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鏡の中のゴーレム  作者: ゆうひ
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2話【夢の始まり】

 三神さんが転入してから数週間が経つ。

 だるい授業を何とかしのいで、帰る支度をしながら窓の外を眺めていた。

 学校の中庭には大きな樹が植えられている。昼休みでは樹の周囲で弁当を食べる子もいるぐらい親しみのある学校のシンボルだ。

 窓から入り込むそよ風が気持ちよく心が安らぐ。誰もいない教室で風の流れを感じる良さは、無神経な大河には分からないだろうな。学校の鞄を枕に少しだけうたた寝しよう。今しないときっと後悔する。


「――すぅ――――すぅ――――――」

「――すぅ――――すぅ――――――」


 どれだけ時間が経ったのか分からないが、清々しくて離れたくなかった。


「峰くんー。ねぇ起きてー」


 なんだろ、近くで柔らかい少女の声が聞こえた。俺はその声のする方へと顔を上げ誰か確かめてみた。


「あ、三神さん。どうしたの?」

「委員会で時間取られちゃってね、友達先に帰っちゃったから一緒に帰ろうよ」


 眉尻が少しだけ下がり困り顔をしていた。友達は薄情なものだな。三神さんを置いていくなんて信じられない。


「いいよ。委員会も大変だな、じゃあ帰ろっか」

「うん。もしかして、放課後ずっとここで寝てたの?」

「つい……ね」

「峰くんは相変わらずね」


 彼女は表情を緩め口元を隠すようにクスクスと笑っていた。俺はその笑いに疑問符がたくさん頭に浮かび上がり困惑した。

 履き慣れた学校指定の上履きを脱ぎ、ローファーに履き替える。

 校門までの一直線は数十メートルぐらいか、自転車の大群が我先にと俺らの横を颯爽と走り抜けていく。


「スピードを出し過ぎるなよーー」


 自転車のスピード出し過ぎに注意をしているのは、門の前にいるガタイのいい生徒指導の先生だった。

 俺、あの人苦手なんだよなぁ……と、ぼそり呟いた。


「峰、なんか言ったか?」

「何もっ! 言ってませんよっ! 先生の聞き間違いだと思います」

「そうか、ならいい。二人とも気をつけて帰れよ」


 軽く頭を下げて校門を後にした。少し距離が離れた所で、アリスが口を開く。


「峰くんの声、良く聞こえたわね先生」


 それには俺も同感で、野生の感かもしれないなと笑いながら返した。

 帰り道、歩道脇に生えている木々からの木漏れ日が眩しい。光が彼女に当たり、金色に染まった長い髪がいつもよりも輝いていた。

 風になびく髪が普段よりも更にふわっとさせ、綺麗な彼女が一層可愛く見えた。時々、風に運ばれてくる空気が甘く、爽やかな香りがする。彼女の横を歩くだけでこんなにも幸せを感じさせてくれる。

 三神さんがそっと後ろを振り向いて、半歩遅く歩いていた俺に言った。


「今月末にテストがあるよね? 峰くん勉強してる?」


 彼女の一言で、幸せだった気分は一転して奈落の底へと突き落とされた気分になった。


「うっそれは…………」

「やっぱりしてないんだねー。ねぇ一緒に勉強しよ?」

「いいけど、何処で?」

「駅前の図書館よ、ちょっと調べたいこともあるから丁度いいかなと思ってね」

「じゃあ今から行こうか」

「うんっ」


 まさか三神さんと試験勉強することになるとは思わなかった。他の男子が見たら羨ましがりそうだな。

 夕方まで三神さんに教わり、俺の勉強会みたいになってしまった。時々、彼女が見せる仕草や教えてくれる姿などに見入ってしまい、集中していなかったことは恥ずかしくて言えない。

 一日中勉強だったけど、三神さんと一緒にいた時間は大切な思い出だ。


 数週間が経った頃、あることに悩まされていた。


「…………まただ」


 暗くて息苦しい、ここはどこなんだ。

 辺りを見回しても暗くて何も見えない。


「お願い――何があっても自分のこと、彼女のことをどうか忘れないで」


 何処からか突然聞こえた女性の声。

 一体誰なんだ――――――。


「……ん…………峰くん……」

「峰くん起きて!!」

「うわぁあ!!」


 急に自分の名前が呼ばれたものだから、大声を上げてしまった。自分の置かれている状況を把握するのに数秒はかかっただろう。


「もういつまで寝てるのよ、とっくに授業は終わったわよ?」

「えっ……、俺ずっと寝てた?」

「六限目が始まってからずっとね、先生が注意しても起きないんだもの」


 三神さんは呆れた顔をしていた。


「なんだろう、おかしな夢を見ていた気がする。神秘的な声で知らない女性が俺に話しかけてくるんだ」


 三神さんの表情が少しだけ強張った。すぐさま、はいはい。と軽く受け流されてしまう。


「春来、お前大丈夫か?」


 追い打ちをかけるように罵るのは何処からともなく湧いて出てきた大河だった。


「平気だよ。頭がおかしくなったわけじゃない」


 そうだ、これはただの夢なんだ。気にするだけ損。気持ちを入れ替えないとな。


「それより二人とも! 来週から夏休みよ? わたし、海に行きたいなぁ~」


 三神さんは物欲しそうに顔を覗き込んでくる。了承を得るまでねだり続ける気でいるようだ。


「いいじゃん海! 行こうぜ三人で!」

「海かあ。そういうアクティブな行動苦手なんだよな」

「なあ春来、もっと外出ようぜっ」

「うんーー」


 大河と三神さんが言葉巧みに説明し、渋る俺が了承するまで納得させようと必死だ。


「分かぁったよ……夏休みに海へ行く約束な」


 二人の熱意に負けてしまった。


「やったぁ」

「やったぜ!」


 初めて行く海に気持ちが高ぶって無邪気にはしゃいでいる三神さんと、いつも通りはしゃぐ大河だった。俺は海に行くよりも夢が気になっていた。夢の言葉が頭の中でグルグルと回り続けている。普通の夢とは思えない何か大事なことを訴えかけているような感じだ。このまま放っておいて大丈夫なのだろうか……。

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