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笑わない魔女は光の聖女に憧れる  作者: 悠里愁
終章 いつか帰るところ
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綺麗事

ジュリが顔をあげるとそこは聖女の審判を受けた時のような、真っ暗な闇の中だった。


「えっ…?」


わけがわからず辺りを見回すと、見知った少女が立っていた。今ならジュリもそれがはっきりとわかる、懐かしい姉の姿だ。姉はうっすらと笑いながらこちらを見ている。


「姉ちゃんの姿になるのはやめて」


姉はもういないのを私は知ってる


ここが何処だとか、姉の姿をしているのが何なのかよりも、亡くなった大事な人の姿をされているのが嫌だった。それは見た目が姉なだけのただの偽物なのだから。


「じゃあこちらにしようか」


そうして次に現れた姿は、ジュリのよく知っている水色の髪の少年だった。一瞬狼狽えた後に、ジュリは目の前の何かを見据えた。


「どうして本当の姿を見せないの?」

「面白いからさ」


は?


意味がわからないが、表情や行動からもジュリを揶揄っているように感じた。


「俺はさ、天使とのやりとりでお前が面白そうだったから選んだわけだけど、最近はつまらないね。綺麗事ばかりで。特に今度は私が出来る事をしたいだっけ?あれは虫唾が走ったね」

「は?」

「だって本音じゃないだろ」


そんな事…と反論しようとして、ジュリが考える様に黙り込むと、シグナの姿の何かはさらに続けた。


「自分や家族を犠牲にしても、世界を救いたいなんて本気で思う人間なんてまずいない。金が欲しい、認められたい、誰かに愛されたい。人間は自分の欲望の為に生きてるだろ?」

「そんな…誰かの為に頑張ってる人も、いるよ」

「人間が献身的になれるのはそれが自分の為だからだ。失いたくない、手に入れたい。それは無償で不特定多数に向けたものじゃない。自分が選ぶものには限りがあるんだ」


昔ライと話した時の事を思い出した。自分で選んでこの生き方をしていると言った彼の言葉は悲しくて、けれど有無を言わせない力強さがあった。


「何が言いたいの?」

「だからー、本音で言ってみろって事。俺たちは表面的な言葉に興味はないんでね。面白くないし」


何となく、精霊の試練を彷彿とさせた。彼らはいつだってジュリの心を試そうとしてきたように思える。


「本音って言われても…」


正直、学院の皆を出来る事なら助けたいのは事実だった。決して見殺しにしてもいいなんて思わない。今までも無意識で人を助けようとする事が多く周りに怒られていたが、そんな風に思うのは姉の事があったからかもしれない。


「じゃあ国が滅ぶけど、代わりにアンタの大事な人たちは助かるって言われたら?」

「それは…」


ジュリは少し考えた後に、はっきり言った。


「大事な人たちをとるよ」

「うん、いいんじゃない?人の人生は取捨選択だ」


ジュリは全ての人間を助けられるとは思えないし、それを思うのはただの傲慢だと思っている。ただ見える範囲で出来る事があるなら、見捨てる事はしないと言うだけ。


本音を言えば国を救いたいなんて意識はないと言ってもいい。ジュリにとって大事だと思うのは人で、愛国心なんてものはまだ十代の少女にはなかった。


「貴方は過去に戻せる能力があるんでしょ?私は何を差し出せば叶えてくれる?」

「戻ってどうする?アンタの望みは命の回帰か?」


多分、そうなのだろうと思う。聖女を倒したいとか師長の義母のように国に貢献したいなんて思わない。ただ失ったものを元に戻したい。普通に生きていたら続く未来があったはずの人達だ。


「でも一番欲しいものは手に入らない」

「え?」

「俺の時間軸の支配領域に精霊は入っていない。言い換えるなら運命を変える事が出来るのは人間だけって事」


あ、ミカが言っていたのはこの事?


「つまりアンタの精霊は今じゃなくてもどこかで死ぬ運命だったって事。これは覆らない、それでも過去に戻りたい?」


シグナとはもう、会えない?


