予兆
試験が終わると後は学院祭だけで、のんびりした毎日…というわけにはいかなかった。
「四年生はダンス必須なんだっけ」
最終学年は相手を伴って最初にダンスを披露する。相手は婚約者が主で、いない場合は身内や友人でもいいらしい。
「私は婚約者がいないから相手探さなきゃいけないんだよね…カレンはどうするの?」
「兄が来る」
その一言でああなるほど、と全て納得した。そしてふと自分にも兄がいる事を思い出した。
「そうだ!私も兄ちゃんに頼めばいいんだよね」
「えっ?あっジュリ、待っ…」
カレンが止めるのも聞かずに、そのまま教室を飛び出して兵舎に駆け込んで行った。
兵士は一日の大半を訓練に費やすらしく、兄も訓練所にいた。ジュリが駆け寄ると、何でいる?みたいな顔をされた。
「兄ちゃん!私のダンスのパートナーになって!」
「は?何言ってんだ?」
学院祭に必ず相手を伴ってダンスを踊らなければいけない事を説明すると、無下に断られた。
「無理に決まってるだろ」
「え~」
何でもダンスは貴族の社交であり、兵士と言えど平民である兄にそんな教育がされているわけがない。言われてみればそうだったかも…
「ダメかあ…」
「その代わり仮面舞踏会はでるよ。貴族だらけはやっぱり居心地悪いんだが、妹の学院生活最後の晴れ姿だしな」
それを聞いてぱっと明るい表情になったジュリの頭をぐりぐりと撫でた。
「今年は髪も伸びたから結ってもらうんだ~ふふ」
「ああ、そういえばジュリはずっと短かったもんな。そうやって伸ばすとよく似ている」
「え?」
自分に似ているなんて言うのは家族くらいだと思うが、ジュリの他に髪の長い女性は母親しかいない。後はみな髪の短い兄や弟たちだけだった。
「母ちゃん?でも私って父親似って言われてたけど…」
「あー、そうか。でも母親なんだからやっぱり似てるところあるんじゃないか?ほら、耳の形とか」
それすごく微妙じゃない?
首を傾げながらも、兄にまたねと言って兵舎を後にした。
廊下を歩いていると、仲良さそうに歩く男女とすれ違った。学院ではそういう光景も日常茶飯事なので、いつもはそこまで気にしないのだが、顔見知りだった為にガン見してしまった。
ディアス!?
隣にいる女性はシェリアでなく、ジュリは知らない生徒だった。同じクラスではないので学年が違うのだろう。
二人が通り過ぎた後に、その後姿を見ながら混乱した。
「え?え?ディアスにはシェリア様じゃないの?どゆこと?」
「ディアスの婚約者だよ」
さらに後ろから話しかけられて振り向くと、そこにはカイルがいた。
「卒業にあわせて、僕の父がディアスに引き合わせたんだ。相手は伯爵家だけど、令嬢がご執心なのと元々ディアスは教育を施された貴族だからね。そういうのも考慮されて、まあ…断れなかったんだと思う」
そうなんだ…
シェリアも卒業したらカイルと結婚しなければいけない。貴族の結婚は義務だとしても、好きあってるのにどうしても離れ離れになるのは悲しいなと思った。
そのまま会話が終わり、気まずい沈黙が流れた。そういえば、あれからカイルと話すのは初めてだった。
「久しぶり」
「…はい」
カイルの目を見る事ができなくて、やや下を見ていると元気?と当たり障りない言葉が降ってきた。
「その、僕が考えなしなばっかりに、君に迷惑かけてごめん」
「いいえ、私が無礼な態度ばかりだったからです。ごめんなさい」
一線を置いた物言いにカイルは少し傷ついたような顔をしたが、特にその事に対しては何も言わなかった。
「でもちゃんと君が好きだったと思う。なりふり構わないくらいに…。それは…信じて欲しい」
ジュリはそれに返せる答えも言葉も持っていなかった。お辞儀をするとそのまま振り向かずに教室に急いだ。
教室に戻ると、カレンに叱責された。
「ジュリは無鉄砲すぎるぞ。ジュリの兄は平民だからダンスは踊れないだろうと、言う暇もなく飛び出すんだからな」
「うん、ほんとその通りでした」
結局パートナー探しは振り出しに戻った。
「誰か一緒に踊ってくれないかなあ」
「お前相手いないのか?なら、俺と踊るか?」
教室に戻ってきたカルロがジュリの隣に座った。
「カルロはローザ様がいるでしょー」
「ローザの婚約者はいるだろ。公式の場でそれ以外の相手が出てきたら、ただの間男だろうが」
ちがうの?と言ったらぐにっと頬をつねられた。
「なんか言ったか?」
相変わらず認めないカルロの手を振りほどいて頬を擦った。伯爵家は相手に厳しくないとしても、ちゃんと婚約破棄するまでは順番は守らないといけない。
カルロとローザ様が進展するにしても卒業後なんだろうな
