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鏡の中のゴーレム  作者: ゆうひ
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14話【失われた記憶】

 こ、ここは……またこの白い天井か。


「目を覚ましたのね。具合はどうなの?」

「少し落ち着いたよ」

「良かった。倒れた時、地面に打ち付けられていたから心配したけど、体は異常ないようね」

「あ、ああ……」


 あの時、感じたものが何なのか分からない。でも、何か大切なことを忘れたような感覚だ。一度頭の中を整理するために、この世界に来る前の記憶を思い出してみることにした。

 俺はアリスと同じ高校に通っていて、大河ってやたら元気な友達がいる。それ以外の友達はいない……自分の社交性の無さを改めて身に染みた。

 家族は両親が仕事で家にいないことが多い。俺と両親の三人家族だ。

 んっ……三人?

 他に誰かいたような気がするけど、誰だったかな?

 そもそも三人家族であってるんじゃないのか?

 あれ、どっちだ。思い出そうとすると白い湯気を見たときの頭痛が蘇った。

 痛みが落ち着いてから、窓の外を見ている彼女に話しかけた。


「ミラ」

「な、何よ」


 いつも通り彼女から鋭い視線を感じた。


「俺は――スフィアを使わない方がいいかもしれない」

「どういうこと?」


 立っていたミラはベッド横にある椅子に座り始めた。


「確証はないんだけど、その――」

「なによっ」


 口籠った俺に早く言いなさいと急かすように彼女は口を開いた。

 言うのが怖かったんだ。ミラに話すことで記憶を失ったかもしれない事実を認めてしまう気がしてならなかった。

 大切な記憶だったなら尚更だ。


「記憶が無くなってるかもしれないんだ」


 いつも動揺しない彼女でも、今回は少しだけ強張っているように見えた。


「本当なの?」

「あぁ、思い出そうとしても全く思い出せないんだ――そこだけポッカリと大きな穴が空いたようにね」

「……春来のスフィアだけ色が違うのも気になるわね」

「俺だけ赤色なんだよなー。このままスフィアを使い続けたら血も記憶も全て失ってしまいそうだ。この現象を探るためにもどうにかできないかな?」

「そうねー。ちょっとスフィア研究所本部に相談してみましょう」

「そんな場所があるんだな。今から行けるか?」

「えぇ」


 不安が拭えないままゴーレムと戦うことなんてできない。急いで第三北地区に構える研究所本部へと向かうことにした。

 本部、それは大きく雲を突き抜けてしまうぐらいに高いビルだった。

 何重にもロックされたセキュリティゲートを通って辿り着いた場所は、スフィアに関して研究を始めた人がいるという一室だ。

 ミラはドアを三回ノックした後に失礼しますと、入室の合図を取っていた。ミラの人柄にしては礼儀正しくするんだなと少し見直した。その後に続いてぎこちなく失礼しますと発する。明らかに慣れていないのが丸わかりだろう。

