道
意味がわからない事態にジュリは戸惑った。直前まで話していた黒い物体に聞こうとしたが見つけられず、そんなジュリを余所に、精霊たちは話を進めて行く。
「とにかくジュリをひとりには出来ないよ。僕が残る」
「えっ…!?」
そうシグナが発言した時に、ジュリは口を挟もうとしたが思わず口を閉じた。
私が発言したらさっきと同じ事になるよね…?
もしここで別の提案をしてみたら何か変わるだろうかと考えた。しばらく黙って考えていたジュリを見て、肯定ととらえた捉えたのか、精霊たちはさっさと動き出した。
シグナはジュリと一緒に残り、カズラとオトが師長に向かっていくようだ。
「あ、待って。師長は魔力を封じる事ができるっぽいの。みんな一か所に固まらないようにして」
思わず助言をしてしまったが、ジュリはその場面を見ていないので具体的にはわからない。頷く二人を見送って、シグナを見上げた。
「シグナは私のいう事信じてくれる?」
「ジュリを疑う事なんてないよ」
…さっきひとりで大丈夫って言ったらものすごく疑わしそうだったけど
それでも最終的にはジュリの意思を尊重して信じてくれる。この後師長の火の魔術で蛇のような物に襲われると告げた。
「火…なら、僕の水で相殺できると思うけど」
何で知ってるのと聞かれて、なんて言おうか迷った。
「うーん、変な虫が話しかけてきて…」
「??ジュリ寝ぼけてるの?」
正直あまり自信がなかった。あの黒い虫もいないし、白昼夢でも見ていたのかもしれない。
「そうかも?」
そうかと一言だけ言って、シグナは特に気にしてないようだった。そこはもうちょっと突っ込んで欲しい。私がいつも寝ぼけているみたいじゃない!?
「それよりどうする?憑依しようか?」
少し迷ったが、このままだとシグナはジュリを守りながら戦わなければいけない。お荷物になるのも嫌なので、シグナの提案を受け入れた。
「私はシグナ程魔力はないから気を付けてね」
「わかってる」
以前枯渇を起こして瀕死になったのを思い出して言ってみたが、シグナの方が嫌でも覚えているのか苦々しく答えられた。
「もうあんな事はしないよ」
相変わらず身体の主導権はシグナで、けれど不快ではない。
シグナ、後ろ!
ばっと飛びのいたジュリの後ろに、先ほど見た火の蛇が襲い掛かってきた。シグナは瞬時に水魔法の陣を描いて同じような水の蛇を作り出した。
わあ
相変わらず星屑が集まったような煌びやかな模様に目を奪われる。同時に魔力を使うと光の粒子のようなものが集まってくる事に気づいた。
何これ?
「これも魔力だよ。僕らは自然界から力を得られるから」
隣国で憑依した時は見なかった現象だと思う。ここは魔術師の国であり、精霊の力が一番強く発揮できる場所だという事を改めて理解した。
言い換えれば、これって聖女の魔力なのかな
水の蛇は勢いよく火の蛇に襲い掛かって、お互いに蒸発して消えた。
やった?
「まだだね」
そう言って振り返ると、そこには師長が立っていた。三人はどうしたのかと思ったら、離れたとことに三人とも拘束されていたり、閉じ込められていたりとそれぞれ無力化されていた。
「精霊は魔術師である主が健在な限り向かってきますからね。だからと言って貴方の精霊を倒すわけにはいきませんから、大人しくしてもらいました」
そういう問題じゃなくて…精霊が三人いても師長に敵わないの?
「経験値の差かな、こいつは魔物相手の術技に慣れてるんだよ。僕らもジュリに命の危険があるわけじゃないから、本気で倒そうとしてるわけじゃないしね」
そうなの?まあ、師長は敵じゃないしね
「ちょっと。そこ二人で会話しないでもらえますか?」
そして師長がすうっと手を掲げたと思ったら、何匹もの火の蛇がこちらに向かってきた。
ぎゃっ
瞬時にシグナが同じような水の蛇を作り出して対応する。
「なるほど」
ふふっと面白そうに笑った師長は、また火の蛇を作ったと思ったらそれを一か所に集めた。どんどん大きくなる大蛇に、怯えたジュリを宥める様にシグナが囁いた。
「大丈夫だよ」
大丈夫って…
そのまま口を開けて丸のみにされそうになり、思わず目を背けた。
「ひゃっ」
しかし蛇の攻撃は水の壁に阻まれてジュリにまで届かなかった。
「え…あれ?」
しかも何故か身体の自由が利く事に不思議に思った。それはシグナが憑依を解いたと言う事に他ならない。
シグナはどこ?
