【6月6日「ろくろ首の日」記念短編】「のびのび日和」
本作品は「妖しい、僕のまち」の外伝作品です
ぜひ、本編もお楽しみください
そうすれば、より多くの妖怪に出会えることうけ合いです!
「大変なことになちゃった…」
そう切り出したのは、降神町役場の特別住民支援課の窓口に来た若い女性だ。
ここ「降神町」では、人と人の姿をした特別住民が共存しており、ここ特別住民支援課では、彼らが人間社会に馴染めるよう、様々なサポートをしている。
僕…十乃 巡もその職員の一人である。
今日の来客は、長久比 六佳さん。
二十代前半の女性で、黒髪を結い上げた和風美人だ。
やや垂れ目で、芸妓さんみたいに人受けが良さそうな雰囲気を醸し出している。
彼女はここ降神町役場の「人間社会適合セミナー」の受講生だった。
そして、この春、めでたく卒業し、人間社会で働き始めたのだった。
しかし、何か悩みがあるようで、今日はこうして古巣である降神町役場に足を運んだそうだ。
疲れたように溜息を吐く六佳さん。
「一体何があったんですか?」
僕がそう問い掛けると、彼女は妙にモジモジし始めた。
心なし、頬も赤い。
「…ないの」
「…は?」
「その…ないのよ」
妙に小声の部分があり、よく聞き取れないが…
何がないんだろうか…?
「すみません、その、一体何がないんで…うわっと!?」
「「どいて!!」」
「巡、お前は下がってろ!」
「選手交代」
僕が詳しく話を聞こうとすると、途端に後ろの事務机でダベっていた二弐さん(二口女)、間車さん(朧車)、摩矢さん(野鉄砲)の三人が割って入って来る。
三人とも、真剣な表情をしながらも、興味津々といった感じだ。
「あ、あの…皆さん、急にどうしたんですか?」
「いいから、十乃君は黙ってて!」
「これはデリケートなお話なの!」
「ちゃんと察しろよ、このトーヘンボク」
「でも、ここから先は、雄は介入不可」
…察しろとか、介入不可とか、何だか無茶苦茶な話だ。
しかし、この三人のやる気に水を差すのも何だし…
仕方なく僕は後退し、事務仕事を続けることにした。
「で?、で?」
「相手は誰なの?」
「相手?」
「決まってんだろ、その…原因になった野郎だよ」
「原因かぁ」
考え込む六佳さん。
「…それが、心当たりが乏しいんだよね…」
「なら、余計に特定が可能でしょ?」
「そうそう。まさか顔も知らない間柄じゃないわよね?」
「無理矢理だったなら、そいつ殺ってもいい」
ジャキンと銃を構える摩耶さん。
…無理矢理って何だ?
しかも、えらく物騒な内容になってきているよーな…
「無理矢理はないけど、とっても良くないよ…」
ぐったりと窓口のカウンターに突っ伏す六佳さん。
反対に妙に肩入れし始める三人。
「泣き寝入りはダメよ、六佳ちゃん!」
「そうよ!必ず責任は取らせなきゃ!」
励ます二弐さんに、頷く間車さん。
「話しつけるなら、力を貸すぜ!?」
「道具なら色々ある」
そう言いながら摩耶さんが、以前僕に使おうとしていた物騒な拷問具の数々を並べ始める。
…おいおい。
何だか本当にキナ臭くなってきたぞ(汗)
一方、気付いていないのか、六佳さんは突っ伏したままボヤいた。
「いや、話じゃどうにもならないよ」
「諦めるなって!」
「そうよ!必ず何とかしなきゃ?」
「そう言えば…お医者さんには行ったの?」
二弐さんの問いに、頷く六佳さん。
「それで…やっぱその…当たりなのか?」
恐る恐る尋ねる間車さんに、六佳さんは再び頷いた。
「うん…(お医者さんの言うことは)当たってた。でも、どうしよう…どうしたらいいのか、分からないの…」
「気をしっかり持って!」
「これは重大な選択よ!?」
「相手の罪状、重い。これは腕が鳴る」
励ます二弐さんに比べ、ただひたすらに物騒な方向に行く摩耶さん。
だ、大丈夫なんだろうか…!?
