VS師長
ジュリはにこやかに笑う師長を見ながら、言われた事を反芻する。
師長と魔闘!?
訓練所にはすでに打倒された生徒達が転がっているのが見えた。以前師長がシグナと戦っているのを見たことはあるが、実力差を考えればジュリなんて相手にならないのは明白である。
そんなジュリの思惑を感じ取ったのか、師長が言葉を続けた。
「ああ、別に僕に勝てなければ不合格、というわけではないですよ。単純に実力を計りたいからであり、勝敗は気にしなくていいです。もちろんハンデもつけますよ」
と言いつつ魔闘がしたかったんじゃ…
「生徒側に対する禁止事項はありません。魔術、精霊などこれまで習った事を駆使して下さい。僕は精霊を使わず、使用魔術の属性も二種類に限定します。どうですか?」
それでも勝てる気はしないが、これは試験なのだからどっちみち受けなければいけない。ジュリは譲歩案を受け入れて頷いた。
「あと…闇属性は使わないように」
「使い方がわからないので大丈夫です」
では始めましょうと師長が言うと、周りの生徒達が少し距離をとるように離れた。ジュリはペンダントに魔力を込めて四人の精霊を呼び出す。
魔力は回復したらしく、前回の子供のような姿ではないのがちょっと残念だった。可愛かったからね!
何も教えてないはずなのに、ランとシグナが咄嗟に前に出て、カズラがジュリの横に、オトが二組の間に立った。
「今日は何?アレを倒してもいいの?」
シグナは未だに師長を気に入らないらしく、前を見据えてアレ呼ばわりだ。
「うん!今日はいいみたい」
「わかった」
そのままシグナとランが突っ込んでいった。いつも通り話し合いもなく、突発勝負のようだ。水と火が踊り狂う中で、オトはジュリに被害が来ないように何も言わずに守ってくれている。カズラは元々そこまで戦闘能力が高くないので、ジュリと一緒に見守るようだ。
みんなすごい
いつもは仲が良くは見えないが、いざ戦闘になると各々の役割を弁えて協力している。しかしさらにすごいのが師長で、精霊二人の攻撃を自身の魔術で防いでいる。なぜか楽しそうに。
ランの炎を同じ火属性の魔術で防ぎ、そのまま弱点属性のはずなのにシグナの水まで弾いてしまう。なんですかそれ!?
「あれは人間か?」
「そのはずなんだけど…」
オトの問いかけに少し自信なさげに答えた後に、以前師長が自身の精霊を倒して従属させたような事を言っていたのを思い出した。
武闘派なんだなあ
余裕すら見える師長の魔術を傍観しながら、何もしていない自分が少し情けなくなった。
「自分の試験なのに、みんなにだけ頑張ってもらっていいのかな…」
「魔術師自身が戦闘力を持っている場合は別だが、精霊を使うのは極々普通だ。お前がやられたら終わりだからな」
オトはずっと魔術師に使えていたはずなので、きっと魔闘にも詳しいのだろう。
そういえば前に師長とシグナが戦った時、私が枯渇起こして終わったっけ
魔術師が精霊を顕現させているような事を教えてもらったが、いまいちよくわかっていない。
でも私がやられたら困るから守るって事だよね、うん
ジュリが納得していると、そんな言い方したらダメでしょとカズラが話しかけてきた。
「私達を貴方が好きなのよ。大事な人間を守るのは当たり前だわ」
カズラがジュリを気遣ってくれたのがわかって、少し気持ちが暖かくなった。ありがとうとお礼を言った瞬間シグナが炎と一緒にこちらに吹っ飛んできた。
「え!?」
咄嗟にオトが風でシグナの軌道をずらして、別の方向へ飛ばした。そこは受け止めてあげて…!
思わずシグナに駆け寄って手を差し伸べると、大丈夫と避けられた。人間に競り負けたのが悔しいらしい。
「師長ってやっぱり強いんだね」
「…それでも人間だから、魔力量は僕らが上だよ。けどなんて言うのか、技巧?魔術の扱いが巧みなんだ。嫌な所ばかりついてくる」
四属性はそれぞれに苦手な属性が存在する。それを補うように四つが円になるような相関図をしていたのを思い出した。
「なら四人で相手をしたらどうかな?」
「ジュリはどうするのさ、君が無防備になる」
「私はひとりでも大丈夫だよ!自分の身くらい自分で守れるよ」
ものすごく信用無い目で見られた。
目の前ではランがひとりで師長と対峙しており、その師長の周りには鬼火のような炎が何個も浮かんでいた。
何あれ…?