きょろきょろと周りと見ると、シグナはそのまま師長に特攻していた。
え!?
師長がシグナの攻撃を水の盾のような物で防いだ。余裕ありげにシグナを見ながら師長は穏やかに話す。
「魔術師を狙うのはまあ、正解です」
そのまま片方で防いだまま、もう片方の手で火属性の陣を描き、蛇を操る様子にジュリは驚いた。
陣を何個も描くことはジュリでも出来るが、ふたつの魔術を使うのは別次元の難しさだ。例えるなら片方の手で文字を書きながら、もう片方で料理をするようなもので何故できるのか意味がわからない。
「精霊はひとつしか属性がないのが難点ですね。特化術師と同じくある属性に強く、そして酷く脆い属性を持っている。魔物に対する戦い方の研究はずっと続けられているんですよ。それは僕が凄いのではなく、先人の魔術師達が受け継いできた研鑽たる結果です」
「前者は嫌みか?アンタ、僕の弱点属性を使ってないじゃないか」
シグナを拘束したまま、師長はジュリに向き直った。
「さあ、貴方の武器は全て無力化しましたが、どうしますか?」
「え?」
「これが魔術師同士の戦いだとしましょう。僕はこの精霊を人質に貴方に交渉しています。投降しますか?抵抗しますか?」
それって私がシグナを見捨てるかどうかって事…?
魔術師同士の戦いになったら、ジュリが師長に敵うはずもない。シグナが自分の名前を呼ぶ声が聞こえたが、水の障壁を解いて降参した。
「うん、賢明ですが少し諦めが早いでしょうか。人質に構わなければ、貴方はまだ足掻けたはずです。精霊は貴方が思う程弱くはない、人間を殺すよりも精霊を滅する方が大変なのですよ」
だから魔術師を狙うって事?
「でもシグナを犠牲にするのは…」
「無事ではないかもしれませんが、死にはしないでしょう。貴方のように誰もを助けたいと言うのは理想ですが、現実はそう甘くない。その思いがもっと沢山のものを失う事になるかもしれないのです。非情になれとは言いませんが、状況に応じた行動を考えて見て下さい」
はいと項垂れたジュリの次に、師長は拘束を解いたシグナに向き合った。
「君も、なぜひとりで向かってきたんですか?魔術師と共闘すればもっと手こずったでしょう。彼女をもっと信頼してはどうですか?」
「信頼はしてる。けどジュリを危ない目には合わせられない」
「過保護に守り、自身で防衛手段を考える機会を奪ってしまうのは信頼と言えますか?」
シグナがぐっと黙ったのを見て、師長はずっと不思議だったんですけどと続けた。
「君はなぜ彼女と契約したのですか?」
「…それこそアンタに関係ない」
しばらく見つめ合っていた二人だが、そうですねと言った師長の言葉でその話題は終わった。そして再度ジュリを見て話しを続けた。
「途中貴方の動きが戸惑ったように感じたのですが、何かありましたか?」
よく見てるなあ
「いえ、その…虫が」
「虫?」
「言葉をしゃべる虫っていますか?」
「虫は話しません」
ですよね
そもそもあれが虫だったのかすら疑わしい。
「これで学院での授業過程は終了です。お疲れ様でした」
終わり?そっか、終わりかあ…
入った当初は四年なんて長いと思っていたが、終わって見たらあっという間だった。魔術の理解は深まったが、相変わらず下手くそで卒業していいのかとすら思う。
でも楽しかったな…
「まだ何か不安がありますか?」
そんなジュリの顔色を見て、師長が声をかけてくれた。
「いえ…」
自分の居場所がひとつ無くなるようで寂しいなような、何となく言葉ではうまくいえない気持ちをジュリは飲み込んだ。
「卒業を控えた生徒たちは揃って複雑な心境になるものです。丁度子供と大人の間ですからね、大人になると忘れてしまう物をまだどこか持っている。それが少し羨ましいです、僕は道の途中で落としてしまったものですから」
「道?」
「人生とは道でしょう?そして道は迷うものです。けれどここで得た、知識や友人はきっと迷った時に貴方を道を照らしてくれますよ。ひとりで悩まず誰かに頼って、そして頼られる人になって下さいね」
はいと大きな声で返事をすると、合格をもらえた者は一度教室に帰るように言われた。
教室にはカレンやカルロもいて、何とか合格を貰えたらしく三人で喜んだ。ジュリもみんなで卒業できるのが嬉しくて、この日だけは素直に喜んだ。
続々とクラスの皆が帰ってくる中で、ひとり浮かない顔の生徒がいる事に、この時のジュリはまだ気が付かなかった。