六佳さんは、力無く笑った。
「何かよく分かんない部分もあるけど…ありがと、みんな」
そう言いながら、わずかに頬を染める六佳さん。
「十乃君も、ありがとうね。かなり恥ずかしい話だけど、やっぱり君に相談しに来て良かったわ」
「あ、はい…でも、役に立てなくて」
僕がそう言うと、六佳さんは首を横に振った。
「ううん。君は昔から親身になってくれたし、お陰で私もこうして人間社会に馴染むことが出来たし」
そう言いながら、やや陰のある微笑みを浮かべる六佳さん。
「…私、十乃君が(親身になってくれたことを)忘れていても後悔してないから…」
ぴきーん
不意に。
空気が凍りついたような気がした。
同時に、女性職員三人が、雪嵐のごとき冷酷な目で僕を見つめてくる。
「…十乃君、貴方…」
「まさかと思うけど…」
「テメェ…(六佳と)やったのか…?」
…は?
な、何だ、この尋常ならざる殺気は…!?
意味が全く分からないけど、命の危険が迫っているのは分かるんだけどっ!?
「動くな」
不意に耳元で、摩矢さんの低い声がした。
同時に、喉元にチクリとした痛みが走る。
「な、なななななッ!?」
「真相次第では、君に地獄を見てもらう」
見れば、いつの間にか背後に忍び寄っていた摩矢さんが、僕の喉に小刀の切っ先を突きつけていた。
僕は青ざめた。
「何でですかッ!?」
「んまぁ!まさか、トボける気なの!?」
「お姉さんはそんな子に育てた覚えはありませんよ!?」
いや、育てられた覚えもないんだけどッ!?
「巡ゥ…キン○マがぺランぺランに轢き潰される前に、本当のことを言えや。そんなら、もう片方は残してやっからよ」
ボキボキと指を鳴らしながら、目と全身から【千輪走破】の蒼い陽炎を立ち上らせる間車さんに、僕は思わず悲鳴を上げかけた。
「いや、僕は何もしてないし、何も知りませんよッ!!」
「まーだ、トボけんのか…よーし、そういう節操のない奴ぁ両方潰す…!!」
「だ、誰か助けてぇッ!!」
いやいやしながら涙目になる僕。
その時、六佳さんが慌てたように割って入った。
「ね、ねぇ!みんな待ってよ!どうして、十乃君を虐めるの!?」
それに振り向く三人の鬼。
「仕方ないのよ、六佳ちゃん。文字通りこれも彼が撒いた種だもの」
「きちんと責任とけじめをつけさせなきゃ」
「そうだぞ。いくら関係を持った相手でも、こういう腐れ外道には制裁が必要だ」
「きょせーってやってみたかったし」
殺気全開の三人に、ポカーンとした表情になる六佳さん。
「…三人とも、何の話をしてるの?」
「何の話って…六佳ちゃんの話よ」
「アレが来てないんでしょ?」
「医者で『当たってた』って言われたんだろーが?」
「そんでもって巡が犯人。おーけー?」
それを聞いた六佳さんが、真っ赤になった。
「ぜんぜん違ーう!!」
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「「「「首が伸びなくなったぁ!?」」」」
僕達の声が重なる。
それに慌てたように周囲を見回しつつ、唇に指を当て「しぃーっ!」とジェスチャーする六佳さん。
「何だよ『ない』って言ってたんじゃなくて『伸びない』って言ってたのかよ…」
そう言いながら、脱力する間車さん。
あわや性別変更を余儀なくされかけた僕は、それ以上に脱力した。
「それくらいで恥ずかしがるなよな。勘違いしちまったじゃねーか」
「“ろくろ首”には『それくらい』じゃ済まないのよ!」
心外だと言わんばかりに両拳をぶんぶんと振る六佳さん。
ここまで聞いた方なら、もうお分かりだろう。
彼女は“ろくろ首”という妖怪である。
“ろくろ首”はとても有名な妖怪だから、説明するまでもないが、要は首が伸びるあの妖怪だ。
古典の怪談にも登場し、夜中になるとその首を長く伸ばし、行燈の油を舐めるとかいう話がある。
また、一方でこれは妖怪ではなく一種の「奇病」とするものもある。
そして、首自体が抜けて飛行する“抜け首”という妖怪もいる。
つまり“ろくろ首”には真性の妖怪としての“ろくろ首”
奇病に侵された人間の“ろくろ首”
類種であるが別の妖怪である“抜け首”
以上の三種類がいるという仮説があった。
