。カレンはギリギリまで薬学の勉強をしているのか、日中は図書室に入り浸っている。
ぽてっとベッドに寝転がると、まだ何もしていないのに疲れたように感じる。このまま目を閉じると寝てしまうかもしれないと思い上半身を起こすと、ジュリの机に白い封筒が置かれているのに気付いた
「なに?」
ジュリに家族からの手紙は兄が経由して渡してくれるし、カレンからの置手紙かなと手に取った。表も裏も白い封筒で中に一枚の紙が入っている。
書いてある内容はたった四行で、日付と場所のみだった。今日と明日と明後日の日付が並んでいて、最後の日付は学院祭の前日だ。
そして場所は音楽室、美術室、東階段の大鏡、離れの渡り廊下と書かれていた。
これって、七不思議じゃない?
二年生にレイリと一緒にまわったのでよく覚えている。しかも一番不可解なのは、この文字が自分の書いた字とそっくりなのである。
こんなの書いた覚えないよね…?
何故こんなものがあるのか不思議に思いながらも、今日の日付が書かれているのが気になった。
「今日は…音楽室?」
音楽室も美術室も、ジュリ達の授業で使う事はほぼなかった。放課後の選択授業や同好会の集まりなどが主に使うくらいだ。しかも全校生徒が知っている学院七不思議は、興味の対象であれど頻繁に生徒が出入りする場所でもない。何となく気味悪がられているのもある。
多分、今はどこの学年も使ってないはず
ジュリは手紙を持って、音楽室に急いだ。
目的の場所に着くと、やはり人はいなさそうだったが、ゆっくりと扉をあけて一応中を確認する。日が入る日中なので、それほど不気味でもなく教室に足を踏み入れると、ちょうど死角になっていた扉の横の壁に誰かが座っていた。
「ぎゃあ!」
「うわっ」
ジュリが驚いて飛び上がると、そこには見知った人物が同じように驚いていた。
「カルロ!なんでそんなとこにいるの!?びっくりしたじゃない!」
「俺だって来たくて来たんじゃねーよ!呼び出されたんだよ!」
そう言って右手に、ジュリが受け取ったのと同じような白い封筒を掴んで見せてきた。
え…?
「しかも書いてる事意味わかんねーし。でもなあ、覚えないけどこれ俺の字なんだよな。お前何か知ってる?」
「う、ううん。私も同じような封筒を受け取ったの」
ジュリの白い封筒を見せると、お互いに誰かに呼び出されたのだと知る。
「ねえ、一緒に見せ合わない?私もよくわからなくて」
「ああ、まあ、いいけど」
カルロは少し不気味なものを見る様だったが、同意してくれた。
カルロはジュリの手紙を見て、なんだこれ?と首を傾げていたが、ジュリはカルロの手紙を見て、動きを止めた。カルロは意味がわからないと言っていたが、ジュリには分かる部分があったから。
“明日、白い翼の少女は赤髪の少年と貴族街へ
学び舎に帰ってきたらすぐに二人を引き離せ
間違えれば扉がひとつ開く”
下の方には、日付とここの場所に来る事、手紙は待ち合わせ場所に行くまで誰にも秘密に、と書かれていた。
「カルロ、これ誰にもらったの?」
「誰って…起きたら机の上にあったんだよ」
白い翼の少女も扉も、普通の生徒ならよくわからないかもしれない。しかしジュリや師長のように、聖女の審判を受けた人間には読み取れるように書かれている。
どういう事?
まるで短編の詩集のような、どこか物語の一文のようにも思わせるものだった。なぜこんなものがあるのかわからないが、ジュリが呼び出されて見せられたのは偶然ではないという事はわかる。
白い翼の少女がシェリア様なら…赤髪の少年はディアスだよね?二人は明日デートなのかな?
「なあ、ジュリは意味がわかるわけ?あと、そういえばさ、お前買い物が必要だってカレンが言ってなかったか?」
「買い物?」
そういえばこの時期、ドレスの布を買いにカルロに付き合ってもらったのを思い出した。
「あ~今それどころじゃないからパスで」
聖女の事が片付くのなら、ドレスなんてつんつるてんでもいい
そんな事を思っていると、やっぱりこの文章が本当の事なのかだけでもシェリアかディアスに確認したくなった。ただどこか確信めいたものがあったので、確証が欲しいと思った。
これを誰が書いてどうやって届けているのかはあとで考えよう
「カルロはここで待ってて。すぐ戻って来るから!ここ七不思議の場所だから生徒もほとんど来ないと思うし」
「は!?嘘だろ!?」
もしかして知らなかったのか、後ろからけたたましい叫び声が聞こえた。
カルロは大きくなってもまだ怖い話がダメなんだね
ちょっと微笑ましく思いながらも、二人を探して学院を駆けまわった。途中アルスに会って二人の場所を聞いたが、ディアスは婚約者の彼女と一緒らしい。
そういえばさっき会ったっけ
なら邪魔はしない方がいいと思って、シェリアを探す事にした。
シェリア様はディアスの婚約者をどう思っているのかな
そう思いながら図書室の扉を開けると、カイルとシェリアがいた。
やっと見つけたー!
急ぎ足で入ると、ジュリに気づいた二人が微笑んで小さな声で話しかけてくれた。
「やあ、君も見納めに?」
カイルが話しかけてくれたので話を合わせつつ、シェリアに挨拶した。
「あら、カイルの言っていたように、本当に本が好きなんですね。私たちも人の事言えませんけど」
ふふっと笑ったシェリアは特に顔色は悪く見えない。明日は救護室のはずだが、いきなり具合が悪くなるのだろうか?
「あの、シェリア様明日…は?」
「明日はディアスと貴族街に行く予定ですけれど」
何か?と優雅に首を傾げる様子に、やっぱりあの手紙はシェリアの事を言っているのだと思った。
という事は引き離さなければいけない事が、明日起こる…?
嫌な予感がしながらも、ディアスの婚約者の事を聞こうとした。
「シェリア様はディアスと一緒に居た…」
「ディアスがどうかしましたか?」
え?
ふと横のカイルを見ると、少し困ったような顔をしながらジュリを見ていた。そして緩く頭をふって、口を噤むように言われた気がした。
もしかして知らない?ディアスの婚約者の事…
自分がカイルやアルスの立場だったら、彼女に言えるだろうか。どんなに秘密にしてもいつかバレてしまう事だ。ならば出来るだけシェリアが笑顔でいられる時間を長くしてあげたいというのは、分かる気もした。
シェリアがまだ図書室で本を選んでいる途中で、ジュリは別れを告げてカイルと一緒に廊下に出た。
「シェリアには…ディアスが直接言いたいらしいから」
ジュリの疑問を答えるように、カイルは歩きながらぽつりと呟いた。
「そう、なんだ」
結ばれるはずはないと最初からわかっていても、その日が来るのはとても辛い。ジュリはシェリアがこれから味わうだろう悲しみを感じて、胸が痛くなった。