第三話 ボディーガードとストーカー
これは正直言っていいか分からないが。
ボディーガードと言ってもやることは、ほぼストーカーみたいなものだと思う。
彼女の行く先々に付いて回り、危険を及ぼすものがないかを監視する。
ボディガードとストーカーは紙一重と言ったら、誰かに怒られそうだ。
僕たちの依頼人。杠葉さんはファンたちと握手をしている。
握手会。決められた制限時間内にファンたちと握手を繰り返すイベント。
仕様はあまりよく分からないが、スタッフにチケットを渡すと握手ができるらしい。
そこまでして握手したいものか? 人間の感覚はいまいち分からん。元人間だけど。
机を挟み、ファンと握手をしながら笑顔で一言二言話す。そうこうしているとスタッフが間に入り、次の人に交代。
それを腐るほど繰り返す。疲れた顔は一切見せずに営業スマイルを振りまく。
とてもじゃないが僕には真似できない。
僕は少し離れたところでそれを見ている。
大きなイベント会場の中。彼女、いや彼女たちのアイドルグループはどうやら5人組のようだ。
グループ名は『ペンタグラム』。会場の横断幕にでかでかと書いてある。
テレビに出ていただけのことはあるのか、5人それぞれにかなりの人数が並んでいる。
僕たちは相談所から出ると、すぐにこの会場に来た。特出すべきイベントはまだ起きていない。
つまり、彼女が言っていたような現象もまだ起きていない。
ポルターガイスト。誰も触れていないのに、勝手に物が動いたり、物を叩くような音が発生したり、通常では考えられない現象が起きること。心霊現象に類される場合が多い。
最近頻繁に起きるようになったと彼女は言っていた。
『ストーカーでもないって言うんだから。十中八九、ナキカゲの仕業だろうね』
ハジメさんの言葉を思い出す。僕にボディーガードを押し付けた張本人。
まあハジメさんのことは良いとして。ナキカゲを発見次第、弾丸を打ち込めば僕の仕事はおしまい。なら、早くことを済ませるに限る。さくっと出てきてくれればいいけど。
ふいに僕に向けられる視線に気づいた。杠葉さんだ。
僕が視線に気付いたことを感じると、小さく手を振ってくる。僕にも愛想を振りまく必要はないと思うけど。
ていうか、僕の存在を周りに意識させてしまうから、そういうのはやめてほしいんだが。
しばらく無視していると彼女はシュンとしてしまった。仕方なく僕は軽く手を挙げてみる。なんかすごい恥ずかしい。
すると彼女はすぐに明るい表情を取り戻した。なんだこの生き物。
これがアイドルという生き物なんだろうか。知ってか知らずかは分からないが、人をむやみに惹きつける生き物。恐ろしい存在だ。
そして、その瞬間は何の前触れもなく訪れた。
暗闇があたり包む。会場の照明がすべて消えた。
『えっ! なにこれっ!』
『皆さん落ち着いてその場から離れないでくださいっ! すぐにブレーカーを上げますので』
スタッフとファンたちのどよめき。非常照明は付いているが、薄暗い。
僕は慌てて杠葉さんを探す。さすがにシニガミというだけはある。暗闇に目が慣れるのが早い。
―――見つけた。僕は急いで彼女そばまで近寄る。
「大丈夫ですか?」
「あ、ナナシさんですか? これって?」
「分からないです。悪霊の仕業かもっ―――」
僕は頭上の異変に気付いた。ギシギシと揺れて、何かが引きちぎれそうな音。悪い予感がする。
体は勝手に動いていた。彼女を抱きかかえると、その場からすでに離れていたのだ。
すぐさま大きな影が僕たちのいた場所に落ちるのが分かった。間違いなく何かが壊れた悲痛な音。
周りのどよめきは悲鳴へと変わる。
それから、ぱっと辺りは明るくなった。
それを確認すると、周りの悲鳴はさらに大きくなる。会場全体に喧騒の渦が取り巻く。
「なんだ、これ……」
僕も思わず声に出していた。
先ほどまで杠葉さんが握手していた場所。照明が机を下敷きにして無残な姿になり果てていたのだ。
もし、そこに杠葉さんがいたとしたら。……想像するのは難しくない。
彼女も同じことを考えているのだろう。口元を手で押さえ、血の気が引いた表情をしている。
目が合う。彼女は一度目を瞑ると微笑んだ。
「あ、ありがとうございます。ナナシさん。助かりました」
なんで笑っていられるんだ? 自分が死んでいたかもしれないのに。
「あ、あの、ナナシさん。そ、そろそろ下ろしてもらえると……」
「え? ああ、ごめんなさい」
僕は知らず知らずに彼女をお姫様だっこしていた。
彼女を下ろし、少し距離をとった。
「怪我は、ないですか?」
「はい、おかげさまで……」
彼女は少し頬を赤らめ視線を下げた。
こんなことが目の前で起きたのだ。態度がしおらしい。
ファンもスタッフもパニック状態だ。僕には関係ないが沈静化にはもう少し時間がかかりそうだ。
『ヒヨリっ! ケガしてないっ?』
『良かったっ! 無事なのね、ヒヨリっ!』
スーツを着た女性とアイドル仲間が杠葉さんに駆け寄る。
心配させないように彼女は笑顔で対応している。
プロ意識というものか。さすがとしか言いようがない。
その時、僕は人垣の間に見知った白装束が走っていくのを確認した。
こんな場所でそんな恰好をしているのは、間違いなくナキカゲだ。
僕は銀色のマグナムを構えた。回転式シリンダーを備える、鼻の長い拳銃。僕には勿体ない代物。
「くっ」
僕の腕ではこの人垣を縫って当てるのは難しい。メイならなんとかなるかもだけど。
ナキカゲが会場から出ていくのを捉える。銃を持ったまま、あとを追う。
「逃がしたか……」
後を追って会場を出ると、その姿はどこにもなかった。
人があれだけ入り乱れる会場からだと、出るのに手間取ってしまった。
あのナキカゲが今回の対象者で間違いないだろう。
僕は会場を振り返る。変わり果てた照明と机。今も混乱は収まっていない。
ポルターガイスト? そんな可愛いものじゃない。これは列記とした殺意だ。
『ヒヨリちゃん、大丈夫かな?』
『親の七光りちゃんなんだから、多少怖い思いしてもいいっしょ』
『センターになるって、調子乗ってたもんな』
『そうそうアカリちゃんをセンターから落としたんだから、当然の報いよ』
なんだ今の声。この会場にいる人間の声か?
言っていることはよく分からないが、酷く負の感情を感じる。
アイドルグループを応援するファンと言われる人間も、一枚岩というわけでない。そういうことだろうか。
とりあえず、ハジメさんに報告しておくか。
僕は連絡用のスマホを取り出した。
シニガミになっても文明の利器は大活躍だ。
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