ちなみに六佳さんは真性の“ろくろ首”である。
「“ろくろ首”のくせに首が伸びないなんて、もうただの人間と変わんないじゃない!それだと、私のアイデンティティーが崩壊しまくりでしょ!?」
「言わんとしようとしていることは分かるけど…」
「でも、お医者さんには行ったんでしょ?何か言い当たったの?」
二弐さんの問いかけに、六佳さんは頷いた。
「当たってたというか…『原因不明』だって」
「そんな…」
「じゃあ、治療法もないの?」
「可能性としての話なら、いくつかは」
そう言うと、六佳さんはしゅんとなった。
「一つは『人間社会でのストレスが原因かも』って…」
それを聞いた僕は、軽くショックを受けた。
何しろ、僕達の仕事は彼ら・彼女ら特別住民を、人間社会でも暮らせるように支援するのが仕事だ。
そのために役場では無償で「人間社会適合セミナー」を実施し、特別住民達が人間社会に巣立っていけるようにバックアップするのが仕事なのだ。
しかし、と僕は思う。
無事に巣立ったはいいが、その先のアフターケアは現時点では万全とは言い難い。
その結果、六佳さんのように心身を病んでしまうケースもあるのである。
「あ、でもね!今の職場のみんなはとてもいい人ばかりだし、仕事だってやりがいあるし!まったく不便や不満はないのよ?」
落ち込んだ顔をしていたのか、六佳さんが慌てた風に僕にそう言う。
「原因は多分、私自身にあると思うの。人間社会での毎日が想像以上に楽しくて…周囲に合わせて生活し始めたから、全然首を伸ばすこともしなくなっちゃって…」
「どうしてです?」
僕の質問に、六佳さんは苦笑した。
「実はうちって、町外の人間相手の商売だから、むやみやたらと首を伸ばすと驚かせたり、気味悪がられたりもあってね」
それは…想像に難くない。
この降神町の町民は誰しも妖怪を見慣れているから驚きもしないが、町外の一般市民には少しショックは大きい場合もあるだろう。
「うーん…確かにそういうケースだと原因として考えられるかも」
「周囲に適合するあまり、妖力を封印し過ぎると、精神的な作用でそうした症状が出るのかもね」
カウンセラーとしての資格を持ち、特別住民達の相談窓口を職務としている二弐さんがそう言った。
「なら簡単。野生に戻ればいい」
そう言う摩矢さんは、この町に暮らしていても、定期的に自然あふれる環境に足を運び、役場に就職する以前に近い暮らしをしている。
週末は狩りをしたり、時折、山で生活してみたり、野生丸出しだ。
しかし、二弐さんは首を横に振った。
「効果的かも知れないけど、個人差はあるわね」
「第一、妖怪としての生活と人間社会での生活を両立させるのが困難な場合もあるわ」
「そうね。摩矢ちゃんみたいな方法を取っても、田舎暮らしだと、私の場合は町場まで通勤が毎日大変そう…」
溜息を吐く六佳さん。
「あーあ…どこかに思う存分首を伸ばしても、何にも言われない場所ってないかなぁ…」
僕はそれにポンと手を打った。
「なら、妖怪としての暮らしに近い環境でリハビリするのはいかがでしょうか?」
「えっ?」
六佳さんのみならず、全員が僕を見やる。
「そんなことが可能なの?」
「ええ。一か所だけ、思いついた場所があるんです」
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「ここです」
そう言う僕に、六佳さんは唖然となった。
「ここって…遊園地じゃない」
そう。
いま僕達は町の中にある遊園地にやって来ていた。
ここは毎週末になると人出が増える町内でも人気のスポットの一つだ。
今日もなかなかの人出である。
六佳さんは不思議そうに僕を見た。
「でも…私、ここで何をするの?」
「これからご案内しますよ」
そう言うと僕は彼女を連れて、園内の一角へとやって来た。
そこにはひどく古くておどろおどろしい和風屋敷がある。
そして看板には「お化け屋敷」と書かれていた。
それを見た六佳さんが、驚いたようになる。
「ここって…!」
「そう。お化け屋敷です。そして、ここなら町内外の人間関係なく首を伸ばせますよ」
そう言いながら、僕はウインクした。
