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笑わない魔女は光の聖女に憧れる  作者: 悠里愁
終章 いつか帰るところ
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交渉

「ぎゃうっ」


ジュリが目覚めて最初に聞いたのは、自分の叫び声だった。なぜか近くで屈んでいるミカに頬をつねられている。


痛い痛いと訴えると、ミカがパッと手を離した。


「だってジュリが呼んでも揺すっても起きないから」


だからって…もっと優しく起こしてよう


大丈夫なの?と聞いてくるミカの後ろに、黒髪の少年が立っていた。


「貴方が、もしかして…」


一応周囲に人がいたので名前を出さないように言ったが、そうだよと黒髪の少年は笑った。見た目の年齢はジュリ達とそう変わらなそうに見える。


アガレスを知っているミカは警戒するような顔をしたが、師長は興味津々に近寄ってきた。普段お目にかかる事は出来ない闇属性の精霊二人目だ。


「アンタがじーさんの契約者か」


アガレスが師長をまじまじと見て言い放った言葉に、ジュリは驚いた。じーさんとはもしかして師長の闇属性の精霊の事だろうか。確かに紳士らしい佇まいだけど言い方!


「ええ、初めまして」


その言葉がジュリには貴方の能力に興味がありますという副音声に聞こえて、大丈夫かなと師長を見た。けれど流石に時と場所を考えているのか、契約について早急に話を進めた。


「それで?時を操る貴方の代償は何ですか?」

「唐突だな」

「時間がありませんし、出来れば僕のいる所で話して頂きたいと思います。彼女はまだ若いので甘言に騙されかねません」


甘言?


主を騙すと言われた悪魔はにんまりしながら、まあねと笑った。


「過去に戻りたいんだっけ?そうだなあ、一日戻るごとに寿命十年と引き換えくらいかな」

「はあ!?」


思わず叫んだジュリを師長はため息をつきながら、考える仕草をした。


カルロの言葉を使うなら、いくらなんでもぼったくりすぎる。一週間も戻ればジュリの寿命なんて尽きてしまうのではないだろうか。


一生に一度限りと言った言葉の意味が分かった気もする


「そんなに意外か?人間には絶対不可能な事なんだぜ?たった一日でも誰かにとっては命と引き換えにしてもいいくらい大事な日かもしれない。そう考えると十年くらい安いもんだろ?」


確かに言われてみればそうかもしれない、けれどそれは殆どジュリの命と引き換えだと言っているに等しい。


でも断るって道はもう、ないよね…?


現状起こってしまった事は、戻らないと解決しない。失ってしまった物を取り戻すには立ち止まっている時間はないのだ。


ジュリが答えを言う前に、師長が口を挟んできた。


「僕らの寿命を考えると、こちらの負担が重すぎます。今の条件だと承諾しかねます」


勝手に断られた


「いいのかい?それで困るのはお前らだろ?」

「取引とは考える余地を残さなければ成立しないのですよ」


一歩も引かない師長を見ながら、ここは自分の出番ではないと口を噤んだ。


「それに取引に応じなければ貴方も損をするのでは?欲しいのは結局魔力でしょう」


え?と見上げたジュリと目が合った師長は、出来るだけ簡単に説明してくれた。


「寿命分の魔力が欲しいのですよ彼らは。魔術師にとって魔力は命に直結しているものですからね。少し条件を緩和して頂ければどちらも得になるでしょう?せめて一日につき一年にしてもらえませんか」

「はあ!?流石にそれはないね。せめて半分、五年だろ」

「わかりました、では一日につき五年で」


にっこりと交渉を成立させた師長を見ながら、これは商人の手練手管だと思った。最初にありえない値段を提示して、後でその半分くらいを提示されるといいかなと思わせてしまうのだ。


