21話【少女】
記憶を無くしたらしい日から数日が経った。未だに昔の記憶は戻りそうにない。本当に昔の記憶なんてあったのだろうかと毎日不思議に思う。
鳴り響く警報が俺の体をゾクゾクさせる。今やるべきことは市民を守ること。でも、俺の記憶が無いうちは戦うなって警告されて、電子剣も、ましてやスフィアを使うことなんて絶対許さないとミラと須賀さんに言われていた。
こうしてベッドで安静にしている間にも犠牲になる人だっているというのに、俺は何をしているんだ。
ゴーレム発生の警報が鳴り響いて、また今日もミラ一人で行ってしまった。
…………もう我慢の限界だ。
「アリスさん、ごめん。俺どうしても行かなきゃいけないんだ」
「相変わらずねハル。仕方ないなぁ、でも無理しちゃダメだからね?」
正直、強く止められると思っていたから驚いていた。
「分かった。アリスさんは危ないからここにいて」
「うん」
優しい目をした彼女の姿を見て、少しだけ懐かしく感じた。本当に彼女と同じ世界から来たのかな……いや、今はゴーレム殲滅のことだけを考えよう。
俺はジャケットと電子剣を手に取り、急いでゴーレムが出現した場所へと向かった。駆けつけた場所は地獄の業火に包まれている。辺り一面には溶けたゴーレムの塊や血でビシャビシャになっていた。まるで雨でも降ったかのように地面が濡れている。
「春来! どうして!」
ミラに見つかってしまった。彼女はゴーレムの返り血や泥で体中がひどく汚れている。
「俺なら平気だ。もう失う記憶が無いからこれ以上負担にはならないさ」
数秒間、ミラは考え込んでいた。
「仕方ないわね。無理しないでよ」
「わかってる、それよりこれは一体どうしたんだ?」
「ちょっと強いゴーレムがいてね……」
いつも自信満々なミラが、俯いて弱気になっていた。最近ゴーレムの力や知能も成長して強くなっているとミラから聞いていたけど、想像していたよりも深刻そうだ。彼女と他数人のアサルトエシュロンだけで応戦するには荷が重すぎる。
「いつも通り、二人で協力しよう。それなら何とかなるだろ?」
俺はそう言いながらジャケットの内ポケットから電子剣を取り出して強く握った。たった数日手にしなかっただけなのに、この重厚感溢れる電子剣が懐かしく感じる。
「そうね――春来、行くわよ!」
「ああ!」
「「はあぁぁぁあ!!」」
「はぁっはぁ……くそっ!」
剣を地面に刺し、体を支えていた。
辺り一面を赤く照らす炎を霞む目で眺める。刃に映りこむ自分の顔はひどく疲れていて、癖っ毛の強い黒髪はより一層乱れていた。
「……ハル…………ハル。目を覚まして」
どこからともなく女性の声が聞こえてきた。とうとう幻聴が聞こえるようになったのか。
急に頭が重くなり、物凄い眠気に襲われた。
なんだこの違和感、この嫌悪感。今までに感じたことがない。
このまま寝てしまったら深い眠りについてしまって、一生起きれないような気がした。不安な気持ちが心を満たそうとしていて気持ちが落ち着かない。
や、やばい。意識が飛んでしまいそうだ。
駄目だ。
体が言うことを効かない――――。
誰もいない真っ暗な空間。
何処からともなく吹く、心地よい風が肌に当たるのを感じる。
突然だった。
暗闇に小さな光が現れ、次第に大きく輝いていた。
「やっと記憶の空間から戻れたね」
鏡の中へ引き釣りこまれた時に助けてくれた人と同じ女性のようだ。体全体が金色に輝いているが、以前と違ってハッキリと表情を見ることができた。その顔立ちは、人の心を惑わすほど美しい。ウェーブのかかった長い髪は、黄金色でより一層美しく見える。
「えっ、どういうこと? 今まで見ていたのは何だったんですか?」
「あなたが百年後の世界で失った記憶よ。夢だけど本当の記憶。でも、あのままだと記憶の中に彷徨い続けて出られなくなってしまうから呼び覚ましたの」
女性は優しさに溢れた笑みを浮かべていた。
「あなたは一体誰なんです?」
「わたしは――――言わなくても、そのうち分かるわ。焦らないで自分の想いを信じるの。この先に起こることは全て受け止めて。でも、決して諦めちゃダメよ…………ハ――ル」
「消え……た?」
光は消えてしまい、また暗闇に戻ってしまった。
遠くの方から微かに音が聞こえてきた。
徐々に大きくなってるみたいだ。
「ハル……ハル……。目を覚まして。あなたの居場所はそこじゃないわ」
まただ、さっき聞いた声と同じだった。
柔らかく清らかな美声が段々と大きくなって聞こえてきた。
俺の本当の居場所はどこなんだ。
辺りを手探りで触れようとしても何もない。暗くて自分の体すら見えないが、腕組みし、心を落ち着かせて考え込んでいた。
すると、今度は別の声が聞こえ始めた。
「春来……春来……。早く目を覚ましなさい。急がないと助けられないわよ」
力強いけど優しさで包まれているような声。背中を預けられるほど信頼できそうな人だ。
二人の少女の声が心に響く。
どこか懐かしく哀しみを感じさせる声だ。
俺を呼ぶ声に聞き覚えがあった。さっきまで見ていた記憶の空間の中で出てきた少女達に似ている。
ええぇと、確か名前は――――そう!
アリスとミラだ!
どうしてこの世界は真っ暗で誰もいないんだ。
「誰かー、誰かいないのかー」
俺の声に反応する人は誰一人いなかった。
一人が好きで人と群れるのが嫌いだった。でも、こんな孤独は御免だ。
「ハル――、一緒に帰ろうよーーー」
この柔らかい声はアリスだ。
彼女はどこだ?
声は何処から聞こえるんだ?
「アリスーー! ミラーー!」
俺の声は反響しない。
しーんと静まり返ったままだ。
「あ、あれは」
遠くの方に薄っすらと誰かが現れた。その薄っすらとした人に近寄ると、夢の中に出てきた一人の少女に似ていた。ブロンドの髪はふわっとし、毛先にウェーブがかかった髪。その髪をカチューシャで留めていた。
彼女は――。
「アリス?」
呼んでも振り向いてくれない。
それどころか歩き始めた。
歩いて追いかけても、走って追いかけても全く手が届かない。
遠くへ行ってしまうアリスを掴もうと必死になるけど叶わない。
暗く閉ざされた空間の奥へと入り込んでいき彷徨ってしまいそうだった。
突然アリスの歩く先が光輝き、暗黒空間に光が射し眩しいくらいに明るくなってきた。