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鏡の中のゴーレム  作者: ゆうひ
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3話【事件現場】

 夏の匂いを感じる八月、常夏の暑さに日本中から海に押し寄せる人々で一杯だった。

 一緒に来た二人を浜辺で待っていた。暑さで頭がどうにかなりそうだ。

 そこに可憐な彼女がやってきた。すらっとした脚に細身の体格、日差しに照らされて黄金色というより白に輝く髪、どこから見ても完璧な美少女だ。浜辺にいる男性たちの視線を釘付けにしていることに、彼女は気付いているのだろうか。

 俺のレンズ越しから写り込む被写体は、徐々に、徐々に大きくなっていた。


「峰くん、どうかな?」


 片腕を掴んで恥ずかしそうにしながらも、じっと俺の方を見ていた。

 三神さんの水着姿はとても素敵だ。華奢な体でも、女性特有のふっくらとした胸は男の俺には直視できない。美しき身体を申し訳程度の布で包み込む姿は圧巻だった。初めて女子と行く海が学校一美少女と行けるなんて俺は運がいい。


「とても似合ってるよ」

「ありがとう。この水着選んで良かったぁ」

「なぁなぁ、俺の水着姿も見てくれよな!」


 そうだ。こいつがいたのすっかり忘れてた。三神さんと二人きりなら最高だったのに天から地獄へ落とされた気分だ。


「あ、あぁ……いんじゃねーの」

「俺の扱い雑過ぎね?」

「そんなことない、しっかり見てから感想を言ったまでさ」

「絶対嘘だ!」


 彼女は俺たちのやり取りで面白がって笑っていた。


「三神さん、大河は放っておいて泳ぎに行かない?」

「そうだね」

「おい! 置いていくなよ!」


 俺たちは日が暮れるまで遊び尽し、青春の一ページとして飾った。海の後も夏祭りに花火、市民プールにも三人で行った。

 でも、そんな楽しいことばかりじゃない。夏休みの地獄と言えば――そう宿題だ。中々手に付かず後回しにしていたが、三神さんの自宅に集まり片っ端から終わらせ、自由研究も適当に済ませられた。これも三神さんがいたお陰だ。俺にとって夏休みは思い残すことがない程、大切な思い出となった。

 ただ、ずっと気になることがある。謎の夢のこと。七月に聞いた女性の声から頻繁に変な夢をみるようになった。気の強そうな少女が俺のことを何度も呼ぶ声。それとは別に柔らかな声をした女性が頭の片隅で残り離れないでいた。不安は募っていく一方だ。

 ただの夢であればいいけどな……。


 夏休みが終わり登校初日。


「昨日、夜二十一時頃に大量神隠し事件が発生しました。総勢四十名に及ぶ老若男女が一夜にして消えたとの情報です。住民の方は十分にお気をつけください。続いてのニュースは――」


「……また神隠し事件か」


 起きるとリビングのテレビで神隠し事件がまた報じられていた。

 俺は学校へ行く支度の途中でリビングのテレビが気になってしまった。ここ最近やたら神隠し事件に関しての報道が多くなってきている。最初に報じられたのは丁度三神さんが転入してきた辺りだろうか。


「最近多いよね」


 そう同意していたのは彩夏だ。

 妹のことも勿論心配だが、何より三神さんが事件に巻き込まれないか心配だ。


「私、朝練あるから学校に行くね」

「あぁ、事件のこともあるから気を付けて行けよー」

「大丈夫よ! お兄ちゃんも気を付けてねっ」


 彩夏が飛び出して行った。

 事件現場も商店街で近いから心配だ。一度、神隠し事件の起きた場所を見に行ってみたほうが、真相を突き止められるかもしれないな。

 時計を横目で見た。


「いけね、俺も学校に行かなきゃ!」


 家から全速力で駆けていくと、前方に見慣れた後ろ姿を見つけた。


「あの髪色は――」


 目と鼻の先までその子に近づく。


「三神さんおはよー」

「あ、峰くんおはよー、今日も暑いね」

「こう暑いと頭がおかしくなりそうだよな」

「そうだねー。それに最近神隠し事件が多くて怖いわ。事件の頻度が段々多くなってる気がするし――」

「その事件のことだけど」

「ん?」

「一度、事件のあった周辺を見に行ってみようと思うんだ。三神さんはどうする?」

「え、危ないよ。事件があったのって商店街でしょ? 近寄るのやめようよ」


 わざわざ自分から危険な場所に行くことはないかもしれない。何故同じ場所で事件が多発するのか。何故多くの人が犠牲になり、一夜にして消えてしまうのか。この不可解な事件は闇に包まれすぎている。彼女に危険が及ぶ可能性だってあるんだ。

 それに――例の変な夢のことと何か関係がありそうな予感がした。


「なになに~、俺抜きで面白そうなことしようとしてる?」


 俺たちの間に後ろから割り込んできたのは大河だった。爽やかな少年とは彼のことを言うのだろうな。朝から元気な奴だ。朝が弱い俺にとっては羨ましい限りだ。


「大河聞いてよ、峰くんが神隠し事件の起きた商店街に行ってみようって言うのよ」

「お! なんだ面白そうじゃん! 俺も付いてっていい?」

「大河までそんなこと言うの?」


 三神さんは予想に反した大河の言葉に落胆していた。

 大河は何でも興味を持つからな。でも二人より三人の方が心強いのは確かだ。


「いいよ、三人なら怖くないでしょ」


 三神さんは不安げな顔をしていたが、俺たち二人は好奇心に勝てなかった。

 放課後、例の事件があった商店街に来ると、割と人気も多くそれほど危ない印象はない。でも、どことなく嫌な気配を感じる場所が一箇所だけあった。誰もそこの側を通らない、故意的に避けているのか、それとも何かあるのか……。

