負傷事件
「エクス契約?」
「はい、学年が上がるほど採取など危険な事が増えていきます。だから非力な魔術師は護衛に兵士や騎士を雇ったりするんですよ」
ジュリは昼の食堂でライやカレンとご飯を食べながら雑談をしていた。カルロは魔術の扱いが不得意で、居残り授業をしている。
うん、まあ必要だね。それはわかる
「それは表向きの言い方で、学院の恋人行事みたいなものだがな」
うん?
「貴族が多い学院では、領地からの護衛がすでにいますから、わざわざ雇う必要はないんですよ。だからその、好きな相手に頼んで了承されるのは恋人になるって意味もある学院の伝統です。決してそれだけではなく、まともに護衛としてエクス契約されてる方もいるんですけどね」
「ほう!」
「なんでそこで興味津々になるんだ?」
「え…女の子として流行りにのってみようと思って?」
むしろその契約は平民にこそ必要じゃないかと思った。貴族と違って身一つで学院に来たのだから。学年があがるにつれて護衛代がかかるなんて、カルロに言ったら国にたかれとでもいいそうだ。
「まあ、もっと学年が上になったらでしょうけどね」
そうやって締めくくって終わろうとしたのに、どこからともなく嫌みが降ってきた。
「まあ、まさか騎士方にそんな事頼むわけではありませんよね?彼らの信条に女子供には紳士的に常に弱きを助けよの精神がございます。くれぐれも弱い平民からそんな断れないような事を言わないでくださいね」
薄緑の髪の少女がいた。貴方、どこにでもいますね…
「大丈夫です、必要になったら兵士にお金、払います…」
とりあえずそう言ったら満足したらしく、さっさと自分の席に戻って行った。
ライやカレンと別れてジュリは、図書室に通うのが日課だった。まだまだ知識も足りないし、文字の読み書きの為に本を借りたりしていた。
本を返却して、何か面白そうな本はないかな~と物色していたら、見知った人物がいた。
「カイル様、こんにちは。今日はお一人なんですか?」
「こんにちは、そんな三位一体のような言い方しないでよ」
にこっと対応してくれたのは金髪の騎士見習いの一人だった。騎士は肉体派ばかりと思っていたが、意外とそうでもないのかもしれない。
「本が好きなんだ、君も?」
「勉強するのは好きですね。私は知らない事が多いので。でも建国神話が面白かったので物語も読んでみたいです」
「童話や民話は結構あると思うよ。これとか有名で…」
そう言って、お勧めの本などを教えてもらった。ジュリは顔色がわかる特技があるので、この人は本心から親切にしてくれているのが、初対面からわかっていた。そして、博識で騎士なんてモテるだろうなあと思った。明らかに育ちの良さも出てて、爵位も高そうだ。
思いのほか、借りた本が多くて小さなジュリには負担になるからと半分以上持ってくれた。いい人過ぎる。
廊下を歩いていると、これまた大荷物のカルロと出会った。
「何してるの?カルロ」
「見てわかんねえのかよ、俺らの教室に運べって頼まれたんだよ」
「僕らの教室に?なら、手伝おうか?」
前がよく見えなかったカルロは今気づいたとばかりに、隣のカイルに目を見張った。ただその提案はありがたかったらしく、よろよろして一度持っている荷物をおいた。
中には紙類や古い教科書が多かったが、一部お菓子の袋のようなものが入っていた。
「お礼に貴方の仲のいい人たちでどうぞだってよ」
お菓子の袋を開けるとそんな小さな手紙と菓子が詰め込まれていた、が、ジュリが最近見た見知ったものも入っていた。あの発火物のような草の入った紫の瓶だった。カルロがなんだこれ?と少し振るとみるみる泡のようなものが出てきた。
「ダメっ…!爆発しちゃう…!!」
ジュリが叫んだと同時にいち早く反応したのはカイルで、ジュリとカルロをひっぱって身を挺して守るような姿勢をとった。
その瞬間、校舎に轟音が響いて近くの教室の窓やらが砕け散った。
「うわっ…」
「あいたっ」
