第二話 ポルターガイスト系アイドル
「わたし、アイドルなんです」
杠葉 柊依は、神妙な面持ちで自らの素性を明かす。
だが、僕らはすでにそれを知っている。
「もちろん知っていますとも。いやはや、まさか有名なアイドルグループの杠葉さんにお会いできるとは願ってもない幸運だ」
ハジメさんは立派な机に座ったまま、両手を上げてそんなことを言っている。
とてもわざとらしいリアクションだ。
ソファには、杠葉さんに会ってから倒れたままのセナちゃんを、メイが膝枕しながらみている。
メイはまるで、猫と戯れているようにセナちゃんの顎下で指を遊ばせていた。心なしかセナちゃんは幸せそうだ。
そして、もう一つのソファに、僕と杠葉さんが座っている。
失敗した。
僕らシニガミは、人でも亡き影でもない中途半端な存在だ。
そのため仕事柄、生きている人間には基本見えないようになっている。
しかし、相手に意識させることで簡単に見れてしまうという欠陥がある。相手が知覚できれば触ることだってできてしまう。
セナちゃんが倒れたときに支えてしまったことで、杠葉さんに僕の存在を意識させてしまった。当然、僕が見えるということは、メイの姿も見える。
つまり、今の杠葉さんには僕ら4人とも見えてしまっているということになる。
人に見られるのは、シニガミとして非常に仕事しずらくなるケースが多い。
「そういえば、6枚目のシングルでセンターなんだそうですね? 後でサインもらえます? 妹が大ファンでして」
ハジメさんは先ほどテレビで入手した情報を、さも当然知っていたかのように大胆に口にする。
「ご存知だったんですね。わたしなんかのサインで良ければいくらでも。妹さん、大丈夫ですか?」
「ご心配なく。大好きな杠葉さんに会えて興奮のあまり倒れちゃったみたいで」
そうですか、と杠葉さんは少し気恥ずかしそうに後ろ髪をいじる。
しっとりとした黒髪を肩くらいまで伸ばしており、前髪は簡単にピンで留められている。ぱっと見は地味に見えるが、清楚で整った顔立ちをしている。
それにアイドルということだけはあり、何とも言えないオーラがある。
「それで、杠葉さん。こんなしがない相談所へ何しにいらしたんです? まさかカタギにドッキリってわけでもないでしょう?」
担当直入にハジメさんは本題を切り出した。
杠葉さんはどう話始めたものかと悩んだような様子を見せながら、やがて小さな口開く。
「あの、ネットでこの相談所が評判良かったので、少し相談に乗ってもらいたくてですね……」
そして、もう一度彼女は悩み込む。
心霊現象というのは常人には理解されがたい事柄も多い。説明するにも整理と勇気が必要だろう。
ていうか、この相談所が評判良いなんて初耳だ。本当に力がある分、確かに来た依頼は確実にこなしているが、ネットで広まるほどの依頼数はこなしていないはずだ。
恐らくハジメさんがなにかしているのは間違いないだろう。そのしたり顔を見たら確信した。
「あの、ポルターガイストと言うんでしょうか? 最近そういった現象が頻繁に起きるようになったんです。楽屋の机が揺れたり、家の照明が点いたり消えたり繰り返したり。他にもいろいろ……」
「ほう、ポルターガイストですか」
「はい。あと、視線を感じるんです」
「ふむ、視線。まあ、アイドルですからね。多かれ少なかれ注目されることもあるのでは?」
「いえ、そう言ったものとは別のものな気がするんです。なんというか、説明しがたいのですが。とても寒気を感じる視線……と言えば分かってもらえますか?」
ハジメさんはうなりながら、顎に手を添えた。
こんな男でも真剣な表情の時は割と様になっている。
「ストーカー。という線は?」
「はい。最初はわたしもそう思って、探偵さんに相談してみたんです。でも、そういった線もなくなってしまいまして……」
「なるほど。因みにその現象はいつ頃からですか? 最近という話を聞きましたが」
「1か月くらい前からでしょうか。丁度、わたしがセンターになる話が決まって動き始めたあたりだったと思います。最近は特にひどくなってきている気がして……」
杠葉さんは両手で肩を抑えながら淡々と質問に答えている。
本当に悩んでいるのだろう。下唇を噛む姿に切実さを感じる。
話を聞くに、ストーカーではないというのであれば、何かの霊に悪戯されているという可能性が高い。
早い話がその霊。ナキカゲを捕まえて、銃弾を撃ち込むことができれば良いということだと思う。
「つまり、相談所へいらした目的は、そのポルターガイストをなんとかしてほしい。ということでよろしかったですか?」
ハジメさんは眼鏡をくいっとあげると、顎下に両手を持ってきて彼女に問いかける。
「なんとか……できるんですか?」
彼女は真剣な眼差しをハジメさんに返す。
どこか儚く脆く、すぐに割れてしまうビー玉のような黒い瞳。