気になりつつも自身の精霊たちの元に戻って、全員でランを手助けするように言うと賛否が分かれた。
「人間相手に四人か…流石に勝てるだろうがお前がやられる可能性が高い」
「ジュリをひとりには出来ないでしょ」
「私は貴方に従うわ」
それぞれが意見を言い出す中で、ジュリが制止するように話し出した。
「私は大丈夫。みんなに頑張ってもらってるんだから、それくらいは自分もやらなきゃだと思う。これは試験だから、命を取られるとかは絶対ないでしょ?本当に危険な時はちゃんとみんなを頼るから、今日は私の好きにさせて?」
カズラとオトは了承してくれたが、シグナは未だに渋い顔をしていた。それでも納得は出来たのか、精霊たちは師長に向かって行く。
シグナが絶対そこから動かないでと念押ししていったのを笑いながら見送った。
後ろの方で一人になったジュリは、周囲を警戒しながらどうしようかなと鞄を漁る。一応回復薬などは入れてきたが、役立つかはわからない。
ごそごそと漁っていると、耳元で声がした。
「後ろ」
「え?」
咄嗟に振り返ると、そこには先ほどの師長の鬼火がすうっと近づいてきていて、いきなり蛇のような形に変化した。
「わっ」
避けた瞬間にべちゃっと転んだが、そのまま蛇はまた消えたようだった。
「蛇!?」
「鈍いね、アンタ」
また聞こえた声に、きょろきょろ周りを見回したが誰もいない。しかし何か横切るような物体が見えて、うわっと思わず払いのけた。
「な、なに!?虫!?」
小さくて黒い物が自分の周りをぴょんぴょん跳ねている。
「違うけど、まあいいやそれでも」
しゃべる虫なんて珍しいなとじっと見ていると、黒い物がさらに話を続ける。
「このままじゃ負けるぜ?あの魔術師の技能はアンタより上だ」
そんなのわかってると思いながら、虫を叩こうとしたが逃げられてしまった。
「でも俺が手助けしたら勝てるかもしれない」
「へえ?何してくれるの?」
「じゃあ何をくれる?」
えっと一瞬間があいて、黒いものを見つめる。
「見返りが必要なの!?」
「当たり前だろ。タダでもらえるものなんて、たかが知れてる。取引に使うんだから、アンタにとって手放しがたいものでないと価値はないからな」
私にとって大事な物ってこと?
何だか怪しい取引を怪訝に思って、それならしないと断った。
「具体的に何をしてくれるかわからないし、それに貴方は何なの?」
「いいのかい?ほら、来たぜ」
思わず振り向くと、なぜか師長が立っていた。他の精霊達は薄い透明な結晶の中に閉じ込められていた。
「あれね、ほら魔術封じの陣があったじゃないですか。あれを研究して結晶体の中だけ、限界値まで魔力を封じるものを作ってみたんです。ただまだ試験段階なので耐久性がないのと、だまし討ちみたいなものですから二度は使えないのが難点なんですよね」
淡々と自分の研究成果を話す師長に、ジュリはさあっと青ざめた。
「火蛇」
そして先ほどの火の蛇が何匹も現れて、突如ジュリの腕に巻き付き噛んだ。
「あっ」
痛いと言うより熱い、怪我したら治しますからとのほほんと語る師長を見ながら顔をしかめると、また耳元で声が聞こえた。
「ほらな、俺の言う事聞いとけばよかったのに」
「うるさい」
「ま、最初だからお試しに見せてやるよ」
何がと答えようとして、瞬きをしたと思ったらふっと腕の痛みが消えた。
え?
目の前に師長もいない、それどころかなぜかシグナ達三人と話している。
「人間相手に四人か…流石に勝てるだろうがお前がやられる可能性が高い」
え?
「ジュリをひとりには出来ないでしょ」
「私は貴方に従うわ」
え?
ジュリが困惑しながら、みんな何言ってるのと言うと一斉に不思議な顔で見られた。
だって、これはさっき話した会話じゃない…?
何が起ったのか訳がわからず、とりあえず近くにいるだろう黒い物体を探した。