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笑わない魔女は光の聖女に憧れる  作者: 悠里愁
終章 いつか帰るところ
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ミカの後悔

目を覚ますとジュリは花に囲まれて寝ていた。

白い花が咲き乱れた花畑に星が輝いている夜空、一瞬まだ夢を見ているのかと思ったが、ジュリはここに見覚えがあった。


霧の校舎…?


二年生の不思議体験を思い出しながら、辺りを見回すとさらに夢かと思うような人物がいた。


「ライ…?」


夢に入る前に見た光景を思い出す。やっぱりあれは現実だったんだなと身体を起こそうとすると、ジュリと名前を呼ばれて振り返った。


そこにはジュリ目掛けて走ってくるミカがいて、自分が目覚めるまで辺りを探索してたのかもしれない。何がどうなっているの?という顔でミカを見ると、頷いて答えてくれた。


「霧の校舎の主が助けてくれたんだよ」


ミカが指さす方向には女の子の姿が見えた、確かセツと名乗っていたはずだ。ジュリと目があったセツはにこっと笑った。


「助けてくれたの…あっシグナ!?」


はっと思い出したジュリは辺りを探したが、シグナの姿はない。そしてジュリの手の中には水色の石が握られていた。


「シグナ…」


やっと思い出したのに…


辛い記憶をずっと持っていてくれた彼は、ジュリが思い出したらまた死んでしまうと思ったのだろう。夢の続きなら、それは魔力を譲渡する契約の為。


けれど記憶を失ってる間の思い出の中のシグナは、本当にそれだけだったのかと思う程、いつもジュリを心配してくれていた。長い間にシグナも変わっていったのかもしれない。出会った頃、村で一緒に居た頃、そして学院に来てからどれもジュリの思い出の中にはシグナがいた。


ジュリは姉の事を思い出しても、もう死のうとは思わない。なぜならもっと大切な物を見つけたから。自分を少しだけ好きになれたから。


私の中でシグナはもう彼の名前だよ…だから帰って来てよ…


姉が死んでも友達がいなくなっても、絶望して涙を流してもまだ自分を保てる。けれどシグナがいなくなったら息も出来ないほど苦しい。


ジュリは一番大切だと思えるものを失ってやっと気づいた。

それは姉を想う家族愛とは別の感情だった。


私まだ何も言ってない、ありがとうもごめんねも…。シグナはあんなにいつも側にいてくれたのに


最後まで何も返せなかった自分を責め続け、それは目から大粒の涙となって手の中の水色の石に落ちていった。


「そんなに泣いたら目が腫れちゃいますよ」


ライの言葉に顔をあげると、懐かしい笑顔でふふっと微笑まれた。そしてジュリの手の中の石を痛々しそうに見つめる。


「それ、シグナさんですか?」


ジュリが弱々しく頷くと、まだ亡くなってはいませんよと返って来た。


「…え!?」

「精霊は確かに魔力を全て奪われると石になります。けれど意識は石の中で眠った状態であり、それが割れた時が本当の死です」


じゃあ助かるの…?シグナとまた会える?