ジュリは、ふっと目をあけて自分が生きていることを確認した。欠片で少し手や顔が傷ついたのか血が手の平を赤く染めていた。そしてカルロも無事だったようで、たいした怪我もなさそうだった。
「カイル様、ありが…」
自分の胸に押し当てるように守ってくれたカイルはかなりの切り傷と背中に負傷していた。ただ、魔術師と違って騎士は胸当てのような物をローブの下にしているらしく、重症というほどではなかった。
「カイル様、大丈夫ですか!?」
びっくりして問いかけるジュリの真っ赤な手のひらを見て、カイルは顔を歪ませた。
「ごめん、僕がいながら婦女子に怪我を…。騎士として恥ずべき事だ」
ええ!?どう見ても巻き込んだのはこっちなのに…!?何言ってるのこの人
彼はやはり騎士で、しかも熱血君らしかった。
「こちらが巻き込んでしまったみたいです、ごめんなさい。以前も同じ事があって、私が平民だからこうやって嫌がらせする人がいるみたいです。むしろ助けていただきありがとうございます」
「以前にも同じ事…!?平民だからとそんな事をされて許してはいけない。それにこれは嫌がらせの規模ではないよ」
お礼よりも前半にひっかかってしまったらしく、なんか怒られた。
師長がやってきて、現場検証とけが人の救護をしていた。昼間の校舎で人通りもあったのでそれなりに巻き込まれて、窓ガラスで負傷した人も結構いたようだった。
「白昼堂々とやってくれますね、指定植物の入手経路は抑えたと思ったのですが…」
カルロに少し事情聴取もしたようだが、女性の先生らしき人に頼まれたらしいが、姿を見ていないようだった。そして、これは平民のカルロを狙ったのかジュリ達の教室に運べと指示されていたので、またジュリを狙ったのかよくわからなかった。しかし同一犯の犯行とされて、さすがに二度目は偶然では済まされない。
「けが人が意外と多いので、そちらの対応を先にしましょうか」
そう言って師長が嵌めている手袋をとると、手のひらと甲に不思議な模様のようなものが見えた。甲の方を掲げると緑色の陣が浮かび上がる。驚くことにそこから女性のような形をした明らかに人ではないものが現れた。
「女の人…?」
ジュリが呟くとカルロはそうだなと言ったが、カイルは女の人?と見えないようだった。
「彼女は風の精霊です。僕の精霊は適性があり、許容できる器の持ち主にしか見る事はできません」
つまり、ジュリ達には見えているのを考えても、カイルには風の属性がないのだろうか。
精霊はゆらっと霞のように消えたと思ったら、師長に変化があった。なぜか師長の雰囲気が変わっているのだ、姿かたちは変わらないのに女性的にも見える、不思議な光景だった。
「癒しよ」
師長の一言で一陣の風が吹き抜けた。それは暖かく優しい風で、瞬きをする間に生徒たちの怪我を一瞬で治した。
「すごいな」
あれほど切り傷だらけだったカイルが全くの無傷になっていて、ジュリも血が出ていたのが嘘のように痛みがなかった。師長を見ると、もうあの不思議な雰囲気ではなくなっていつもの師長に戻っている様だった。
「精霊ってあんなこともできるんですか…」
「これは憑依と言って、ちょっと特殊な契約をするとできます。魔力の使用量が抑えられていいんですけど、まあ…問題もありますけどね」
そう言って、貴方達は授業に戻ってくださいとジュリ達を追いやると、爆発した瓶を持って師長はまだ現場検証をしていた。
「カイル様、あの、ありがとうございました」
「いや、弱きものを助けるのは騎士として当然だから」
その言葉に反応したカルロが、弱きものって俺じゃないだろうなと反論する。そこでやっと三人に笑顔が戻ったのでジュリはほっとして、教室への道のりを急いだ。
教室に戻るとライとカレンに心配されて、今回の騒動は各学年に通達されたが犯人はわからず、警備の強化と先生たちによる見回りが入るようになった。
ジュリ達子供にできることは限られているので、平民組はこれまで以上に気を付けようと言うしかできなかった。