それでも望んだ幸せを手に入れられない人の分まで、幸せてあってほしいなと心から思った。
「ところでジュリ、今年はドレスは大丈夫なのか?身長もまた伸びてるだろ」
「はっ」
すっかり忘れていたがさすがに丈が短くなっているかもしれない。しかしもうあまり時間もなかった。
「一度試着してみないとだけど、どうしても丈が足りなかったから布で足すよ。多分ちょっとだからそんなにわからないと思うし」
「は?お前裁縫なんて出来るのか?」
カルロの問いにジュリは不思議そうに頷く。平民にとって繕いものは幼い頃からやらされる仕事のひとつだ。貴族のように何着も服を持てない為、弟ですら服の繕いが出来る。
「へえ、俺は針なんて持ったことないな」
そういえば、カルロは商人の息子だから平民にしてはお金持ちの方だよね
最初に会った時も、見目の良い服装をしていたのを思い出す。
「じゃあ明日、必要だったら布買いに行こうぜ」
「うん、わかった」
カレンに兄妹みたいだなとぼそりと言われたが、それは面倒見のいいカルロの誉め言葉だと思う事にした。
次の日、着れるには着れたがやっぱり丈の足りないドレスの為に、布を買いに行くことにした。外出届を出して、カルロと一緒に貴族街に向かう。
「貴族街に布なんてあるの?あっても高いんじゃない?」
「ああ、学生は貴族街から出られないけど、貴族街と市民街の中間の通りに安い出店が並んでるんだ。そこならあるんじゃね」
ほう!流石安さを求める商人だなあ
貴族街から出てるのか出てないのか曖昧だが、あまり貴族の生徒が近寄るような場所じゃないから、問題視されていないのかもしれない。
晴天の放課後をカルロとてくてく歩いていると、何だか懐かしい気持ちになった。
「ねえカルロ、一番最初の買い物もこうやって二人で行ったよね。私ははぐれちゃったけど」
「ああ、そうだな。お前は相変わらず頼りないよな」
目線が高くなった城下町の光景と、前を歩くカルロの背の高さに、いつの間にかこんなに時間が経ったのだと感じた。
「私にはずっとカルロが頼もしく見えてたよ、ありがとね」
「何だそれ、お前死ぬのか?」
改まって言うジュリを不気味そうに見ながら言うカルロに、ジュリはいい事言ったのにと口を尖らせた。
「だってもうすぐ卒業だからさ」
「だから何だってんだよ。生きている限り、いつだって会えるじゃん。遠くに行っても、見た目が変わっても、お前が変わらないなら俺も変わらない。友達だろ?」
そう言いつつ、ジュリの横でさっさと値切り交渉し出したカルロがいつも通り過ぎてにやけると、顔が気に入らないとデコピンされたのだった。
学院に戻って来るとローザが救護室から出てくるのが見えた。
あれ?どうかしたのかな?
カルロに気が付くと、こちらにやって来て二人でどこか行っていたの?と聞かれた。大丈夫、カルロは浮気してないよー
「どなたか救護室にいるんですか?」
「ええ、シェリア様が具合が悪いようなんですの。平気そうに笑っていらしたけれど…」
え?
それでも救護室に行くのはただ事ではないんじゃないだろうか。ジュリも何度かお世話になったが、それなりに大変な目に会った後だった。
自分もお見舞いに言ってもいいかと聞くと、他の生徒も行っているので大丈夫だろうと言われた。シェリアは優しくて平等なため、それなりに女生徒に人気がある。
「じゃあ行ってくる、カルロは…」
「流石に婚約者でもないのに、行くわけにはいかないだろ。そこまで交流もないしな」
そだね
カルロとローザと別れて、ジュリは救護室の扉をノックするとどうぞと返事が返ってきた。
「失礼します」
「あら」
室内にはシェリア一人で本を読んでいたが、やはり顔色が悪い。大丈夫ですかと聞くと、ふふっといつものように上品な笑いが返って来た。
「少し卒業試験に気合を入れ過ぎたのかもしれません。お恥ずかしいです」
本当にそうなのかな?
何となく、何事もうまく立ち回るシェリアらしくないなと思ったのだ。
「本当にそこまで悪くはないんですよ。なのにこんなにお見舞いをもらってしまって」
「あっ私手ぶらで来ちゃってごめんなさい」
「いいえ、心配してきてくれたのでしょう?嬉しいです。むしろ何か持ってこられたら困りましたもの」
うう、優しい…
横に見知った花が飾られているのに気が付いた。
「白月花…?」
「ええ、私の好きな花なんです。魔力に染まる前の白い色が好きなので、触れませんけど」
ほわほわと揺れる可憐な花を見ながら、それは清楚はシェリアを彷彿とさせた。そして同時に彼女が好きなディアスも、きっと知っているんだろうなと思った。