希望を見出して石を見つめると、ミカが無理だよと言ってきた。


「精霊が大量の魔力を奪われて、それが元に戻るのにどれだけかかると思う?多分ジュリが生きている間にシグナが自我を保てるまで回復する事はないだろうね」


それに僕らも生きてこの国を出られたらと付け加える。


でも、それでも生きてるなら、生きてくれてるなら


ジュリは大事にハンカチに包んで石をポケットに入れる。そして少しだけ気持ちが落ち着いた後、ライをじっと見つめて口を開いた。


「ライはどうしてここにいるの?」

「僕は間者としてこの国に潜入してたんですよ。流石に学生として学院に紛れ込むことは、もう出来ませんから城下町でね」


そうしたら突然白い矢のようなものが降って来て、人々を貫いたのだと言う。学院だけじゃなく近くの街にまで被害が出ていた事を初めて知った。


「逃げる間もなく人々は倒れ、阿鼻叫喚の有様でしたよ。僕も流石に死んだと思ったんですけど、扉が開いたと思ったらここにいたんです」

「霧の校舎に?」

「僕も一応招待を受けた生徒でしたから、覚えててくれたのかもしれません。正直助かりましたよ、ありがとうございます」


ライが少女を見ると、首を傾げて嬉しそうに笑っていた。


「またお会いできるとは思っていませんでした。あんな仰々しい別れ方したのに気恥ずかしいですね」

「そんな事ないよ、私はまた会えて嬉しい」


はいと笑ったライの顔を見返していたら、ミカが口を挟んできた。


「けれど現状早くこの国を出ないと。ここにずっといるわけにはいかないよ」

「そう…だけど、師長がひとりで何かしようとしてるみたいなんだけど、私はもう出来る事はないのかな」


ジュリも多分闇属性は持っているのだ、最終的に逃げるとしても何か手助けはできないかと思った。


「ジュリの闇属性の精霊はそういうのじゃないから」

「…え?」


ジュリは何度か瞬きをした後に、ミカの言葉を反芻した。


私、ミカに闇属性の話をしたことがあったっけ…?


闇属性持ちは知っている範囲ではジュリと師長だけのはずで、その師長も闇属性に関してはかなり厳重に箝口令を敷いていた。


そういえば聖女の事も知ってる様子だった。なぜ…?


元々ミカは最初から不思議な少年だった。なぜかジュリを知っていたし、初対面から好意を抱いてくれているっぽかった。こうしなければいけない、みたいな事を言われた事もある。けれどジュリはミカの事をあまり知らない。


家族はお姉さんがいるって言う事と、領地に海が近いってくらいしか…


あとは何故かシグナと仲が悪い。


ミカをじっと見つめながら、ジュリは口を開いた。


「ミカはどうして色々知っているの?」


少し前に今日、何があるのか知っていたのかと聞いた時は、答えてはくれなかった。けれど真っすぐに見つめるジュリの目を逸らせずに、観念したようにミカが続けた。


「…だって今日この日の為に、僕はジュリの側にいたんだから」

「どういう意味?」


言葉の意味がわからずにジュリが聞き返すと、さらに驚くような事を言われた。


「君はね、本当はあの時、シグナを庇って死ぬはずだったんだ」


あの時、と言われてシグナが消えた時のことだと理解した。確かにあの時ジュリはシグナを庇おうとした。けれどミカに腕を引っぱられてそれは叶わなかった。


じゃあ、あれは故意的に…?


「あれが僕の後悔だった、ずっと守れなかった君を救いたくて…」


けれどおかしい。言っている事が本当なら、ミカは一度この時間を経験しているという事になる。それは過去に戻ったと言うことだろうか?


「過去に戻れる魔術なんて存在しませんよ」


話を聞いていたライが口を挟んできたが、ジュリも記憶の中でそんな事を聞いたことがある。


時間を操る術は存在しない、瞬間移動ですらそれは失われた魔術だと昔言われた。ライの持論だと肉体がある限り別の次元に移動する事は不可能なのだ。


「魔術でなく、魔法だよ」


精霊の力…?


もしかしたらあり得ない事ではないのかもしれない。精霊に関しては、人間の魔術師が全て把握してるわけではない。精霊のランクを授業で習ったが、神獣などはほぼお目にかかる事はないと言っていた。


一番上はアマルティアだっけ、もしかしてそれって聖女の事だったのかな


聖女が精霊に近いものであること、最上位のものを罪と名付けた人間の歴史を振り返ると、考えられない事ではなかった。


「でも酷いよ、シグナを失うくらいなら私が…」

「ジュリがそうなったら、シグナは同じように自分を責めたと思うよ」


そうかもしれない、とジュリは思った。残された後のシグナの気持ちが今は痛い程わかる。


「ミカはどうして私の為にそこまでしてくれるの?」


正直これもよくわからなかった。シグナならまだわかるが、他人のミカがこれだけ人が亡くなった学院でなぜかジュリだけ助けようとしてくれたという事だ。


普通は助けようとしても家族とかじゃないだろうか?


ミカはどう言おうか少し迷った後に、言葉を続けた。


「元々シグナは死ぬ運命だった。それなのにジュリが代わりに死ぬのは耐えられなかった」

「死ぬ運命…?」


過去に戻ったとして、そんな事がわかるものなのだろうか?精霊の力…?


ミカはジュリが死んだ後に、精霊と接触しているのは確かだ。そしてミカはまだ何かを隠しているような気がした。


責めればいいのか、感謝すればいいのか、けれど長い時間をかけてまでジュリを助けたかったのは事実のようで、どんな顔で見つめ返したらいいのかわからなかった。

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