 部屋に入ると一人の男が壁一面に設置された大量の機械の前で椅子に座っていた。


「やぁ、ミラじゃないか。今日はどうした?」


 なんだかお互い馴染みのある間柄のような話しぶりだった。


「相談したいことがあって来たのよ。一応紹介するわね、この人がスフィアの研究を担っている須賀さんよ」

「一応とはひどいもんだな~。まぁいいか。紹介の通りここでスフィア関連の研究をしている須賀です。よろしく春来くん」

「須賀さん……よろしく」


 仏頂面でもしてしまったかな。大人は苦手だ。ましてや初対面の人は尚更苦手だ。その人が何を感じて何を思っているのか全く分からないし分かりたくもない。

 ミラは今までの起きた経緯を話した。俺が百年前から来たこと、スフィアで血液と記憶が失われることなど全てだ。

 ただ俺は黙ってミラの話を一歩下がって聞いていた。

 すると、その若い人が俺の方を見て口を開いた。


「血液だけなら……まぁ何とかなるかもな」

「ほ、本当ですか!」


 つい咄嗟に口走ってしまった。


「まだ研究段階だが、血液を高速摂取することで数分もしないうちに疲労や不足した血が補える。僕たちはそれを血の回復薬、通称『BRA』と呼んでいる」


 BRA――それがあれば記憶が無くなるかもしれないけど、電子剣でゴーレムに対抗可能だ。一刻も早く欲しいと欲望が抑えきれなかった。


「それは、いつ完成しそうなんですか?」

「そうだな……少しサンプルが足りないからそれがあれば数週間でできるかもしれない」

「サンプルって何が必要なんです?」

「ゴーレムの皮膚だな。でもあいつらは倒すとすぐ消えてしまうだろ? それが厄介でな……」

「だから中々サンプルが手に入らないのか」

「そういうこと」


 困ったなあ……それさえあれば回復薬なるものが完成して、俺の血液不足問題が解決するのに。


「だけど、それで我々も引き下がるわけにはいかないんでな。皮膚を採取できるように倒した瞬間に凍らせればと考えた。そうすればそのまま持ち帰ることができるはずだとね」


 希望の道はまだ途絶えていなかった。


「研究室に案内するから着いてきてくれないか?」


 須賀さんに言われて付いていく。その研究室は地下深くにあるらしくエレベーターで降りると、そこには巨大な空間が広がっていた。何十、いや何百という人間が機械に囲まれながら何かを研究しているようだ。こんな子供が見たところで何も分かりはしないが、研究の期待に胸が膨らみ高揚した。


「こちらへどうぞ」


 須賀さんの後に続くと、大きな筒状の入れ物が何本も見えてきた――中に何か入っている。

 ……なんだ?

 う、嘘だろ――人間だ!?

 中には氷漬けにされた人が収められていた。目の前の悲しそうな顔を浮かべた髪の長い幼女は、凍てつく寒さによって身体中の時を止めていた。まだ小学低学年にも満たないかもしれない彼女らをどうして――俺は深い悲しみと灼熱砂漠にいるかのように怒りの感情で身体が熱くなった。


「な、なぁ。あんたらは何を実験として使ってるんだ!」

「スラム街に住む子供たちさ。あ、勿論ウイルス感染していない人たちだから安心していいよ」


 いい人かと思っていた俺がバカだったのかもしれない。人のことなんて、だから信じたくないんだ。この人は自分が何を言っているのか分かっているのか?


「ウイルスに感染してるしていないは関係ない! そんなことよりも人を実験として使うなんてどうかしてるよ! ミラも何とか言ってよ!!」

「春来……ごめんなさい――スラム街の人を使ってるって前から知ってたの」

「えっ…………」


 ミラは俺と目を合わせようとしなかった。そんな、ミラにも騙されていたのか俺は……裏切られた気持ちは鋭い刃となって心に突き刺さった。


「春来くん、これは仕方ないことなんだ。研究とは犠牲無しには完成しない。スラム街に住む人たちはどのみち長くはもたないんだよ。だからこうやって有効活用をしているわけさ。どうか分かってほしいな」


 そんなこと言われても受け入れる方が間違っているんだ。こんな小さい子供たちの命を奪って、挙句の果てに実験の道具にされて、ここの連中は何とも思わないのか。心が冷たいにも程がある。

 なるべく目を合わせない様にしていたけど、改めて氷漬けにされた子の顔を見つめた。その子らだけ時が止まったように目が見開いた状態だった。口が開いている。多分何か言っていたのだろう。彼女の瞳には涙を浮かべているように俺は見えた。

 ごめんな。ほんとごめん。人間て汚い生き物だから。許してくれなんて死んでも言えないよ。


「それで、須賀さん……」

「んっ?」

「こんな幼い子たちを実験に使ったんだから、何か得るものはあったんだろうな!」

「勿論! それがコールドストーンさ」


 そう言って頑丈そうな箱から取り出し見せてくれたのは、ポケットに入るぐらい小さめの石だった。それは冷気を発していて、今にも氷漬けにしてしまいそうな危険な香りがした。