「…どうして?」

「さあ、人間の分類法に基づくなら同じ高位精霊だからじゃないか?下位種族の人間しかどうこう出来る権利は俺にはないって決められてるのかもね」

「人間は下位なの?」

「なんで上だと思うんだよ。けどそうだな…何故か精霊たちは人間に近づこうとするな。心を理解しようとして完全体の天使様が地に落ちたように。人間を解ろうとするのは不完全なものになっていくって事なのかも。俺は愚かだと思うし理解できないけどな」


けれど人を好きになってくれた自分の精霊たちを思うと、それが全く無駄だったとは思わないし、思いたくなかった。これはジュリが人間だからそう考えるのかもしれないが、心を通わせることで不完全となったとしてもそれが不幸せに結びつくとは思えなかった。


カズラも幸せそうだったもの


「それで、どうする?もちろん運命を変えるのは、莫大な代償も頂くけど。好きな相手のいない未来にそこまでする価値はあるのかね?」

「聖女の運命も変えられないの?」

「存在自体をどうこうは出来ないけど、降臨をどうにかは出来るんじゃないか?依り代は人間だろう」


ジュリにとって大事な物はもうシグナだけじゃなかった。学院で知り合った友達は、もうジュリが助けたい大事な人たちに入っている。


「なら、行くよ。私が欲しい未来の中にカルロ達は必要だから」

「まあ、その答えならマシかな。俺は自分の欲望を掲げない嘘つきは嫌いでね。人間はそういうのすぐ隠そうとするからさあ、まだ忠実に主の言葉だけに従ってる天使の方が理解できるよ」


ん…?


目の前の悪魔は、天使が現れる事になった起源を知っているのだろうか。


「聖女…天使は王様に裏切られてこの国を恨んでいるんじゃないの?」

「あ?天使はこの国や人間なんかどうでもいいんだよ。精霊は主以外に執着しないだろ?ただ何百年も昔に死んだ人間の言葉をずっと守っているだけさ。この国を滅ぼせってね」


それを聞いてジュリは目を見開いて驚いた。


「王様が言ったの?なんでそんな事言うの?」


何でも建国当初は国は不安定で、裏切り、裏切られての繰り返しだったそうだ。結局初代王様も毒を盛られて、国と人間を恨んで死んでいったのだと言う。


恨んで、こんな呪いを生んだのは…人間だったの?


ならばこの惨状も根本的には人間の自業自得だとも言える。何が正しいかよくわからなくなったジュリは目の前の少年を見つめた。


でもこの真実は師長は知らなかったよね?同じ悪魔でも知ってるのと知らないのがいるの?


「貴方のいう事が真実なら、なんでそれを知っているの?もしかして貴方ものすごく年寄りとか?」

「はあ?もちろんあんな原初の天使がいた時代には俺たちはいないさ。代替わりもあるしさ。ただ俺の能力は時間に関するものだから、まあ特別ってこと」


過去を自由に見れるって事なのかな


しかしそれが間違って聖女が恨んでいると伝えられているのかと思うと、少し悲しくなった。


「…貴方は過去を見てきて変えたいと思った事はある?」

「俺自身は過去や未来を見れても、変える事は出来ない不可侵性がある」


見てるだけ?


それはそれでもどかしい気もするなと見つめると、まあそれほど興味もないしねと返された。


「いつだって変えたいと思うのは人間だけだよ。それにそう簡単に出来る事でもない、人間なら一生に一度限りだと思った方がいい。リスクが大きいから」


そのリスクっての聞くのが怖くなってくる。


「でも過去を変えればこの未来もよくなるんだよね」

「過ぎ去った過去はひとつだけれど、未来は可能性の数だけ無数に分かれている。アンタが変える事で今の未来とは別物に分岐するんだ。もうここには帰って来れないから、よくなるかどうかを知る事は出来ない。ただ聖女が降臨しない時間軸が出来るだけ」


うーん?何だろう、この違和感


ジュリの代わりに消えたシグナが別の時間軸にまだ居たとしても、それがなかった事になるのは違う気もした。確かにジュリを庇ってくれたシグナはここにいたのだ。


別のシグナがいたとして、私はその人をシグナとして見れる?


ポケットの石の感触を確かめながら、自分が望んでいる事なのに腑に落ちない状況に少し混乱した。


でも迷っている時間はない


「ええっとアガレスだっけ?」

「…?なんで俺の名前知っている?」


多分、どこかの時間軸で会っただろうミカの存在を話すと怪訝な顔をした。


「俺が名を明かすのは契約者か同じ精霊だけだ」

「だからミカと契約したんじゃないの?」

「面白いと思えば力を貸す事もあるが、闇属性を持っていない者と契約は出来ない。前者なら名を明かす事はないと思うんだが」


えーと、つまりどういう事?


契約はしていないようだけど、なぜか名前は知っていたと。それってそこまで重要なのかなと思ったが、師長が頑なに名を明かさないのを見ると、契約には重要事項なのだろう。そんな事言われたような?


とりあえず目を覚ましてからだと言われて目を閉じた。寝ながら起きる感覚を不思議に思いながら、ジュリは意識を覚醒させていった。

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