 電気が灯されていない暗く沈んだような外観。内側のカーテンを閉めているわけでもなく、閉店中という札がかかっているわけでもなく、ただ営業してるのかしてないのか見分けがつかない。


「なぁ、春来。気付いたか?」

「ああ、あのお店だけ寒気がするぐらい嫌な感じがする」

「ねぇ、本当やめた方がいいよ。帰りましょう?」

「ここまで来て引き下がるわけにはいかないよな、春来?」


 流石に噂の事件現場ということだけあって、俺も引き下がろうか一瞬だけ躊躇った。


「そうだね、少し中の様子を見てみよう」

「ええぇっ!」


 三神さんは断固として反対意見を貫いていた。その怒った顔も俺には輝いて見える。

 不安が無いと言えば嘘になる。ただ怖いという感じがあまりしない。昔からの性格で冷静を保つのは得意な方だと思う。

 ドアを開けると、ドアベルのカランッコロンッという高い音が鳴り響いた。店内の冷たい空気が身体に当たるのをひしひしと感じる。まだ九月なのにこの涼しさはおかしい。エアコンの人工的な涼しさなんてものじゃない。何か心を凍らせてしまうような嫌な涼しさだ。寒さと同時に、コーヒーの鼻に刺すような独特な香りが漂っていた。


「あの~誰かいませんか~」


 俺の声かけは店内に響き渡るだけで、誰も返事はしなかった……。


「誰もいないのか?」

「誰もいないのに店を開けてるって変じゃないか?」


 店内は沢山の鏡が机に置かれていた。どうやら鏡の店らしい。値札は付いていないが、これらは売り物だろうか。手に納まる大きさもあれば、頭から胸部や腹部付近まで映りこむほどの大きな鏡まで多彩だった。

 薄暗さや置かれた鏡が相まって不気味さを漂わせていた……。

 机と机の幅が狭き通路をゆっくりと通り抜ける。店主のいないカウンターを前にして気づいたけど、更に奥の部屋があった。


「なぁ、この奥はどうなってると思う?」


 俺は二人に聞いてみた。


「もしかしてそこに誰かいるかもしれないよな」

「ねぇ、勝手にまずいよー。お店を出ましょうよ」

「ん~。でも気になるよな、春来?」

「そうだね、行ってみようか」


 カウンターの奥へ行こうとした、その時――。


「おまえらっ!」

「「うわぁぁあ!!」」

「きゃぁあっ!!」


 背後から突然、男性の低くしゃがれた声が聞こえた。


「勝手に何してる!! 二度と来るんじゃない!」


 俺たちは摘まみ出され、無理矢理に店から追い出されてしまった。

 すぐに店を振り返ったが、そこには誰もいなかった。ただ店の扉が閉められ、閉店中の札がかかっていた。俺は大河が騒ぐ隣で扉を見つめながら考え、そして口を開いた。


「今のが店主なのか?」

「それにしても乱暴すぎるだろ」と、怒り気味で答えた。大河の爽やかな顔は何処かへ行ってしまったようだ。


「でもわたしたちが勝手に入ったからいけないのよ」

「まぁ確かに……」

「なあ、誰か店主の姿見た?」


 二人の顔を見ても首を振るだけで、誰も見た人なんていない。渋めの男性の声が確かにした。予想だと俺たちより遥かに歳上だ。それに俺たちは三人もいるのに、ほぼ同時に首元の服を掴まれて追い出された。それはつまり、人間の手は二本しかないから不可能じゃないか。仮に複数人いたとしてもそんな気配は全く感じなかったから、この線も無いだろう。


「俺、怖くなってきた……」


 あれだけ元気で爽やかなだった大河も威勢を無くしていた。


「だから入らないで帰りましょうって言ったのにっ!」


 三神さんは頬を膨らまして、不満そうにしている。


「結局事件のことは何も分からずだったけど、もうここに立ち寄るのはやめておこう」

「そうしようそうしよう」

「二人とも、付き合わせてごめん」

「ううん、みんなが無事で良かったわ」

「もう夕暮れだし帰ろうか」


 俺が二人に言うと、


「俺こっちだからまた明日なあ」と大河は言った。


「気をつけて帰れよ、またさっきみたいに――」

「脅かさないでくれよー」


 大河はよっぽど怖かったらしく、怖気づいてビクビクしていた。震える後姿を少し見送って、俺らは逆の方へと歩き出しながら話す。


「三神さん」

「アリスでいいわ、わたしも峰くんのことハルって呼んでもいいかな?」

「いいよ。じゃあ、アリス」

「ん?」

「今日はごめんな、拒んでたのに無理矢理に連れてきちゃって」

「ほんとよもう。でも、気にしないで。怖かったけど楽しかったわ。それに――ハルは変な夢のことが気になるんでしょ?」


 俺はゆっくりと頷きながら言った。


「ただ何となくだけど、この事件と夢が関係してるのかなと思ったんだ」

「そうね、もしかしたら関係があるのかもしれないけど、あまり気にしすぎない方がいいよ?」

「うん、そうだね。ちょっと考え直してみるよ」


 あの日、アリスに言われてから夢のことはキッパリと忘れようとした。でも無理だった。俺たちに起きた不可解な事件後も変な夢は見続け、そのせいでどうしても忘れることはできず、いつまでも引きずっていた。

 人の心は弱く脆い。目の前に障害物があれば立ち止まってしまう。その障害物を超えるのは、俺の心の強さでは到底できそうになかった。

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