「これでゴーレムを氷漬けに?」

「そう! これを溶ける前にゴーレムへ投げつければ、一瞬にして冷気で凍らせられるよ」

「氷漬けにするのはいいけど、それをどうやって運ぶんだ?」


 ミラの力で運べるでしょ? と須賀さんは言う。


「当てにされても困るわよ」

「じゃあ運ぶのはミラにお願いするとして――」


 少し睨まれてしまったけど、話を続けることにした。


「須賀さん、俺みたいなタイムトラベラーや記憶を失った人、スフィアの色が違う人はいないのか?」

「うーん。残念ながら同じ症状の人はいないな。電子剣とスフィアの武器を作ったのは我々なんだ。でも君が持っている電子剣は僕たちが開発した代物と何かが違っているようだね」

「それ、元々私が須賀さんに頼んで作ってもらった電子剣なのよ。それを春来が使ったら変化してしまったわ」

「ちょっと調べてみないと分からないけど、預かってしまったら春来くんの使う剣がなくなっちゃうから代わりの物を渡そうか」

「分かった。それでお願いします」

「ちょっとここで待ってて、コールドストーンも併せて用意するから」


 ミラはどうして氷漬けにされていることを俺に黙っていたんだよ。俺が冷静になれないからか。研究だからって生きている人間を犠牲にしてしまうなんて見過ごせるわけない。


「春来――これも他の命を助けるためなの。受け入れたくない気持ちも分かるけど、全て理想通りに動くことは世界に存在しないのよ」


 ミラの言うことも確かだ。それも分かっているつもりだ。

 でも……それでも……。

 駄目だ。無情になるなんてできない。子供たちの顔を見るだけで胸が狂しくなる。人と関わるのは嫌いだよ。でも無駄にしていい命なんてどの世界であろうが存在しない。

 やめて、近寄らないで――。

 お願い――――。

 氷漬けにされる前の子供たちの叫びが頭の中によぎる。若くして命を絶たれてしまった彼ら彼女らは、絶望に苦しめながらこの世との時間を絶たれたのだろう。俺は改めて研究員の顔をしっかりと見てみた。皆、感情を捨ててしまったかのように冷淡な目をしていた。こんな風になってしまったのも、また深紅の秘石が根源なんだ。

 須賀さんが取りに行ってから数十分が経つ頃、彼が小走りで近づいてくる姿が見えてきた。


「春来くん待たせたね。これが別の電子剣だよ。一応緑色のスフィアを取り付けてあるから大丈夫だと思うけど……」


 少し息を荒くしている。きっと研究ばかりをしていて、体力なんて成人男性より劣っているのだろう。


「分かりました。とりあえずこれで試してみます」

「あ、あとこれ。コールドストーンが暴発しないようにロックかけておいたから、使うときにロックを解除してから使って。でも、暴発しないようにくれぐれも気を付けてね」


 ゆっくり慎重に手渡してくれた。


「次ゴーレムが出現したときに使ってみましょう」

「そうだね」


 俺らはスフィア研究所を出てミラの自宅に戻った。俺はすぐに借りた自室へと向かい、小窓の外を眺めて思案に暮れていた。

 発展した未来を橙色に照らす太陽が沈みゆく。照らされたビル群の隙間から眩い光の方を見ながら、いま俺にできることを考えていた。

 理想と現実は違う……か。そういえば昔、アリスが言ってたっけ。

 まるで全ての命を飲み込んでしまうかのように、世界を暗闇に覆い尽くそうとしていた。

 ゴーレムを放っておけば、この第一東京都は完全に破滅する。そうならないためにもアサルトエシュロン総勢で力を上げて立ち向かう。

 アサルトエシュロンの人たちは、あの研究所でしていることは知っているのだろうか。もし一部の人間しか知らないのなら俺と同じで騙されている。

 やり切れない思いだけが募っていく。

 少し寝ながら頭を冷やすことにした。

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