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シニガミノシゴト  作者: セツナドロップ
【case.2 ステイ・ゴールド】
6/10

第五話 無駄のないDO・GE・ZA

 

「死刑です☆」


 巫女服裁判長はきっぱりと判決を告げた。

 とっても素敵な笑みを浮かべながら。


「……異議あり」


「異議を認めません☆」


 おい、裁判官仕事しろ。異議を唱える前に却下とは何事だ。基本的人権の尊重を大切にしろ。

 と、言いたかったがシニガミの僕に人権はないうえに、すでに死んでいる。


 不知火霊相談所にて、僕は正座させられていた。

 理由は簡単だ。顧客(クライアント)とトラブルになったからである。

 昨晩のことを報告したら、根掘り葉掘り聞かれて僕は全てを包み隠さず話した。

 それからすごい勢いで正座させられた。僕はまだ状況を掴めていない。


 僕を仁王立ちで見下ろすのはセナちゃん。

 笑っているが笑っていない。後ろに効果音をつけるならゴゴゴゴゴって感じだ。

 デジャブ。この状況を近々で見た気がする。


「あの、なんかごめん」


 僕は下からセナちゃんの表情を伺いながら、とりあえず謝罪する。


「なんかってなんですか? なめてます?」


 ぎろりと僕を一瞥。

 やだ、すげー怖い。


「いや、なめてるわけではなくてですね……」


 自分が敬語になってしまっていることに気付く。


「それにセナに謝っても仕方ないですよね?」


「そ、そうですね……」


「ナナシさん。もしかして、ヒヨリちゃんが怒った理由わかってないとかあります?」


 僕は無言で目を逸らした。

 確信を付いたセナちゃんの問い。多分、正直に答えてしまったらさらに怒られる。


「うわぁ……。ホントにわかってないんだぁ」


 微笑みは蔑みの表情へと変わった。まるで、台所で死んでいるGを見たような表情。

 端的に言えば、ひいている。

 そんなまずいことだろうか。


「まあまあ、セナたん。ナナシくんはデリカシー無し男だからさ。そんなに怒らなくても」


 とても楽しそうな表情で快調に横から口を挟むのはハジメさん。けたけたと笑っている。

 かばっているつもりなのか、貶しているのか分からない。デリカシー無し男って、あんたにだけは言われなくたくなかったよ。


「お兄ちゃん」


「なんだい、セナたん?」


「正座」


「え、なんで」


「せ・い・ざ」


「あ、はい」


 セナちゃんは僕の横を指差して、兄を正座させた。

 良い歳した男2人が訳もわからず巫女さん(16歳)の前で正座させられている。

 この世のシュールを寄せ集めて袋とじにしたような光景だ。


「なんでうちの男は、こうもニブチンなの? 顔が上等な分たちが悪いよ」


 セナちゃんは大きくため息を吐きながら、頭を抱えている。

 ニブチンって。あまり聞かない言葉だ。鈍いってことだと思うけど、ハジメさんはともかく僕は鈍くないと思う。


「そういう自分じゃないだろうなって思ってる顔してるとこ、ホント似てるよね。2人とも」


 あれ、痛い。痛いぞ? なんか胸の内側が痛いぞ?

 どんな罵詈雑言よりも自分に突き刺さっているのが分かる。


「ハジメさんと……似ている……?」


「え、待って。ナナシくんなんでそんなこの世の終わりみたいな顔してるの? お兄さん地味に傷ついちゃうよ? あれ、泣きたくなってきたよ?」


 ハジメさんは眼鏡を取るとコメカミを指で押さえている。

 泣きたいのは僕の方だ。なんでこんな適当を絵にしてカラー印刷したみたいな人と似ているなんて言われなきゃいけないんだ。


「とにかくっ!」


 彼女は勢いよく前かがみになりながら、仕切りなおす。


「こっちだってお金をもらって依頼を受けてるんですから、ちゃんとごめんなさいしてきてくだいねっ。ナナシさん」


「いや、でも……」


「子供みたいに駄々こねないっ!」


「は、はい」


 まったくもう。そう言いながら、彼女はピンクを基調とした自らのデスクに戻る。赤い眼鏡を掛けると事務を再開しだした。

 謝ってこいとは言うが、何に対して謝罪をすべきなんだ。

 それに杠葉さんが今いる場所だって分からない。

 まあ、それは僕の代わりにボディガードをしているメイに連絡を取ればいい話か。


「大体、ナナシさんは明後日のライブがどれだけ大切なものかわかってます?」


 セナちゃんは事務業務をこなしながら、こちらを見ることなく聞いてくる。


「わかってないと思うので言いますけど。明後日のライブはペンタグラムの伝統なんです。新曲を出すとき必ずライブをやるんです。何より先にファンにお披露目するんですよ」


 カタカタとキーボードを叩く無機質な音が事務所に響く。


「このご時世テレビやネットで先出しした方が広告効果もありますし、新規のファンを付けることだってできます。でも、それをやらずメディアより先にファンに曲をダンスを披露する。ファンを何より大事にしているからこそできることなんですよ。それがペンタグラムが今一番来ている理由の一つです」


 僕は彼女たちの練習風景を思い出す。

 2時間以上もぶっ続けで何度も何度も同じ振り付けを練習していた。誰も文句を言わずに。

 その全ては本当にファンを大切にしての行動だったのか。アカリというアイドルが怒っていたのも、より完璧なものをファンに見せるためだったとしたら、僕は何も知らずに彼女を批判してしまったのかもしれない。