きっと藁にもすがる思いで、ここを訪れたのだろう。
しばらくの沈黙が僕らを包む。
そして、彼はにっこりと笑うのだった。
「もちろんですとも。私たちにお任せください」
ハジメさんは意気揚々と自らの胸を叩く。
よかった、杠葉さんは小さな声でそっと胸を撫で下ろす。
ふいにハジメさんと視線が重なる。彼はなぜか口角を上げる。それは悪魔のような笑みに見えた。
なんだこの悪寒。すごく嫌な予感する。
理由は分からないが、僕は急いでこの場を去らなければと思い立ち上がる。
「そこの優秀な助手をボディーガードに付けますよ」
『え?』
杠葉さんと声が重なった。互いに見つめあう。
口をぽかんと開けたまま、僕は立ち止まってしまった。
僕が、ボディーガード? この男は一体何を言い始めてるんだ。
「杠葉さん、ここ1ヶ月間恐ろしい思いをして眠れない日もあったことでしょう。お気持ちお察しします。恐らく、あなたは悪い霊に取憑かれている可能性が非常に高いです」
「悪い、霊ですか?」
彼は顔の前で右手の人差し指を立ててみせた。
「ええ。なので、私の助手でもある優秀な除霊師である、彼。ナナシ君をボディーガードとしてお付けします。そうすれば、そのにっくき悪霊が現れた時に即座に払えることでしょう」
「確かに、そんな手があったんですね」
「私がお付きしたのは山々なんですが、別の案件で動かなくてはいけないんですよ。ただ、ご安心下さい。ナナシ君も相当の手練れです。あなたを悪霊から救ってくれることは保証しますよ」
「な、なるほど。それはすごく心強いですっ」
ハジメさんは捲し立てるように、杠葉さんに言葉を浴びせる。
ん? ちょっと待てよ。これ僕に面倒ごと押し付けようとしてないか?
ていうか、この胡散臭い提案に杠葉さんは納得しかけているように見えるのは気のせいか?
アンタ一端のアイドルなんだから、もう少し疑えよ。
どこの馬の骨かもわからん男をボディガードに付けるとか、明らかにおかしいから。
僕はたまらずハジメさんに思念通信を使う。相手の頭に直接言葉を伝播する力だ。
『ちょっと、ハジメさんっ。何がボディガードですか。僕聞いてませんよっ』
『だって今決めたんだもん』
『だもんじゃねえよっ! 可愛くねえんだよっ! ていうか、ボディガードなんて僕やったことないですし』
『やったことある人の方が珍しいんじゃないかな?』
『いや、そうかもですけど……』
それに、とハジメさんは一呼吸おいて僕にウインクする。
『杠葉さんがこんなに困ってるのに、君は無視できるのかい?』
その言い方はずるくないか?
「あ、あの……」
杠葉さんが心配そうな顔をしていた。
はっとする。
思念通信しているところを、側から見たら僕が黙ってハジメさんを睨んでいるように見えているだろう。
これでは、言葉に出さなくても、ボディガードをやるのが嫌だと言っているのと同じだ。
彼女が膝の上で両手を握る姿が目に映る。目に見えない恐怖に1ヵ月も耐えていたんだもんな。
ソファの上から僕に視線を預ける紅い目。
なにも言わなくても、彼女の目は逃げるなという意志を僕に叩きつける。
僕はいつの間にか拳を強く握っていた。
ああ、嫌だ嫌だ。ハジメさんの手の平で踊らされているようですごく不愉快だ。
でも、彼女に起きている現象が死んだ人間の魂のせいだとしたら。
きっと救えるのは、僕らしかいない。
「―――分かりました。僕があなたを守ります」
彼女の目を見ながら、ボディーガードをする意思を伝えた。
杠葉さんは驚いたように少し目を見開くと、俯きながら両手で顔を覆う。
それから少しして顔を上げると、安心したような柔らかな笑みをしていた。
「不束者ですが、よろしくお願いします」
彼女はそう言った。不束者? そんな言葉あまり使わなくないか?
妙な違和感を覚えたが、少しでも彼女の不安が晴れるのであればいいかと思った。
「さすが、私の優秀な助手。君ならやってくれると思ったよ」
言葉の節々に嫌味ったらしさがにじみ出ている。この男の魂は絶対僕がぶち抜く。
「杠葉さん、一つだけお約束ください。ボディーガードのことは誰にも話さないように。霊は敏感です。雰囲気や気持ちを察して、出てこなくなる可能性があります。それにあなたも、この時期に男と噂になるのはまずいでしょう?」
ハジメさんは僕の存在が他人に見えてしまうことを警戒して、杠葉さんに警告している。
アイドルという立場を利用した、ほぼ脅迫みたいな言い方だ。
「……分かりました。こちらこそ、どうか……よろしくお願いします」
こうして僕の短いボディガードライフがスタートした。
アイドルのボディーガード。生前もきっと体験してない。身を焦がす非日常の始まりだ。
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