13話【代償】
この世界に引きずり込まれてから、かれこれ二週間は経っていた。
先日の試験は予想を遥かに超えた内容で死ぬかと思った。身体中の痛みはだいぶ和らいだけど、まだ節々が痛む。
「春来ー、荷物届いてるわよ」
ダイニングテーブルで休んでいた所に、ミラが少し大きめの箱を持ってきた。
「荷物ってそれのこと?」
「そう、アサルトエシュロンの制服ね」
「てことは……合格!?」
「えぇ、やっとアサルトエシュロンとして行動できるわね」
アサルトエシュロン所属試験に合格し晴れて一員となった。これがアサルトエシュロンの制服か。ミラと同じカラスの如く真っ黒に染まったジャケットを手にする。
「常にジャケットさえ着て見えていれば他の服装は自由よ」
手にしたジャケットを着てみた。
「意外と様になってるわね」
彼女の言葉に誇った顔をしていたことだろう。これでようやく俺もアサルトエシュロンの一員として調査や市民を守ることができる。アリスのいる東京へ帰る手段を絶対に探してやるんだ。
心の片隅では、スラム街のことや子供たちのことが気になり、ずっと頭から離れないでいた。そんな釈然としない気持ちは常に付きまとう。
早く、早く問題を解決しないと……。
今この時も、スラム街で苦しむ人たちがいるのは変わらないから時間もかけていられない。
それに……スフィアを使った時の感覚、何だか嫌な予感がする。いつか身を滅ぼしてしまいそうなほど嫌な感じが――。
「市民の方は――速やかにシェルターの中へ――移動してください。アサルトエシュロン所属の方は――第二南地区本部まで――招集願います。繰り返します――市民の方は――」
街中を赤く照らしながら緊急警報が鳴り響いた。また街にゴーレムが現れたらしい。
「春来っ! 行くわよ!」
「あぁ」
アサルトエシュロンに所属して初の出陣だ。不安はあるけれど今までミラに教わったことが生かせれば大丈夫なはず。それにいざとなったらスフィアを開放するしかない。
電子剣をジャケットの内側についている専用ポケットに挿してマンションを後にした。
今回は複数の場所にゴーレムが出現したらしい。一旦第二南地区の本部に招集がかかり、そこから各地区へと分散されるとのこと。俺とミラが向かうのは第五南地区の住宅街。中央地区から円形状に各東西南北第一地区から第十地区まで段階的に区分されている。この世界でも富裕層は存在するみたいだ。そいつらは一番安全地帯の第五地区に住んでいる。中央の深紅の秘石からも第一東京都の郊外からも一番離れてゴーレムの出現率が低いからだ。だが、今回は突如として安全地帯に出現した珍しいケースだとミラは言っていた。
現段階でゴーレムの数が三十体目撃されたとの報告があった。
「今回は春来に任せるわ、私見てるから頼むわよ」
「こんな数をやれっていうのか? いきなり過ぎじゃないか?」
「あなたなら大丈夫よ。これも訓練だと思いなさい」
「ずるいな。訓練なんて言われたら何も言い返せないじゃないか」
ミラは目を瞑り涼しい顔をしている。どうやら反論など一切受け付けないとでも言うような様子だった。
彼女の威圧感には勝てないな。
「分かった俺がやるよ。早く第五南地区に行こう」
アサルトエシュロンのために開発された空も飛べるオートシステムカーに乗ってゴーレムが発生している場所へと皆が移動し始めた。モノレールなんかより圧倒的な速さを誇る。それは俺らアサルトエシュロンだけが許された空中レーンが存在するお陰だ。
そしてあっという間に第五南地区へと着き、ゴーレムの集団を目撃した。既に何棟かが破壊されガラスや瓦礫だ。煙は大量に吹き出し、炎は燃え広がっていた。
「思っていたより酷いありさまね。やっぱり私も戦うわ」
「分かった」
何だかんだ手助けしてくれるミラは頼りになる。俺はそんな彼女のことを信頼していた。
ジャケットから電子剣を取り出して右手で握りしめる。加圧することによって電子剣が反応し刃の部分が出た。
「行くぞっ!」
「足手まといにならないでよね!」
俺が先に走り出しゴーレムに斬りかかった。
数十分が経ち、あれだけいたゴーレムたちは地面に溶けて消えた。辺り一面には血だまりとゴーレムの泥でずぶ濡れだ。圧倒的にミラが倒していたが、後から沸いて出てきた数が多くスフィアを頼るしかなかった。
電子剣を収めようとしたその時、体中が震え上がるほど物凄い違和感を感じた。最初にスフィアが赤くなり絶大な力を手にした時と同じ感覚だ。右手から何か抜けていく。
これは一体なんだ……。
動悸が激しくなり視界がハッキリとしていないのが分かる。
手に持っていた電子剣を見ると腕から手にかけて血管がドクドクと動いているのが見えた。次第にスフィアから液体が溢れ出し、空気中へと漂い始めた。空を見ると赤く染まった液体が浮遊している。誰も気にかけてる人はいないが、もしかして他の人には見えていないのか?
ただ血が抜かれるだけじゃないようにも感じた。
今度は白くて糸のように細いものがフワフワと空に漂っていた。以前と同じ、見てると今までの嫌な感情で一杯になる。
「ぐわあぁぁぁああああああああっ!」
急に激しい痛みに襲われた。痛みに耐えられずしゃがみこんでしまうほどの激痛だ。
痛い。
苦しい。
数秒うずくまっていると、突然その痛みは嘘のように消えてしまった。
えっ、あれ、治った?
でも何か大切なことを忘れてしまったような気分だ。
浮遊している気体をじっくり見ているとなんだか急に力が抜けてきて、立つのが辛くなった。
「春来!」
地面に打ち付けられた痛みは鈍痛だ。
意識が遠のく中で、微かに俺のことを呼び叫ぶ声が聞こえる。
暗闇が俺を包み込んでいく。