「ヒヨリちゃんだって、初めてのセンターなんですよ? プレッシャーもすごいんですから。それにヒドイと思いません? 頑張っている人に頑張るなって言うの」


 揃った前髪を揺らし、セナちゃんは僕に微笑みかける。先ほどまでの怖い笑みではない。

 僕を諭すような慈愛に満ちたものだった。


 街灯と月明かりの下で、体を揺らす彼女の姿が瞼の裏に映る。

 彼女は一生懸命戦っていたのだ。この世ならざる現象とセンターの重圧。それを押しのけるために必死にあがいていた。仲間に心配をかけまいと。ファンの声に期待に応えようと。

 僕はボロボロだった彼女に少しでも休んでほしくて、無理する姿を見てられなくて彼女に言ってしまった。頑張る必要はない、と。

 僕は本当に勝手な奴だ。何も知らないくせに。

 ようやく僕が彼女に謝らなくてはいけない理由を見つけた気がした。


「セナちゃん。僕ちゃんと謝ってくる、よ?」


 僕が目を開けると、同時に視界また暗くなる。

 柔らかな感触と良い匂いが顔いっぱいに広がった。

 

「まったく、手のかかるお兄さんですね」


 頭をなでられている感覚。

 状況を把握した。どうやらセナちゃんに頭を抱きしめられ、頭をなでられているみたいだ。

 人肌の温もりにすごく安心する。って、馬鹿。なに流されようとしてるんだ。

 16歳の女の子に諭されて頭をなでられて安心するって、ヤバイ絵面でしょ。

 僕は慌てて立ち上がる。


「ははは、恥ずかしいからやめてよっ、セナちゃんっ」


「もうっ、恥ずかしがり屋さんなんですからっ。もう少し甘えてもいいんですよ?」


 セナちゃんはぷくっと頬を膨らませる。

 僕のお母さんかっ! 恥ずかしくて死ねるわっ! もう死んでるけどっ!。


「まったく、うらやま……こほん。手のかかるナナシ君だよ。うちのセナちゃんに世話掛けさせないでよね」


「あんたは何もやってないでしょ。良い感じだったんですから、茶々入れないでくださいよ」


 ハジメさんはふらふらと立ち上がると、僕の肩に腕を乗せた。

 今、羨ましいって言おうとしてなかったか、このシスコン。

 膝が震えているところを見るに、正座させられて痺れているといったところだろう。


「まあまあ、今はメイちゃんが護衛に付いているから焦って行く必要もないさ。そんなことより、ナナシ君にも顧客の情報を共有しておこうと思ってね」


「杠葉さんの情報、ですか?」


 ハジメさんは返事の代わりに小さく咳ばらいをした。


「杠葉さんの生い立ちについて、かな」



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 曇天の夜空の下。

 月が顔を出さない公園を照らすのは、街灯のみ。リズミカルに砂を蹴る少女の影。

 僕は再びここに戻ってきてしまった。

 晴れてようが曇っていようが、奏でる虫の音は昨日と何一つ変わらない。

 イヤホンを耳に突っ込み、ダンスをリズムを音を刻む彼女の姿もまたしかり。

 誰もいない公園で、杠葉さんはひたすら踊っていた。


 どんな顔をして会えばいいのか分からないし。なんて謝ったらいいかも分からない。

 正直帰りたい。

 それでもセナちゃんにタンカを切ってるのだ。おめおめと帰るわけにも行かない。

 フラッシュバックする昨晩の光景。涙の似合う綺麗な顔だった。震える手を抑えていた彼女。

 ……謝るの、明日でも良いかな?


「……行かないの。」


「―――っ!」


 背後からの声に振り向く。

 目の覚めるような銀髪。紅い瞳が僕を覗く。

 深い黒のジャケットを着こなし、下は動きやすそうな短パン。胸元には短く大きい特徴的なネクタイが結ばれている。

 しなやかなボディーラインの分かる服装だ。


「お、驚かせないでよ。メイ」


「……?」


 彼女は不思議そうに首を傾げる。驚かせているつもりはないわけか。

 僕はメイに少し苦手意識がある。

 理由ははっきりとしない。なんというか、彼女は掴みどころがない。何を考えているか分からないと言ったら分かりやすいだろうか。

 すると、メイは何かに気付いたような表情。

 僕に向けて手を伸ばした。伸ばした先は僕の頭。


「……よしよし。ナナシは強い子。やればできる子。」


 なぜか頭を撫でられている。

 もう一つ理由を挙げるとしたら、こういうところだ。

 鈍いようで鋭いところ。

 そして彼女は恐らくこれを天然でやっている。

 というか、今日はよく撫でられる日だ。僕そんなに子供っぽいかな。


「子供扱いするなってのっ」


 僕は彼女の手を払いのける。


「ふふふっ。」


 何が可笑しいのか、メイはくすくすと笑う。ここ笑うとこじゃねえぞ。

 僕は安堵に似たため息を吐いた。

 不思議と彼女に元気づけられて、今まで何にウジウジ悩んでいたのか忘れた。

 別に彼女は元気づけている気はないだろうけど。


「ナナシ……さん?」


 ウジウジ悩んでいたことを一瞬で思い出した。

 それは昨日怒らせてしまった彼女。杠葉さんの困惑した表情を見た瞬間の出来事だ。

 メイの姿はなくなっていた。あの野郎、こういう時こそ助け船出せよ。先輩なんだから。

 急なことに頭の中が真っ白になる。

 とりあえず、昨日の詫びを―――。


「あのっ! 昨日はごめんなさいっ!」


 無駄のない動きだった。

 全ての動作に意思は宿り、つま先から頭までがその美を体現させた。

 足、膝、手、頭。一直線に地面をこすり付ける。

 今をときめくアイドルグループ、ペンタグラム。

 そのセンターに立つ女の子の全身全霊。

 それは開いた口の塞がらない、とても美しい土下座だった。



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