うーん、師長にそんな才能があったとは


それでも五年は大きい。どのくらい戻ればいいのだろうと考えていると、師長が話しかけてきた。


「まず貴方は過去に戻って何がしたいのか決まっていますか?」

「え?…と、聖女の降臨を止めたいです?」


とは言ってもまず何をしなければいけないのだろう?そう思っていると師長から驚くような言葉が発せられた。


「止める方法はふたつ。シェリア嬢を殺すか、審判を受けさせないようにするか。前者の方が確実だとは思いますけどね」

「え!?」


正直そうした方が合理的なのはわかる。大量の犠牲者を出す前に、要因を取り除くのは国が昔からやってきた方法だ。けれどジュリはそんな事を考えもしてなかった。


「ですが貴方には無理でしょう。それに無理強いした所で今の僕はいないので、止めようがありません。全面的に貴方に任せます」

「はい」

「後者を選ぶのなら、なぜそうなったのかの原因を探らねばなりません。これには時間がいるでしょう。最近の記憶で彼女の様子がおかしいと思った時期はありませんか?」


シェリア様の…


ジュリと仲がいいグループのカルロやカレンなら未だしも、シェリアとは常日頃話しているわけではない。出来る限りの記憶を辿りながら、思い出した。


試験前に話した時は、いつものシェリア様だった気もする…


「そういえば救護室にいるシェリア様と面会した時、いつもと様子が違っていたかも…何があったのかまでは追及しませんでしたけど」

「それはいつですか?」

「学院祭の一週間前くらいでしょうか?」


気丈な彼女がやつれた様子で、あの時おかしいなとは思ったのだ。けれどカルロ達に聞けるような気安い間柄でもないので、お見舞いだけで終わらせた。


やっぱり何かあったのかな


「一週間ですか…わかりました。では代償は僕が払いましょう」

「は?」


三十五年分の寿命を師長が払う?なんで?


「私の代償なのに、他人が肩代わりしていいの?」

「あーいいよ。だから生贄ってのは他人を差し出したりするだろ。そいつ闇属性持ってるし、結果的に貰えるもん貰えりゃこっちはそれでいいんだよ」


ジュリの闇の精霊は特にどうでもいいと言うように答えてくれたが、ジュリは師長を不安げに見つめた。


「師長はそれで大丈夫なんですか?死んじゃうんじゃ…」

「失礼ですね、僕はまだ若いんで大丈夫ですよ。それにそう長い間使える物でもなさそうですから。有効活用した方がいいですしね」

「そんな事、言わないでください…」

「冗談です」


ふふっと笑った師長を見たが、多分それは半分以上は本気だろう。ここにいても助かる道はないに等しい。


「いいですか?一週間しかありませんが、時間は有効に使って下さい。過去に戻るのは貴方だけですが、僕達は同じ時間に存在しています。うまく頼って貴方が望む未来を手に入れてください」

「はい」


そして側で見ていたミカとライが近寄って、ジュリに一言ずつくれた。


「戻ったら僕を頼って。僕は事情を知っているけど、未来を変える度胸はなかった。けれど君がしたい事ならきっと僕は協力する」

「うん、ありがとう」


ぎゅっと抱きしめあった後に、多分一番事情がわからないライが不思議そうに話しかけてきた。


「僕はまだよくわからないけれど、先ほどの彼が言っていたようなのと同じ事を、ジュリさんはするつもりなのですか?」


彼とはミカの事だろう。過去に戻るなんて信じられないとは言っていたが、心配するようにジュリを覗き込んだ。


「そうだよ。私にはその方法ができるみたいだから」


それでも怪訝そうな顔を崩さずに、さらに言葉を続けた。


「だからって、貴方がそれをする必要はないでしょう?その能力は貴方自身の為に使う物であって、国を救う事に科せられるべきではないはずです。極端に言えば、何もせずに事前に必要な人だけを連れて逃げてもいいんですよ?」


ライの言葉は上手くいくかはわからない、わざわざ危険な事をしなくてもいい、自分の事を考えろと言っているように聞こえた。


同時にライ自身も国に従っているが、それは愛国心からではない。似たような境遇に立たされそうなジュリを心配して言ってくれているのがわかった。


「うん、きっとそうしても誰も私を責めないとは思う。だから私は私がしたいようにするから心配しないで」


別に世界を救いたいとか、誰も死なない世界にしたいとか、そんな大層な事は考えていない。ただいつも通りの日常が欲しいだけ。


端から見たら何の代わり映えもない日常かもしれない。けれどそんな毎日を積み重ねて、私達は大人になっていく。大人になってあの頃は楽しかったねとか懐かしむような、そんな未来がただ欲しい。


人間ひとりの願い事なんて、そんなちっぽけで大したことなんてないのかもしれない。だって自分が出来る事なんて、限られているから。




その時建物が揺れる様な振動がして、ジュリ達は思わずよろめいて膝をついた。


「あいたっ」

「時間がないようです。貴方達ははやく逃げなさい」


師長が自身の闇の精霊と一緒に、陣を発動させるのを見ながらライ達と後ろに下がった。


そして上から肩車をするようにアガレスが飛び乗って来る。


「覚悟は出来た?アンタにさっさと死なれても困るんでね」

「え?」


何となく昔シグナに似たような事を言われたのを思い出しながら、大きな黒い翼に包まれて視界が闇に染まっていく。


師長の身体が白い矢に貫かれた瞬間を網膜に焼き付けて、ジュリは闇に飲まれた。

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