「何せ“ろくろ首”は首が伸びて、人を驚かせるのが当たり前の場所ですから」
「十乃君…」
六佳さんが笑顔になる。
ようやく覗かせた彼女の笑顔に、僕もホッとなる。
ここでなら、彼女ものびのびと妖力を開放できる。
そうすれば、精神的な抑圧も和らぎ、きっと本来の力を発揮できるだろう。
そう安心した時だった。
「何だよ、全然怖くねぇじゃんかよ」
「これが妖怪の棲む『降神町』の本気かよ?www」
「つまんねー!これなら心霊スポット巡りの方が百倍マシだな」
そんな声で盛り上がる声がした。
見れば。
お化け屋敷の出口から、数人の若い男性が出てきたところだった。
その一人が、手にした日本髪のカツラを放り投げる。
「見たかよ、あの首が伸びるやつ。今時、あんなんで怖がる奴なんざいねーっつーの」
「だからって、カツラ持ってくるかよwww」
「ははは、職員『やめてください!返してください!』って半泣きだったぞ?www」
「お化けが泣くなってーの、ホントウケるわwwww」
どうやら、町の外から来た連中のようだ。
話しぶりからすると、妖怪の棲む町として有名な降神町にあるお化け屋敷に、冷やかしで来たようである。
しかも、職員に悪さを働いたようだ。
自分達の非常識な態度をまるで武勇伝のように大声で語り合うその姿に、他の客達も眉をひそめている。
まったく、マナーがなっていない連中だ。
「ひどいなぁ…仕方ない、警備員に言って、注意してもら…」
と、そこで僕は隣に立つ六佳さんの身体が細かく震えているのに気が付いた。
見れば、六佳さんの眼もとに不穏な影が差している。
僕は思わず、息を呑んだ。
ま、まさか…
そう思った瞬間に、六佳さんが若者連中につかつかと歩み寄る。
「六佳さん!?」
僕が止める間もなかった。
彼女は、うって変わった笑顔で若者連中に話しかけた。
「ねぇ貴方達、どこから来たの?」
その声に振り向く若者連中。
お化け屋敷をこきおろして盛り上がっていたその顔が、六佳さんを見るなり下卑た笑顔に変わる。
「なになに、お姉さんこの町の人?」
「イケてるねぇ、超美人!」
「俺達のこと、気になっちゃった?www」
「俺達もお姉さんのこと気になっちゃうなぁwww」
たちまち取り囲まれる六佳さん。
ま、まずい!
早く助けないと!
あの人たちが危ない…!
若者達には答えず、六佳さんはお化け屋敷を見た。
「このお化け屋敷、そんなに怖くなかった?」
一瞬、キョトンとする若者達。
が、すぐに、
「怖くない、怖くない!」
「全然だよな?」
「子供だましもいいとこwww」
「金返して欲しいくらいだよ」
わいわいと、再びお化け屋敷をこきおろす若者達に、六佳さんは目を閉じつつ、薄い笑みを浮かべた。
「そう…じゃあ、この町に棲む妖怪として、料金に見合ったおもてなしをしなきゃね…」
そう言うと、六佳さんはカッと目を見開いた。
「【恐遊長頸】」
瞬間、六佳さんの身体に異変が起きる。
その頭が細かく振動し始め、目が白目になった。
口はカッと開かれ、恐ろしげな咆哮が溢れ始める。
さながら、ホラー映画で悪魔に乗り移られたかのような姿だ。
それが快晴の日の下で起きているのだから、異様さはひとしおだった。
さらに、六佳さんの首が徐々に伸び始める。
それは蛇のようにうねり、長く伸びて、凍りつたままの若者達をぐるりと一周した。
「これならどうかしらぁ?」
目を光らせた六佳さんの口から、更に長く舌が伸びる。
その先で、若者達の頬をゆっくりと舐めていく六佳さん。
「まだ足りないなら、そうねぇ…貴方達の精気を残らずいただこうかなぁ。追加料金としてね♡」
その結果。
若者たち全員が泡を吹いて、卒倒したのは言うまでもない。
それを見届けると、六佳さんは僕にウインクした。
「うふふ♪やっぱり、首ってのびのびしてた方が気持ちいいわぁ♡」
その後。
若者達は駆けつけた警備員達にお縄になり、厳重注意をされ、こってり絞られたらしい。
一方の六佳さんはというと、見ていた他の観客から喝采を浴びただけでなく、お化け屋敷の職員達からも称賛され、無事にアルバイトの座を勝ち取った。
きっと、今もお化け屋敷の中でのびのびとやっているのだろう。